Jリーグの停滞を象徴する町田の大健闘 選手が欧州を目指すのは金のためではない
連載第7回
杉山茂樹の「看過できない」
町田ゼルビアが踏ん張っている。先週末、横浜F・マリノスに大勝したサンフレッチェ広島に得失差で首位を譲ったが、ヴィッセル神戸と3つ巴で優勝を争う展開に変わりはない。今節の9月28日は広島戦。注目の一戦が待ち構える。
2016年シーズンにJ2に昇格してから、昨季(2023年シーズン)、J2優勝を飾ってJ1に昇格するまでの7シーズンの動向(7位→16位→4位→18位→19位→5位→15位)を見ればわかるとおり、順調に階段を駆け上がってきたクラブではない。大相撲では、大の里が初土俵から9場所で昭和以降、最速の大関昇進を果たしたことが話題となっているが、昨年夏場所のデビュー以降、トントン拍子で出世してきたことを踏まえれば、町田ほど驚かされない。古今東西を見ても、町田は極めて稀な存在だ。大相撲ではないが、たとえ優勝を逃しても、敢闘賞ぐらい出てもいいくらいだろう。
前節は北海道コンサドーレ札幌に引き分けた町田ゼルビアの選手たち photo by Fujita Masato
しかし、その分だけ情けなく見えるのは他のクラブである。
J1のクラブ数は現在20。昨シーズン21番目だったチームが首位と得失点差の争いをする姿は、J1という組織の底の浅さの証だ。権威と格式を欠く事象である。J1は日本サッカー界のいわばピラミッドの頂点だ。その優勝チームはトップオブザトップである。しかし、その標高は限りなく低いと言わざるを得ない。
それはJリーグのレベルに直結する。欧州には現在、イングランド、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、オランダ、ポルトガル、ベルギー、トルコ......の順で並ぶUEFAランクというヒエラルキーが存在する。代表チームの優劣は先のユーロ2024の結果に従えば、スペイン、イングランド、フランス、オランダ......となるが、現在の姿をより正確に反映しているのはリーグランキングだ。少なからず運に左右される代表チームの勝敗より、説得力は何倍もある。
国として問われているのは代表チームと国内リーグ、両者のバランスだ。しかし、日本にその感覚は希薄だ。まるで浸透していない。もっぱら気になるのは代表チームの成績。Jリーグの世界的なレベルやポジションを気にする人はいない。実はアジアにもAFCランキングなるものは存在する。日本は現在、サウジアラビアに次ぐ2位にランクされるが、残念ながらアジアは土地柄的に欧州のように切磋琢磨する環境にない。それを見て負けじ魂に火はつかない。
【巨人も阪神も存在しないJリーグ】標高の低さはすなわち、横並びの状態を意味する。「Jリーグに読売巨人軍はいらない」と述べたのは川淵三郎Jリーグ初代チェアマンだが、いまのこの現実を前に、川淵さんはどう答えるだろうか。Jリーグ発足以来、地域に根ざしたスポーツクラブは次々誕生。当初10だったJクラブも60にまで膨らんだ。Jリーグの各スタジアムはそれなりに盛り上がりを見せ、地元密着という理念どおりの姿を描いている。
だが、広がりはない。関心を寄せるのはマイクラブのみ、だ。Jリーグそのものへの関心は低い。Jリーグは極めてドメスティックな人気に支えられている。人気球団がない。読売巨人軍のみならず、阪神タイガースも存在しない。両チームが僅差で優勝を争う今シーズンのセ・リーグと、Jリーグは対照的な絵を描いている。
横浜FMの栄華は短命だった。川崎フロンターレの天下も数年で終わった。鹿島アントラーズはもはや「常勝軍団」ではまったくない。年間予算面で常にトップに立つ浦和レッズは、一時代を形成したことすらない。一方で町田は今季、首位争いに加わっている。川淵さんの描いたどおりの世の中になっている。
何を間違えてしまったのか。「巨人軍はいらない」は、「レアル・マドリードはいらない」と同じことであり、「バルセロナはいらない」もしかりである。スペイン代表の繁栄は歴史的に、両者のライバル関係抜きには語れないのだが、川淵さんが生み育んだJリーグにその文脈はない。
選手はあるレベルに達すると欧州へ渡る。達する前に行く選手もいる。Jリーグを経由せずに渡る者もいる。その数、100人を超えるとされる。Jクラブの下部組織出身の選手がその大半を占める現実を踏まえれば、その点でJリーグの果たした役割は大きいと言える。だが、日本人選手の欧州志向はいまに始まったわけではない。30年前、アトランタ五輪を目指していた選手たちも、ほぼ全員が志向していた。五輪出場を欧州行きの踏み台にしようとしていた。
【外国からの刺激がないリーグになった】筆者はライターとして、これまでチャンピオンズリーグを300試合以上、観戦取材している。欧州には、行かずにはいられない、サッカー好きを駆り立てる夢の世界が広がっているからである。
Jリーグはこのほど、2026年から新人選手の年俸の上限を、現行の倍に当たる1200万円に引き上げると発表した。年俸が上がれば移籍金の額も上昇する。獲得する側のハードルは上がる。選手の欧州志向はJリーグでプレーする金銭的な魅力が増せば鈍る......そう考えた末の改訂なのだろうが、円安ユーロ高のこのご時世において、1200万円は大きな防波堤にならない。選手もほしいのは金ではないのだ。
夢を抱くことができる世界であるか、否か。Jリーグに問われている点はそこだ。
これは日本人より外国人選手に訊ねたほうが早いかもしれない。バロメーターとなるのはその質と数である。しかし、たとえば先週末のJ1の試合で、外国人枠を満たした状態で戦ったチームはひとつもなかった。これは、世界から魅力的なリーグに映っていない証だ。円安、日本経済の悪さも手伝うとは言え、よい選手ほど日本に来たがらない。これが現実だ。
20チームが限りなく頂点の低いピラミッドで混沌としたシーズンを送るJリーグ。外国人監督にとっても同様に、それが魅力的な姿に映らないとしても不思議はない。優秀な人材が集まらないのは監督も同じことだ。
監督の優秀度と選手のモチベーションが比例関係にあるのがサッカーだ。いい監督が多く存在するリーグほど面白い。活気を呼ぶ。サッカーは監督で変わる。Jリーグはこの点に気づけずにいる。森保采配が許されてしまう理由である。
思えば、1995、1996年シーズンに名古屋グランスの監督を務めたアーセン・ベンゲルのサッカーは、いま振り返っても画期的だった。「プレッシング(ゾーンプレス)」としきりに叫んだ当時の加茂周日本代表監督のサッカーより、プレッシングははるかに機能していた。Jリーグのサッカーはその時、代表チーム(加茂ジャパン)をいい意味で刺激していた。
外国からの刺激がないドメスティックなリーグ。町田が首位争いに加わる姿。それを許すライバルたち。そんなJリーグの現状を見過ごすことはできない。横綱、大関クラスがない悲劇、主役も敵役もいない悲劇。この構造的な欠陥からいち早く脱却しないと、Jリーグの世界ランクは下がるばかりだろう。代表チームよりJリーグのほうが、筆者には何倍も心配に見える。Jリーグは大成功と言うけれど、疑うべき時に来ている。町田の大健闘はその象徴だと見る。