デフォルトから2年、スリランカの「政権交代」で日本の債務再編に影響か…中国・インドとの関係性は

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スリランカでは、9月21日に大統領選挙の投票が行われ、政権交代となった。なぜ、そうなったのか、また、それは今後の地域情勢にどのような影響を与えるのだろうか。

野党・ディサナヤカ氏の勝利

選挙には38人が立候補したが、主要候補は、現職の中道右派のラニル・ウィクラマシンハ大統領(75歳)、左派野党・人民解放戦線(JVD)のアヌラ・クマラ・ディサナヤカ党首(55歳)、中道野党・統一人民戦線(SJB)のサジト・プレマダサ党首(57歳)の3人であった。

有権者は、上位3位まで優先順位をつけて投票するが、1回目で過半数を獲得する候補者はいなかった。ウィクラマシンハは第3位で落選となった。そこで、上位2者に絞って2回目の集計をし、2位以下で当該候補に投票された票も加えて、総数の多かったほうを選ぶことになった。再集計されるのは、スリランカ史上初のことであった。

その結果、ディサナヤカが約563万票(約42%)を獲得して当選、2位はプレマダサで約436万票(約33%)であった。落選した第3位のウィクラマシンハは約230万票(約17%)を獲得した。スリランカの有権者は1700万人で、投票率は約76%であった。

ディサナヤカは、自党のJVPを中心に左派諸勢力をまとめ、左派連合「国民の力(NPP)」を組織して、選挙に勝った。JVPはマルクス主義を掲げる政党であり、かつては武装闘争を行っていた。

国会(1院制、225議席)では、NPPは3議席しか保持しておらず、安定した与党を確保するために、ディサナヤカ大統領は、24日に議会を解散した。11月14日に総選挙が実施される。

22年のデフォルトがきっかけに

左派の野党が大統領選に勝利したのは、経済危機が原因である。2年前の債務不履行(デフォルト)が引き起こした経済混乱が政権を倒したのである。

2022年4月、スリランカは債務不履行に陥った。約510億ドル(当時の為替レートで約6兆5000億円)の借金の一部を返済できなくなったのである。

ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は、2019年の大統領選で公約にした減税を実行に移したが、そのために税収が減った。また、多数の製品が輸入禁止としたが、化学肥料の輸入が一時途絶えたために、稼ぎ頭の紅茶が不作となった。さらに、2019年末から世界的に流行した新型コロナウイルスの流行で観光客が激減し、外貨が入って来なくなってしまった。

そして、2022年2月のシアのウクライナ侵攻によって資源や食料価格が高騰したことも、混乱に輪をかけた。

諸物価が値上がりし、都市部の物価は、前年比で約30%も上がった。さらに、石油不足で発電所が稼働できず、計画停電の余儀なきに至った。生活に必要な灯油も入手できなくなった。通貨ルピーは暴落し、国外脱出を図る国民も増えた。生活苦から、国民の抗議デモは激化していった。

ラジャパクサ大統領の兄のマヒンダ・ラジャパクサ首相が5月に辞任し、後任に野党党首のウィクラマシンハが就任した。挙国一致内閣で危機を乗り切ろうという大統領の狙いであったが、それも効果がなかった。就任後わずか2ヶ月目の7月9日、ウィクラマシンハ首相は辞意を表明した。そして、ラジャパクサ大統領も辞意を表明し、13日には軍用機でモルディブに脱出した。

縁故主義と親中路線の結果

マヒンダ・ラジャパクサは2005年11月に大統領に就任し、弟のゴタバヤを国防次官に任命した。2009年には、26年間に及ぶ内戦を終結させ、国民的な人気を勝ち得た。ただ、一族を要職に就け、縁故主義という弊害をはびこらせ、汚職も蔓延させた。

また、内戦後の国土復興の資金を中国に仰いだ。この親中路線も大きな禍根を残した。一族の地盤である南部ハンバントタ港の建設プロジェクトの費用13億ドル(約1780億円)の大半を中国からの融資に求めたが、債務の返済ができなくなり、2017年には港の運営権を中国主導の合弁企業に99年間渡した。債務の罠である。

2019年11月には、マヒンダの弟のゴタバヤが大統領に当選し、マヒンダは首相に任命された。その後、2022年4月の債務危機に陥るまでの経緯は先述した通りであるが、7月20日には、国会議員による投票で、ウィクラマシンハが大統領に選出された。

ウィクラマシンハは、ラジャパクサの親中路線を修正し、欧米やインドに接近する方針に切り替えた。インドは、35億ドルの金融支援を実施し、IMFにもスリランカ支援を呼びかけた。中国は、8月16日にはハンバントタ港に調査船を入港させ、ウィクラマシンハ政権を牽制した。

重くのしかかる対外債務問題

スリランカの対外債務は、2021年4月末時点で総額351億ドル(約4兆7800億円)にのぼったが、これはGDPの4割に当たる。債務の構成は、市場からの借り入れが47%、アジア開発銀行からが13%、中国からが10%、日本からが10%、世界銀行からが9%、インドからが2%、その他からが9%となっている。

ウィクラマシンハ政権はIMFと協議し29億ドルの金融支援をとりつけたが、IMFは融資の条件として、国内の経済改革や対外債務の整理再編を求めた。また、日本などとも協議し、債務返済猶予の交渉を行い、経済再建のために増税も実施した。

その結果、燃料不足や停電も減ったが、物価高は依然として続いており、その不満が今回の大統領選でのウィクラマシンハ落選につながったのである。

日本は2024年7月には円借款の再開を決め、コロンボ近郊の国際空港の拡張工事などを支援する。

ディサナヤカ大統領は、親インド路線のウィクラマシンハと違い、インドに対しては不信感を抱いている。外交政策の変更もありうる。また、IMFの指導の下で行われてきた緊縮財政を見直すことを公約に掲げており、食品や生活必需品の課税免除などを実施するという。そして、IMFと再交渉するという。その結果によっては、日本が主導してきた対外債務の再編にも影響する。

また、汚職対策にも力を入れるという。スリランカは、東アジアと中東とを結ぶシーレーンの要衝であり、その舵取りがどうなるかは、世界にとって重要な意味を持つ。スリランカをめぐる中国とインドの綱引きも不安定要因を増す。

美しい国、優しい人々

9月21日、アメリカのデラウエア州ウイルミントン近郊で、日本、アメリカ、オーストラリア、インド4ヵ国によるQUAD(クアッド)首脳会合が開かれた。共同声明では、海洋安全保障の連携強化で一致した。中国を念頭に、「力または威圧により現状変更を試みる一方的なあらゆる行動に強く反対する」とし、「海洋秩序に対する挑戦に対応する」と表明した。

しかし、中国を名指しで非難する文言はなかった。それは、BRICSのメンバーとして、中国やロシアと良好な関係を維持しているインドに配慮したからである。

人口で世界一、GDPでもやがて日本やドイツを追い抜いて世界第3位に躍り出ようとするインドの発言力はますます高まっていく。スリランカの新政権が、インドのモディ政権とどのような関係を築いていくのか、注意が必要である。

スリランカは、インド洋に浮かぶ美しい国である。海に沈みゆく太陽を見つめながら、涼風を心地よく感じたことをよく覚えている。人々も優しく、日本から来た若い学者の私を歓迎してくれた。静かで平穏な日々が早く到来するように祈っている。

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