スリランカ「親中」大統領誕生でインド洋波高し!

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変革を導く新大統領

9月21日にスリランカで大統領選挙が行われ、ポピュリストの左派、アヌラ・クマラ・ディサナヤケ・国民の力党首(55)が当選、23日に就任した。IMF(国際通貨基金)と約束した緊縮策と逆行する減税を公約しており、西側先進国との関係がギクシャクしかねない。そこに中国がつけこんでくるだろう。

同国は2022年、新型コロナによる観光客激減で外貨不足が発生し、海外からの借入に対してデフォルト(債務不履行)となった。経済危機である。民衆によるデモ隊などに官邸を取り囲まれ、当時のゴタバヤ・ラージャパクサ大統領が国外に脱出、首相だったラニル・ウィクラマシンハ氏が議会の承認を得て大統領に就任した。

ウィクラマシンハ大統領は、親日、親欧米政権で、IMFの支援を仰いで経済を安定化させた。その後はコロナ禍も下火になって観光客も戻り始め、経済は上向きだ。

だが、緊縮策も取らざるを得なかったので、生活が苦しい一般大衆には不満があった。ウィクラマシンハ氏自身は汚職スキャンダルとは無縁だったが、いわゆる特権階級の出身であることも人気が盛り上がらない理由だった。

今回の大統領選では、野党候補は経済の活性化とともに、特権階級が牛耳る政界をクリーンにする腐敗防止を掲げた。それが政権交代を勝ち取った主因だ。国民は「刷新」「チェンジ」を求めている。

新大統領が率いてきたスリランカ人民解放戦線(JVP)はマルクス主義を掲げる民族主義政党。かつての内戦時代は、タミール人による反政府武装勢力とは一線を画しながらも、武装闘争も辞さなかった過激な勢力だ。

極左のJVP勢力を取り込んだ国民の力は中道寄りに舵を切り、大統領選で支持を広げた。だが、議会ではわずか3議席しかなく、政権運営は多難なものになるだろう。

さらに西側諸国との関係も不安定になりかねない。選挙戦ではIMFとの約束は守ると宣言してきているが、公約の減税など経済刺激策をとれば、IMFと約束した緊縮策とは矛盾する。国民の変革への期待に応えようとすれば、西側先進国や国内の既成勢力とぶつかることは避けられない。

前途多難な政権運営

新大統領は当選直後から、スリランカの抱える最大の問題である民族対立に関しては融和を唱えている。多数派で仏教徒のシンハラ人と、少数派だが海外に支援者が多いヒンデゥー教徒のタミール人、さらに少数のイスラム教徒。3者の対立が激化するようなら政権基盤はたちまち崩れる。民族対立の根深さは私のスリランカ出張中も何度も体感した。例えば、タミール人国会議員をタミール人街の選挙区事務所に訪ねた際には、穏やかな通りにかかわらずシンハラ人ドライバーは長く駐車するのを嫌がった。その融和を最初に唱えたところなど、新大統領の政治センスは悪くない。

だが、エネルギーなどを完全に海外に依存するスリランカでは、外貨不足をどう補うかが最大の経済問題。国民の期待に応えようとして、IMFとの関係がしっくりしなくなれば、そこが不安定になる。台所事情が苦しくなれば、中国が支援を持ちかける可能性が高い。

スリランカは中国にとっては、中東からの原油輸送の要(かなめ)の位置にある。インド洋での中国の安定の鍵をにぎる国だ。現に、内戦を終結させたラージャパクサ一族による前の前の政権は、きわめて中国寄りの政権だった。

同一族の政治基盤であるスリランカ南部には、中国資本による港湾整備と空港開港が実施されている。首都コロンボで中国資本による269ヘクタール(東京ドーム57個分)もの広大な埋め立て地建設と、そこを経済特区とする「ポートシティ」も、一族のリードで認可されたとされる。

もう埋め立て工事は終わっており、隣接する高層ホテルの最上階ラウンジに上がると、見渡す限りの赤茶色の未開発地が広がっていた。ドバイをスリランカに作るという雄大な構想で、数年後には高層ビルで埋め尽くされているはずだ。だが、中国政府系の中国企業の開発であるだけに、中国の租界とみられがちで、西側企業の誘致ははかばかしくは進んでいない。

隣国のインドとの関係も微妙だ。歴史的に中国と犬猿関係にあるインドは、中国のスリランカ浸食をおもしろいはずがない。インド洋の島嶼国モルディブで昨年、親中政権ができると、インドのモディ政権はインド洋に向けた南インドの海軍基地を強化した。モルディブを威嚇するためだ。

ウィクラマシンハ前大統領は、中国の調査船のスリランカへの寄港を許さず、距離を置いた。スリランカ人の多くは中国に対して好感は持っていない。中国が有力政治家にカネをばらまいてきたことがたびたび発覚している。そのため、中国マネーはブラックマネーと見ている。だから、新大統領も親中姿勢を見せたことはない。

新大統領に、中国カードをちらつかせながら日本や欧米、そしてインドから「譲歩」を引き出せる手腕があるのだろうか。それはおぼつかない。人脈もないからだ。

スリランカ国民も諸外国も、新大統領の手腕をしばらくは見守るだろう。だが、ハネムーン期間は長くはない。その後に待ち受ける事態は、「インド洋波高し」と見ておいた方がいいだろう。

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