日本語も英語も徐々に…アルツハイマーになった東大教授との「読書会」で妻が悟った厳しすぎる現実

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「漢字が書けなくなる」、「数分前の約束も学生時代の思い出も忘れる」...徐々に忍び寄ってくる若年性アルツハイマーの恐怖は今や誰にでも起こりうることであり、決して他人事と断じることはできない。

それでも、まさか「脳外科医が脳の病に侵される」などという皮肉が許されるのだろうか。そんな「運命」に襲われながらも、悩み、向き合い、望みを見つけた東大教授と伴侶がいた。

その旅の記録をありのままに記した『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子著)より、二人の旅路を抜粋してお届けしよう。

『東大教授、若年性アルツハイマーになる』連載第19回

「元気になった例もある」…50代でアルツハイマーになった東大教授が医師から勧められた「意外な治療」』より続く

元東大教授による英語指導

一緒に音読するのかと思っていたのですが、晋は、

「君が読んで訳して」

と言うではありませんか。

私たちは、朝食前の聖書の音読を日課としていました。沖縄に来た当初、晋はゆっくりとではありますが、日本語の文章は読めていました。しかし次第に読みづらそうになり、5月に入ると、とうとう、読まなくなっていたのです。文字の理解が難しくなったのかもしれません。

そこで彼の言うまま、私が音読することになりましたが、なにせ最近まで、東大で大学院生の論文指導にあたっていた晋のこと。読み進めていくと途中で、

「その発音は違う」

などと指導が入ります。

一方、知らない単語の意味を尋ねると、晋は〈意味はわかっているけれど、説明する日本語がスムーズに出てこない〉とでも言いたげな表情に。そこで私が辞書を引いて説明すると、

「そうそう、それ」

と同調します。こんな珍道中のようなふたりの「読書会」をほぼ毎日続けて、2冊読み終わりました。涙もろい私は、どちらの本も泣けて、泣けて、仕方がありません。ふと見ると、晋の目にも涙が浮かんでいました。

認知症を発症させずにいることは可能

3冊目に選んだのは、東京でI先生から贈られた『Aging with Grace』。こちらは難しい単語が並んでいて、私ではとても歯が立ちませんでした。辞書で単語を調べておくなど、できるだけ予習して臨んだものの、読書会は遅々として進まず、結局、晋が「もういい」と言うに及んで読むのをやめてしまいました。

晋は無類の本好きで、たとえば岩波文庫などは蔵書が栃木の自宅の一室に山をなしていて、子どもたちも勝手に引っ張り出して読んでいました。とにかく時間を見つけては読書、の晋でしたから、うまく理解できない自分にいらだっていたのかもしれません。

余談ですが、私がこの本の内容を知ったのは、邦訳『100歳の美しい脳』(藤井留美・訳、DHC)が出版されてからでした。著者のデヴィッド・スノウドンはアルツハイマー病の研究者です。彼は75歳から106歳まで、実に700名近い修道女を検査し、うち300名を超える人から献体を受けて脳を解剖しました。その研究の経緯を実話物語として綴ったのが『Aging with Grace』でした。

著者によると、脳が萎縮しアルツハイマー病といえるような状態の修道女もいましたが、それでも認知症を発症せず安らかに最期を迎えた人もいたそうです。老化にともなって起こる病を根治する方法はありません。でも、亡くなるまで認知症を発症させずにいることは可能で、そのためには生活習慣が大事――その事実を明らかにしたこの研究は、修道女(nun)にちなんで「ナン・スタディ」と呼ばれ、世界に知られることとなりました。

人の輪のなかにいる。ただそれだけで…若年性アルツハイマーの夫とその妻がしみじみと実感した「本当の幸せ」へ続く

人の輪のなかにいる。ただそれだけで…若年性アルツハイマーの夫とその妻がしみじみと実感した「本当の幸せ」