長時間・低賃金の職場

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 この連載を始める前から、私は長年ある職業の人たちを追い続けてきた。それは私自身も従事したことのある「トラックドライバー」だ。

 彼らの現状については、おそらく業界の中でもある程度把握しているうちの1人だと思う。私自身トラックに乗っていた時期もあるため、彼らの労働環境を憂い、これまで多く関連記事を執筆してきたが、本稿では連載の趣旨に添い、世間の多くの方が誤解している「トラックドライバー」の実像を中心に紹介していきたい。

【写真を見る】実は人好きで恥ずかしがり屋が多い…トラックドライバーの実像を知って欲しい

長時間労働・低賃金に少子高齢化

 取材活動をしていると、物流業界について、意外に知られていないのだなと驚くことがある。その筆頭が「白ナンバー」と「緑ナンバー」の違いだ。なかには「緑色のナンバープレートなんてありましたっけ」という人までいる。

長時間・低賃金の職場

 トラックに限らずクルマのナンバープレートには「白ナンバー」と「緑ナンバー」がある。その違いは簡単に言うと「運賃をもらっているか否か」だ。

 緑ナンバーのクルマは「運ぶこと」を生業にしているクルマ。

 一方、白ナンバーは、たとえ大きなバスやトラックであっても、自社で雇われたドライバーが自社の社員を乗せたり、自社工場で製造した商品を自社の社員が運んだりする時に使用される。原則その輸送に運賃が発生しないのだ。

 詳細は後述するが、去年あたりにメディアでよく取り上げられていた「2024年問題」の影響が顕著なのは、「緑ナンバー」のドライバー。各生産現場でつくられたモノの輸送を一手に担う、いわば社会インフラだからだ(以下、本稿では「緑ナンバーのトラックドライバー」について言及していく)。

 そんな重要な役割を担っているがゆえ、トラックドライバーたちはよく「国の血液」と例えられる。だが、それなのに労働環境が非常によくない。なかでも深刻なのが「長時間・低賃金」だ。

 全日本トラック協会の資料によると、彼らの年間労働時間は、全産業平均と比較して、大型ドライバーで444時間(月37時間)長く、中小型ドライバーで396時間(月33時間)長い。にもかかわらず、年間所得額は大型ドライバーで約4%低く、中小型ドライバーでは約12%も低いのだ。

 こうした労働条件の悪さなどから、業界は慢性的な人手不足に陥っている。

2024年問題とは

 そんなトラックドライバーに対して、半年ほど前までメディアで連日報じられてきた話題がある。先にも出た「2024年問題」だ。既にご存知の読者の方もいるだろうが、改めて説明したい。

 というのも、一線の現場に聞くと同問題に対する認知度は約90%ほどなのだが、世間からは今でも「2024年問題という言葉を聞いたこともない」という人が少なくなく、私自身驚くことがあるのだ。

 2024年問題とは、トラックドライバーの労働時間が短くなることで生じる諸問題のこと。

 2020年までにほとんどの業種に施行された「働き方改革」だが、トラックドライバーをはじめとする職業ドライバーは「長時間労働の是正に時間がかかる」という理由から、施行が5年間猶予されていた。

 その猶予が2024年4月1日に明け、ついにトラックドライバーにも施行。元々慢性的な人手不足のなかドライバーの労働時間が減少することで、「今まで運べていた荷物すら運べなくなる」と懸念されているのだ。

 それが“世間”のいう「2024年問題」である。

 しかしその一方、現場のドライバーたちにとっては、荷物が運べなくなる以上に深刻な問題が起きている。その筆頭が「給料の減少」だ。

 多くのドライバーの給与形態は「歩合制」。走った分だけ給料に反映されるため、労働時間が減れば必然的にドライバーの給料も減少。中には月に10万円減というケースもあるため、現役のドライバーたちからは「なんてことしてくれたんだ」という声が絶えない。

 なかには副業を始めるドライバーもおり、「以前より働く時間が延びた」という本末転倒な状態になっているケースもあるのだ。

宅配は総輸送量の7%以下

 この2024年問題の報道を通じて「世間が誤解している」と強く感じるものがある。「物流」という概念そのものだ。

 世間で「トラックドライバー」というと、真っ先に思い浮かぶのは「宅配ドライバー」だろう。「2024年問題」を報じるメディアでも、「2030年までに35%の荷物が運べなくなる」としながら、毎度「宅配の再配達の現場」に密着取材した特集が散見された。

 しかし、実態は全く違う。

 全日本トラック協会のデータによると、「宅配」はトラックによる総輸送量の「7%以下」だ。しかも、これは他の運び方と併せた数で、実質的な宅配の輸送割合を「2〜3%」程度とする調査もある。

 無論、宅配の現場自体も非常に過酷だ。再配達はなくすべきだし、過酷な労働環境は早急に是正されなければならない。

 しかし、その7%以下の、さらにそのごく一部の再配達問題ばかりにスポットを当て世間にアピールする国やメディアの報道を観るたび、他90数%を担う企業間輸送のトラックドライバーたちはこれまで幾度となく天を仰いできた。

 例えばECサイトで「レトルトカレー」を購入したとしよう。

 2024年問題の本質は、世間に懸念されているような「レトルトカレーが翌日届かなくなる」問題ではない。「レトルトカレーそのものが作れなくなる」問題なのだ。

 カレー製造工場にはニンジンや玉ねぎといった野菜、そして肉といった材料がトラックによって運びこまれる。それだけではない。肉にする牛や豚、野菜を育てるために使用する飼料や肥料などもトラックによって運ばれている。

 その「企業間輸送」を担うトラックドライバーたちの労働時間が減り、これまで運べていた荷物が運べなくなるため、結果的にレトルトカレーという商品そのものが作れなくなるわけだ。

 2024年問題は、世間が思っているよりかなり根の深いところの問題なのである。

ドライバーのマナー問題

 一方、世間でトラックドライバーのイメージを聞くと毎度あがってくるのが「マナーの悪さ」だ。なかでもよく聞かれるのが「路上駐車」と「アイドリング」である。

 よくエンジンをかけたまま路上駐車している大型トラックの列を見ることはないだろうか。なかには運転席でハンドルに足を上げ、ふてぶてしく寝転がっているドライバーに、顔をしかめたことがある人もいるだろう。

 さらにドライバーのマナー違反では、もはや社会問題にすらなっているものとして「尿入りのペットボトルのポイ捨て」や「立ち小便」がある。

 トラックが集まる物流センターやSA・PAの大型マス周辺においては、ラベルの内容と全く合わない「茶黄色の液体」が入っているペットボトルが捨てられていたり、ツンと鼻をつくアンモニア臭が漂ってきたりすることが少なくない。

 残念なことに、ドライバーのなかにはマナーが悪く、彼らの全体的な社会的価値を下げてしまっている人たちがいるのは間違いない。

 しかし、マナーやモラルが低いのは、決してトラックドライバー全員ではなくごく一部。SA・PAで取材中、舌打ちをしながら落ちているペットボトルを無言で拾い上げるドライバーもいるのだ。

 さらに、こうしたトラックドライバーのマナーの悪さは、彼らだけの問題として断罪できるものでもない。

 彼らの労働環境がよくないのだ。

 世間からすれば、「エンジンを掛けたまま路上駐車しておきながら足を上げるとは、なんて態度なんだ」と思うかもしれない。しかし、そのトラックの列の先には「荷主」の施設があり、その荷主から「呼ばれたらすぐに入れるところで待っていろ」と指示されている。待機所が設けられていないため、「呼ばれたらすぐに入れる場所」は、必然的に「路上」になるのだ。

 こうして待たされるのを「荷待ち」というのだが、国が公表している平均的な荷待ち時間は1.5時間。が、私の取材のなかで最も長い荷待ちは「21時間半」である。真夏の炎天下、エンジンを消したまま待機すれば、ドライバーは死んでしまう。

 長時間運転してきたドライバーは、その待機の間もトラックから離れることはできない。狭い車内のなか、むくんだ足の血の巡りを回復するため、ハンドルに足を上げてその待機時間を過ごすのだ。

 一方、尿入りのペットボトルのポイ捨てや立ち小便においては、当然正当化できる余地は全くない。社会に迷惑をかける犯罪行為だ。しかし、その場から離れることもできず、結果的にその場で用を足すしかないこともある。長時間荷待ちさせられている路上にトイレがない状況を改善すれば、大分その数も減るはずだ。

 ドライバーのマナー改善は絶対的にしていく必要があるが、それと同時に彼らの労働環境をインフラ面から変えていく必要もあるのである。

コロナ禍のトラックドライバーたち

 そんなトラックドライバーは、ある時期「エッセンシャルワーカー」と呼ばれていた時期がある。そう、「コロナ禍」だ。

 今や同語は、「死語」を通り越し「幻」と化した言葉にすらなっているが、第1波只中のトラックドライバーたちは、そんな名称の裏側で「コロナ運ぶな」と言われたり、無言で除菌スプレーを吹きかけられたりするなどの差別を受けていた。

 愛媛県では、自身の親が感染者が出た地域を行き来するトラックドライバーだという理由から、新入生が小学校の入学式への出席を断られたケースもある。

 筆者のもとにも「自分が長距離トラックドライバーという理由で、妻が工場の出社を拒否され有休を消化させられながら自宅待機している」という相談があった。

 さらに当時、感染拡大防止策として飲食店が20時で閉店になった時期があったが、その時短措置によってSA・PAの食堂まで閉店。外出自粛要請が出ているなかでSA・PAの食堂を使うのはそばうどんを背中丸めてすする“エッセンシャルワーカー”くらいしかいない。

 当時のトラックドライバーたちからは、

「飯も食うなって言うのか」

「何がエッセンシャルワーカーだ」

 という声が噴出していた。

 さらに世間が知らないところでいうと、同時期、彼らがよく使う施設に設置してあるシャワールームが全国で1週間閉鎖になったのだ。季節は春先。シャワーが使えなくなり衛生面が保たれなくなれば、1人で走るドライバーとはいえ感染リスクは避けられない。

トラックドライバーの気質

 そのシャワールームが閉鎖された当初、トラックドライバーたちからは、

「長距離トラックドライバーなので、月曜日に出勤したら土曜日まで戻れず毎日車中泊。シャワールームが閉鎖されたらどうにもなりません」

「万が一、ウイルスが体についたままトラックで睡眠をとれば、感染リスクは高くなる」

 といった声が聞かれていた。

 しかし……後日、その1週間をどうやって乗り切ったのかを改めて聞いたところ、こんな声が。

「ガソリンスタンドの洗車する水で頭とか体を何度も洗いました。寒かったんで死ぬかと思いましたね。もしかしたら飲んじゃいけない水だったかもしれないけど、その水で歯も磨きましたよ」

「公園のトイレで、ボディソープを垂らした濡れタオルを使って体を拭いていました。シャンプーもそこで済ませました。洗面台と蛇口の距離が近いので大変でしたね」

 驚くことに、彼らのその過酷な1週間を語る「口ぶり」は、非常に明るかったのだ。得体のしれないウイルス蔓延のなか、彼らはむしろピンチを楽しんでいたような雰囲気さえあった。

 トラックドライバーたちは、今の仕事を心から楽しんでいる人たちが多い。トラブルなどが起きても、それを1つ1つ越えていくパワーをもっている。

 長時間労働で低賃金、力仕事も強いられるゆえ、「底辺職だ」「誰でもできる仕事だ」と揶揄されることがしばしばある。しかし、現場から聞かれるのは真逆の声。多くのベテランドライバーからは「天職」との声さえ多く上がる。

 また、「人とのしがらみが好きではない」と言いながらも、人たらしが多く、私が1聞くと100返してくるほど、熱く「人好き」が多い。

 一部のトラックドライバーのせいでマナーが悪い、怖いなど、悪いイメージがついてしまっているが、是非機会があればドライバーに「お疲れ様です」と声を掛けてみてほしい。

 テレながらもはにかんだ笑顔が返ってくるはずだ。

橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)

デイリー新潮編集部