昨年10月、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)の練習場であるスビエタで、クラブ強化関係者とコーヒーを飲んでいた。ざっくばらんに話せる、楽しいサッカー談義だった。和やかな雰囲気だったはずだ。

 それが筆者の不用意な発言により、一瞬で空気が重くなった。

「なんで、(ウマル・)サディクや(アルセン・)ザハリャンを獲得したの?」

 これに強化関係者は「なんで、ってどういう意味だ?」と苛立ったように返してきた。

 その時点で、クラブ周辺では補強に関して不満が渦巻いていた。

 鳴り物入りで加わったサディクが大ケガでシーズンの大半を棒に振ったのは気の毒だったが、プレースタイルそのものが合っていなかった。一方、チームは得点源だったアレクサンダー・セルロート(現アトレティコ・マドリード)を逃していた。そしてザハリャンは「ダビド・シルバの代役候補のひとり」という触れ込みだったが、"左利きのテクニシャン"の域を出ることはなく、現在はケガで戦線離脱中だ。

 また、当時はスビエタ出身の右サイドバック、アンドニ・ゴロサベル(現アスレティック・ビルバオ)、アレックス・ソラ(現ヘタフェ)をアラベスに放出し、マリ代表のアマリ・トラオレを獲得、アルバロ・オドリオソラを買い戻したことも批判されていた。

「サイドバックのようなポジションは経費を抑えるべきで、そのためにスビエタがあるのに......」

 関係者の間で、補強の姿勢が問われていた。その後、ゴロサベルは定位置をつかみ、ソラはユーティリティとして活躍しているのに対して、トラオレはポテンシャルの高さを見せたものの、昨年のアフリカ選手権で途中離脱後は不調、オドリオソラは力不足を露呈した。

 ストライカー不在、ダビド・シルバの損失、サイドバックの不安定さは、今シーズンも顕著になっている。さらにスペイン代表でユーロ2024優勝メンバーだったミケル・メリーノ(現アーセナル)、ロビン・ル・ノルマン(現アトレティコ・マドリード)を手放さざるを得ず、戦力ダウンは拡大。アイスランド代表の大器、FWオーリ・オスカルソン、左利きの天才MFルカ・スチッチもフィットせず、サイドバックは左右ともに固定できない状況だ。

 今シーズンの開幕から1勝2分け4敗は必然の結果と言える。

【決定機をプレゼントしたが...】

 そのなかで、久保建英は孤軍奮闘している。

 9月21日、ラ・レアルは敵地でバジャドリードと戦い、スコアレスドローに終わった。

 久保は4−3−1−2のトップ下で先発した。チームが不振のなか、チャンスメーカーに徹し、前半からいくつも決定機を創出している。


バジャドリード戦に先発、後半36分までプレーした久保建英(レアル・ソシエダ) photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 9分、マルティン・スビメンディのパスを左サイドで受けると、久保はシェラルド・ベッカーとのパス交換から相手ひとりを外し、ふたり目をかわし、3人目も裏を取る。グラウンダーのクロスで得点のお膳立てをした。しかし、倒れ込みながら打ったオスカルソンのシュートはブロックされた。

 31分、久保はCKのこぼれ球を相手に背中を押されながら自分のものにし、裏に走るベッカーへロングスルーパス。精度、角度ともに絶好だった。しかし、GKと1対1になったベッカーは、これを決められない。

 そして前半アディショナルタイム、久保は左サイドを自ら縦に突っ切る。単独ドリブルで、相手を置き去りに。GKとDFの間に速いボールを折り返したが、これに誰も突っ込めなかった。

 7試合で計3得点(久保は1得点)の状況も、これでは致し方ないだろう。

 スペイン大手スポーツ紙『アス』の論評も、久保には同情的だ。

「タケ(久保)は、ラ・レアルのなかで一番インスピレーションを感じさせる選手だった。トップコンディションではないことがわかるプレーもあったが、それでも彼を止めるにはファウルしかない。ベッカー、オスカルソンに明らかな決定機をプレゼントしたが......」

 ラ・レアルが今、懸念すべき状況にあるのは間違いない。

 ただ、ラ・レアルの歴史を振り返ったら、大騒ぎしてチームを叩くほど悪い状態でもないだろう。クラブの予算規模を考えれば、8〜10位が順当のクラブ。昨シーズンの6位は「低迷」と非難されたが、チャンピオンズリーグ(CL)を並行して戦ったことを考えれば、ベティスに競り勝ってヨーロッパリーグ(EL)出場を獲得できたことだけでも及第点を与えられた。

 もちろん、いくつかの補強がうまくいかず、ケガ人も出たことで、今の16位という順位にあるわけだが......。

 2003−04シーズンにCLに出場したシーズンも、ラ・リーガは15位と不振だった。その後のシーズンは14位、16位、19位とずっと残留争いに巻き込まれ、とうとう降格した。2013−2014シーズン、再びCLに出場した時はラ・リーガも7位と健闘し、EL出場権を得たが、翌シーズンは12位と苦しんでいる。

 欧州カップ戦を同時に戦うことは、ラ・レアルのクラブ規模では周りが考えている以上の負担で、その消耗は激しい。今回もそうだが、活躍した選手は引き抜かれ、力を削がれる。戦力を保つのは簡単ではない。

 9月25日、ラ・レアルはEL開幕戦でフランス、リーグアンのニースに挑む。空気を変える勝利をつかめるか。バジャドリード戦も、久保がベンチに下がって攻撃の火が消えた。孤軍奮闘は続きそうだが......。

「シーズンの目標? 選手も、私も、試合を勝ちたいと思っている。まだまだ試合は続く」

 イマノル・アルグアシル監督の言葉である。