「高齢者を敬えと言っても、無理な注文」…高齢者自身が「尊敬に値する存在」になるために必要なこと

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老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。

世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。

医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。

*本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

敬老精神のない時代

「敬老の日」は高齢者を敬うという趣旨で設定されたものでしょうが、高齢者だからといってだれもが尊敬に値するわけではありません。真に立派な人であれば、別に「敬老の日」でなくても一年中尊敬されるでしょうし、迷惑な年寄りは「敬老の日」でも敬われることはないでしょう。

だいたい、昭和の中ごろくらいまでは、高齢者は自然に大事にされ、敬われていました。世の中の変化のスピードが遅かったので、いろいろな経験を積んだ高齢者のほうが、未経験な若者より問題解決の術に長けていたからです。わからないことがあると、年長者に教えてもらい、困ったことがあると、年配者の知恵を借りて解決する。そうすると、自然と感謝と敬意が生じます。

それが世の中のIT化で状況が一変しました。わからないことがあると、操作の仕方や対処法を教えてくれるのは若者たちです。高齢者は時代の進歩についていけず、若者に何度教えてもらってもマスターできず、同じ過ちを繰り返し、教えた手順も忘れてしまう。そんな鈍くさい年長者を、若者が尊敬などしてくれるわけがありません。

年を重ねるということは、人としての成熟であるという価値観が広がれば、若者も高齢者を敬う気持ちを持つでしょう。しかし、現代は若さや強さや美しさが価値の基準になっていますから、老いて弱って醜くなる一方の高齢者は、人間としての価値が下がる一方で、ますます尊敬などされません。

おまけに高齢者自身がいつまでも元気で若々しくなどと、事実上、若者をうらやむ心境になっています。その時点ですでに若者は優位に立ち、劣位の高齢者を敬うという発想は持てなくなります。

かつては“長老”とか“古老”とか言って、敬われる高齢者もいましたが、今ではどちらも死語です。なぜ、尊敬される高齢者が減ったのか。私が老人デイケアのクリニックにいたとき、ある女性からこんな相談を受けました。

「父は今年八十歳になるんですが、怒りっぽくてわがままで、文句ばっかり言うんです。人間は年を取れば人格者になり、立派になるというのに、うちの父はどうしてこうなんでしょう」

その女性の父親はデイケアでもよく怒り、イライラしたり職員に文句を言ったりしていました。よく見ると、肺気腫と心不全で呼吸も荒く、脚も弱っていて、膝も見るからに痛そうでした。そんなつらい状態で鷹揚に振るまうのは無理でしょう。

だから、私は女性に言いました。

「お父さんは生きているだけで苦しいんです。だから、人格者ではいられないんです」

そんな肉体的な苦痛がなくても、老化が進めば記憶力や発想力が衰えるのと同じく、忍耐力や自制心も弱ります。だから、辛抱ができなくなって、怒ったりわがままになったりするのです。

年を取れば人格者になるというのは、まちがいではありませんが、せいぜい七十歳前後まででしょう。それくらいの年齢だと、さまざまな人生経験から無駄なこと、無用なことを知り、精神的な余裕と自制心が培われて、若者からすると人格者のように見えることもあります。むかしはそれくらいでだいたいの人が死んでいたので、年を取れば人格者にといわれたのです。しかし、今はその先に二十年ほども生きてしまうので、心身ともに衰え、若い世代の尊敬を集められなくなっています。そんなダメになった高齢者を敬えと言っても、無理な注文です。

ほんとうに敬老精神を養うには、まず高齢者自身が尊敬に値する存在にならなければなりません。その方法はあります。自らの老い、苦痛、不如意を泰然と受け入れ、栄誉や利得を捨て、怒らず、威張らず、自慢せず、若者に道を譲り、己の運命に逆らわない心の余裕を持つことです。むずかしい注文ですが、むずかしいからこそ敬意を呼び覚ますのではないでしょうか。

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