ラグビー日本代表に「34歳の司令塔」が帰ってきた 名将エディーはなぜ立川理道を重宝するのか
9月15日、ラグビー日本代表(世界ランキング14位)は東京・秩父宮ラグビー場で「アサヒスーパードライ パシフィックネーションズカップ(PNC)2024」の準決勝・サモア代表戦(同13位)を迎えた。カナダ代表に55-28、アメリカ代表に41-24と連勝し、PNC決勝進出に向けた大一番だ。
1月に再任した名将エディー・ジョーンズHCは、この大事な試合で数人のメンバー変更を行なった。そのなかでも大きな注目を集めたのが「10番」のポジションだ。
2012年から日本代表の歩みを知る立川理道 photo by Saito Kenji
これまでスタンドオフ(10番)に起用していた23歳の李承信(神戸スティーラーズ)を、ジョーンズHCはフルバック(15番)に下げた。そして代わりに据えたのは、34歳の大ベテラン・立川理道(スピアーズ船橋・東京ベイ)だ。
※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)
「ハル(立川)は先発する準備ができていた。身体が強く、脚もうまく使うし、パスも正確で、キッキングゲームにも長けている。最も印象的なのは、彼の冷静さ。これは10番として非常に重要な要素です。そして(李)承信を15番で起用することで(日本は)最強のチームになる」(ジョーンズHC)
立川が桜のジャージーを着て先発するのは6年ぶり。10番を背負ってグラウンドに立つのは、実に2015年ワールドカップのスコットランド代表戦以来だ。
「10番としてプレーするのは9年ぶりということもあって、少し緊張はしましたけど、実際に試合に入ってしまえば、やるべきことを明確にシンプルにやっていくだけ」(立川)
サモア代表との試合は、指揮官が期待したとおりの展開となった。
前半は風速6〜7メートルのコンディション。日本は風下での戦いとなったため、立川はキックではなくパスとランを中心にゲームを組み立てた。そして決定機では、15番に入った李が仕留める「ダブル司令塔」が機能し、前半だけで4トライを挙げて主導権を握った。
【ブライトンの奇跡も経験】後半も立川は10番としての仕事を全うし、後半22分に交代するまでさらに2トライを追加。最終的にサモアを49-27で下し、決勝進出に大きく貢献した。ちなみに日本はサモアとの通算成績を7勝12敗としたが、このスコアは過去最高得点かつ最高得失点差だ。
「風下のなかでは、自分たちがボールを手放しても一気にキックで返される可能性もあったので、攻撃のプランとしてはボールを動かし続け、スペースに運び、スコアすること。守備も我慢強く守れていた」
試合後、冷静に振り返る立川に対し、ジョーンズHCは手放しで称賛した。
「スピードのなかでもいい判断ができるし、フィジカル面もよかった。やはり立川理道という選手は、チームに入ると付加価値を与えてくれる。彼がいてくれることで、チームが強くなる」
2012年から2015年までの第1期エディージャパン体制下において、立川は主に12番として活躍。2015年ワールドカップでは、南アフリカ代表を撃破した「ブライトンの奇跡」もピッチで経験した。
だが、その後のジェイミージャパンやサンウルブズでもキャプテンを務めていたが、徐々にジョセフHCの構想から外れ、2019年ワールドカップメンバーには選ばれず。2023年ワールドカップに向けた若手中心のチームに招集されたこともあったが、4年間でわずか1キャップに終わった。
しかしながら、選手として終わったわけではない。2012年に入団したスピアーズでは「バンディエラ」としてチームひと筋でプレーし、精神的支柱として君臨。2022-2023シーズンのリーグワンではスピアーズを初の日本一に導き、シーズンMVPにも輝いた。
そんな経験豊富でリーダーシップに長けた存在を、指揮官が放っておくはずはなかった。
「(昨季のプレーを見ていて)ハルの『ジャパンでプレーしたい』という熱意・渇望が一番強かった。彼の持っている思いが必要不可欠である」
【PNC決勝の相手はフィジー代表】シーズン中のケガの影響もあり、立川がジャパンに合流したのは6月末。矢崎由高(早稲田大2年)といった大学生も招集された若いメンツの第2期エディージャパンに、圧倒的なキャップ数を誇るベテランが加わった。
「日本代表に戻ってくることができてうれしいです。15個下の選手(矢崎)など年齢の差はありますが、練習も含めてハードワークすることが自分の仕事のひとつ。それ以外のところでもサポートなど求められているものがあれば、ひと言、ふた言を言える存在でいたい」
6〜7月の代表戦を終えてFLリーチ マイケル(ブレイブルーパス東京)が休養のためにチームを抜けると、PNCに向けてジョーンズHCは立川をキャプテンに指名した。
「若手のロールモデルになってほしい。チームのために全身全霊でやってくれる彼を100パーセント信頼している。ハルはチームメイトに接する態度も真摯で、リスペクトしながら厳しいことも要求できる人物」
指名を受けた立川は、すぐに「(キャプテンを)やります!」と即答したという。
そしてPNCがはじまると、さっそく持ち前のキャプテンシーを発揮した。ピッチ内外で選手たちとのコミュニケーションを増やし、チームをひとつにまとめあげた。その結束力の強さは、これまでの3連勝の内容にしっかりと表れている。
9月21日、PNCの優勝がかかった決勝戦の相手はフィジー代表(同10位)に決まった。昨年のワールドカップではベスト8に入った強豪であり、過去の対戦成績は4勝15敗と大きく負け越している。
「サモアに勝てたことは若いチームにとって自信になった。気を抜くことなく、しっかりといい準備をして、フィジー戦を迎えたい」(立川)
立川は再び日本代表のキャプテンとなった時、こんな話をした。
「2015年、2019年と、いいワールドカップを進んでいきながら、2023年は勝ちきれなかった。だが、土台はできていると思う。遠い先を見ずに、もう一度、勢いを取り戻すべくこの1年、取り組んでいくことが大事かな」
【次のワールドカップでは37歳】ファンが期待するのは、立川がこのままプレーを続ければ2027年ワールドカップへの出場のチャンスが出てくるのでは......ということだろう。
次のワールドカップは37歳で迎えますが......と水を向けてみた。
「正直、ワールドカップ出場を目標にする考えは自分のなかにないですが、チームのためにできることを考えながら、自分を成長させるために必死についていって、一日一日がチャレンジです!」
立川は表情を崩しながら答えてくれた。
昨年のワールドカップではアイルランドの英雄SOジョナサン・セクストンが38歳で出場した例もある。次のワールドカップを37歳で迎える立川にとって「年齢」ができない理由にはならないはずだ。立川のピッチ外の振る舞いに満足しているジョーンズHCも、今回の試合のようなパフォーマンスを続けていけば、年齢に関係なく招集を続けるだろう。
みんなから「ハルさん」の愛称で親しまれるベテランが、桜のジャージーを身にまとい、再びワールドカップの大舞台で輝く瞬間が見てみたい。