「老人性うつ」に気をつけろ…!心を強くする「シンプルな習慣」

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老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。

世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。

医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。

*本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

次のステージへの準備

何事もうまくこなすためには準備が必要です。

だれにとってもはじめての経験である「老い」については、悪いことが起こることのほうが多いので、よけいに準備が重要になります。

いつまでも元気で若々しくとか、まだまだ若い者には負けないなどというのは、単に老いの現実から目を逸らしているだけで、見せかけの希望は与えてくれるでしょうが、足下がお留守になって、思わぬ困難、不愉快、苛立ち、嘆き、絶望につながる危険が増します。

そのプレリュードというか、プチ状況を私は身をもって体験しました。

二十年前に作家としてデビューしたあと、ずっと小説の注文は途切れることがなかったので、自分がいつまで書き続けられるのかなど、考えたことがありませんでした。いつかは終わるだろうけれど、まだまだ書き続けられると気楽に思っていたのです。

ところが、ある長編の構想がポシャったとき、しばらくどの出版社の編集者からも声がかからない状態が続きました。小説だけでなく、エッセイやコラムの注文もありません。もしかして、自分はこれで引退するのか。そう思った瞬間、ふいに目の前の地面が消えたような不安が広がったのです。

何をそんな大袈裟なと思われるかもしれませんが、私にとって「書く」ということは、ずっと生活の中心でした。その仕事がなくなったら、これから自分は何をすればいいのか。時間をどう使えばいいのか。今、使っている仕事場も無用の部屋になってしまうし、そこにいる意味もなくなる。執筆のための資料もメモも写真も本も、すべてが無意味になってしまう。

そのとき、私はこれまで経験したことのない心許ない状況になりました。

なぜ、そんなことになったのか。

思い当たることはあります。小説の注文がいつまでも続くとは思っていないけれど、今、終わるわけではないと考えていたのです。すなわちそれは、いつまでも続くと思っているのと同じだったのです。だから、注文がなくなったとき、自分でも意外なほど動揺したのだと思います。

それは死に関しても同じでしょう。人はだれでも自分が死ぬことを知っている、だけど、今、死ぬわけではない。そう思っている人は、自分はいつまでも死なないと思っているのと同じということです。だから、多くの人が死が目前に迫ると、想定外の不安に陥り、焦り、恐れ、動揺し、混乱して苦しむのです。

「老いの不安」に立ち向かうヒント

では、どうすればいいのか。

仕事が途切れて不安になったとき、私はその状況を必死に受け入れようとしました。足掻いても仕方がないし、自分が状況を変えられるわけでもない。だったら、この状況と折り合いをつける以外にない。不安定になる自分をなんとか抑え、仕事のない状況のメリットを考えるようにしました。執筆の苦しみからの解放や、自由な時間が増えることなどです。しかし、ヒマになっても、することがなければ退屈するばかりでしょう。それでも、何事にもいい面と悪い面がある、仕事がないことにもいい面はあるはずと、懸命に頭を絞りました。

そうやって、自分をコントロールしようと苦しんでいたとき、幸運にも新たな原稿の依頼があり、救われた気がしました。まるで不治の病におかされかけていたとき、特効薬に巡り合ったような気分でした。

幸い、今はまたいくつかの注文があって、気分的に落ち着いていますが、またいつ途切れるやもしれません。真剣に備えておかなければ、ほんとうに仕事がなくなったとき、冷静に受け入れることができないでしょう。私はその状況をリアルに想像し、受け入れるための準備をはじめました。

はじまったものはいつかは終わる。それは致し方ないことで、未練は無駄で、抵抗すればよけいに苦しむ。そのときがいつ来てもいいように、今できることは、目の前の仕事にベストを尽くし、悔いを残さないようにすることだと、自分に言い聞かせました。

さらにはヒマな時間ができたらすること、したいことも考えています。先年、中高生のときに夢中になった戦車模型の製作を五十年ぶりに復活させたので、それに没頭しようかと考えています。

さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6〜7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。

じつは「65歳以上高齢者」の「6〜7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」