大谷翔平が今季MVPを受賞すればDH専任選手として史上初、歴代2位タイの3度目に 現地記者の評価は?
ナ・リーグMVP候補筆頭の大谷翔平。投票では「希少価値」も大きな要素となる photo by AFLO
史上初の「50本塁打・50盗塁」に向かう大谷翔平は、当然の如くナ・リーグのMVP筆頭候補に名を連ねる。もし今季、受賞すれば指名打者(DH)としては史上初、二刀流で獲得した過去2回に続き3回目の受賞となるが、受賞を逃した2年前も含めてMVP投票において、大谷はどのように評価されてきたか。
記者投票によって決まるメジャーリーグのMVP選考について、過去の事例も交えながら、2021年までメジャーリーグの個人賞投票に参加していたベテランライターに解説してもらう。
記者投票はいかにして行なわれるか?〜後編〜
前編:ベテランライターが振り返る「メジャーリーグ個人賞」記者投票の葛藤
【投票の指針はデータ、決め手は「希少価値」】今季は、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平がDH専任でありながら、史上初めてMVPに選ばれるかどうかに注目が集まっている。これまでは打つだけではMVPに相応しくないとされ、ボストン・レッドソックスのデビッド・オルティスのような偉大な打者でも選ばれなかった。今季については、大谷の対抗馬と目されるのはニューヨーク・メッツのフランシスコ・リンドア遊撃手だ。
野球データ分析のWebサイト『ファングラフス』の最新の数字をチェックすると、攻撃面では大谷が圧倒的で、打撃と走塁の評価は大谷が平均的な選手より59.3ポイントも上なのに対し、リンドアは32.3ポイント。しかし守備ではリンドアの16.8ポイントに対し、守備をしない大谷は−14.9ポイント。個人賞投票の大きな指針となっている選手の貢献度を示すWAR(Wins Above Replacement/代替選手に対してどれだけ勝利を上積みしたかを示す指標)で比較すると、リンドアが7.3と大谷の6.8をリードしている。
守備をしないことがマイナスになるのは、DHにとって大きなハンディだ。それでも今年の大谷についてはMVPの本命だと言われている。なぜなら前人未到の50本塁打、50盗塁という、歴史的なストーリーを実現しようとしているからだ。
WARは元大学の数学教授でデータサイト『ベースボール・リファレンス』の創設者であるショーン・フォーマン氏が考案した。客観的で科学的なデータに基づき、約百個の数式を元に数字をはじき出す。すでに前編で書いたように、WARは近年、記者投票に大きなインパクトを与えてきた。しかしながらそのフォーマン氏が、筆者にこう説明したことがある。
「私たちが目指すのはデータを見る人が、誰が最高の選手なのかを判断する手助けをすること。チームメート、球場など、外的な要素は排除して、個々の選手の成績を統計的に吟味し、チームの勝利にどれだけ貢献したかをはじき出す。
しかしながら、投票でWARが常に最重要視されるとは思っていない。記者は、これはすごいというストーリーに魅かれるからだ。長く見ていない、これからもなさそうという希少価値のあるストーリーだ。2012年にデトロイト・タイガースのミゲル・カブレラが結局ア・リーグMVPに選ばれたのは、カブレラが45年ぶりの三冠王だったからだと思う(*編注/対抗馬だったロサンゼルス・エンゼルスのマイク・トラウトはWARの数字でカブレラを大きく上回っていた)」
今のMLBでは「40−40(フォーティ・フォーティ/本塁打数―盗塁数)」への評価はとても高い。パワーでもスピードでもトップクラスで、同じシーズンに高い数字を残した選手など、めったに出てこなかったからだ。そして「40−40」はこれまでホセ・カンセコ、バリー・ボンズ、アレックス・ロドリゲスなど5人が達成したが、大谷は唯一8月中に達成し、今現在「50−50(フィフティ・フィフティ)」に近づいている。
加えて、オフに7億ドルの史上最大の契約で移籍し、期待どおりの活躍でドジャースをけん引、優勝争いの渦中にいるインパクトも大きい。
【MVP投票でジャッジが大谷を圧倒したワケ】2021年に大谷が二刀流で、満票でア・リーグMVPを獲得しながら、翌2022年も同じく二刀流でWARでは前年の8点から9.2点と数字をアップさせながら、2票しか1位票を集められなかったのもストーリーが原因だった。
2022年、大谷に投票したふたりのうちの一人、『ジ・アスレチック』のエンゼルス担当サム・ブラム記者は、次のように力説した。
「投手としても打者としても、MLBのトップレベルでフルシーズン活躍。野球の長い歴史の中でベーブ・ルースも含め、こんな例は他にない。2021年よりも良かった」
しかしながらロサンゼルス以外の人にとっては、その大活躍も1年前と同じストーリーでしかなかった。一方でニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジは62本塁打をかっ飛ばし、ヤンキースの大先輩ロジャー・マリスのア・リーグ記録を61年ぶりに塗り替えた。その記録は1927年のルースの60本を破ったもので、1961年当時全米で注目された大事件だった。
ESPNシカゴのジェシー・ロジャース記者は「マリスの記録を破ったことに加え、みんながホームランを打てなかった投高打低の年に、ア・リーグで2位のマイク・トラウトの40本に22本差をつけた。三冠王に近かったし、出塁率も長打率も両リーグを通じて1位。打撃成績でこれだけ他の打者に差を付けることは野球の歴史のなかでもなかなかない」と説明した。とはいえ、大谷に投票したブラム記者の言っていることも間違いではない。つまるところ、1位票で28対2と大差がついたのはストーリーが旬かどうかの違いだった。
【ルースは当時の規則でMVPは1回だけ】筆者は、大谷が初めてア・リーグMVPを獲得した投票に参加したほとんどの記者に話を聞いたが、タイガース担当のクリス・マッコースキー記者は、「大谷が毎年二刀流で活躍したら、MVP投票者は今後判断が難しくなる。というのは今回2位のウラジーミル・ゲレロは投手ができないという理由で、MVPに手が届かなかったが、来季以降も大谷が同じような活躍をした時、再びMVPに相応しい野手が、同じ理由でまた賞を逃していいかどうか悩むからだ」と話していた。だが、それはジャッジのMVP獲得で分かるように杞憂だった。
ちなみにMVPの歴史を紐解くと、1910年、チャルマーズ自動車がリーグの首位打者に自動車を贈ったのがMVP誕生のきっかけだったと言われている。日本のプロ野球でもそうだったが、プロ野球の黎明期は、打率こそが打者を評価するベストの指標で、打撃王として称えられた。それを変えたのが本塁打王のルースだが、ルースの全盛期だった1920年代のア・リーグでは一度MVPに選ばれると、翌年から対象外になるという規則があり、1923年に打率.393、41本塁打、133打点で選ばれたルースは、以後は対象外。現行のルールになったのは1931年からで、ルースの全盛期は終わっていた。結果ルースのMVP獲得は1度だけである。
これまで史上最多のMVP受賞者はバリー・ボンズで7度。大谷が今年獲得すれば3度目で、歴代2位となり、10人の偉大な先人に並ぶ。ジョー・ディマジオ、ミッキー・マントル、スタン・ミュージアル、近年ではアレックス・ロドリゲス、アルバート・プホルス、マイク・トラウトなどである。
おそらく今後の大谷は、これからもこの最高の賞に絡み続けるのだろう。やはりタイガース担当のエバン・ウッドベリー記者は「大谷は二刀流で有利だから毎年MVPを獲ると言う人がいる。もしそれが本当なら、彼は野球史上最高のプレーヤーになり、ゆくゆくは、MVPは『大谷賞』と改名されるだろう」と予測していた。2021年の時点では彼の話を軽く聞き流したが、今だとヒザを乗り出して聞いてしまうのである。