阪神の連覇は望み薄? セ・リーグ優勝争いの行方を伊勢孝夫が読み解く
ペナントレースも残り1カ月となり、優勝争いも佳境を迎えている。セ・リーグは広島、巨人、そして昨年の覇者・阪神が熾烈な戦いを繰り広げている。はたして、このまま広島が逃げ切るのか、それとも巨人が4年ぶりの優勝を果たすのか。はたまた連覇を狙う阪神が巻き返すのか。評論家の伊勢孝夫氏が大混戦のセ・リーグを読み解く。
6年ぶりの優勝を目指す広島・新井貴浩監督 photo by Koike Yoshihiro
結論からいって、最後まで優勝はわからないと思っている、首位を走っている広島は、ここまでじつにいい野球をやっている。そのポイントはいくつもある。
秋山翔吾、野間峻祥を1、2番で固定できたこと、ショートに守備力の高い矢野雅哉を起用したこと、そして安定した投手陣......なにより、ユニークな起用と思えたのが、小園海斗の4番だ。
4番として期待した外国人選手がまったく戦力にならず、いわば苦し紛れの起用だったはずだ。つなぎの4番と言えば聞こえはいいが、小園は長打を望めるタイプではない。それでもほかのメンバーと比較して、4番がいいと判断したのだろう。現在は3番での起用もあるが、結果として小園の4番はうまくいった。
幸いしたのは、今季はボールの影響もあったのか極端な「投高打低」で、どのチームも長打力不足に苦しんだ。その点、もともとつなぐ野球で点をとっていた広島は、その影響をあまり受けなかった。
では「優勝は広島か?」と問われたら、私の答えは「?」だ。不安要素を挙げるとすると、最後の最後で息切れしてしまうのではないかということだ。その根拠のひとつが貯金の数だ。
8月31日の時点で、広島の貯金は「13」と意外と少ない。例年、この時期に首位を走るチームなら20くらいはあっていい。全力を出して13ということは、最後の最後まで走り続けなければならない。これは想像以上にしんどい。まして、焦って守りに入った途端、崩れていくケースも多い。心身の負担はかなりあると思う。
では、巨人、阪神が広島を追い抜いていくかと問われれば、こちらも心許ない。
巨人は、投手陣なら広島と双璧だ。菅野智之、戸郷翔征らの先発陣に、抑えの大勢と勝ちパターンが整ってきた。だが、攻撃面は相変わらずつながりに乏しく、不安定な状態が続いている。
一方の阪神も打線が軒並み低迷していて、岡田彰布監督も打順を組み替えるなど策を施してきたが、これといった成果をあげられなかった。ただ、ここにきて去年優勝した打順に戻し、バッターたちも落ち着いてきたようだ。とはいえ、投手陣に昨年ほどの安定感がない。とくにリリーフ陣は、うしろにいくほど不安がある。
要するにどのチームも一長一短があり、決め手に欠けるのだ。
【監督の采配から占う今後】となれば、優勝を占ううえでカギとなるのは何か? 長年、コーチを務めさせてもらった者として挙げたいのが、ベンチの空気、勢いである。
まず広島・新井貴浩監督は、いくら試合に敗れても、選手がミスをしてもマスコミに批判的なコメントはしない。それどころか、先発投手が交代する時、決まってそばに行き、ねぎらいの言葉をかけている。
就任1年目の昨年からやっていることだが、今季もまったくブレていない。もちろん、チームの状態がいいから文句が出ないといえばそこまでだが、そうした姿勢がベンチに明るさをもたらしていることは間違いない。選手も萎縮しないし、それが結果的に「ここぞ」という場面での集中力につながっているように思えてならない。
巨人は1年目の阿部慎之助が、自分の色を出そうして、それが選手起用に影響を与えているように映る。たとえば、秋広優人や吉川尚輝がそうだ。
秋広は昨年、原辰徳前監督が一本立ちさせようと積極的に使っていた選手だ。ところが、阿部監督になった途端に使われなくなった。理由は、結果を出せていないとのことだが、阿部監督は「原カラー」ではなく、自分の気に入った選手を使いたいのだろうと感じてしまう。
秋広とは対照的に、吉川は原監督時代にケガもあったが、なかなかレギュラーをつかめなかった。それが今年はセカンドのポジションをつかみ、前半戦は3割近い打率を残すなど貢献した。
また捕手について、今シーズン前半戦、大城は二軍落ちも経験するなどあまり起用されなかった。ここにきて小林誠司、岸田行倫が打てなさすぎたこともあり出場機会は増えたが、投手をリードする捕手としての大城の思いやりのなさが耐えられなかったのだろう。阿部監督は、成績や技術の前に「戦う姿勢」や「必死さ」を選手に求める。それが選手にしてみれば"恐怖政治"に映ることもあるのだろう。阿部監督は選手起用に妥協しないから、気がつけば駒不足......そんなシーズンを送っているように見える。
阿部監督が恐怖政治なら、岡田監督は"独裁者"という表現が一番しっくりくる。コーチの意見は聞かず、自分のやり方を貫き通す。こういうチームは、残りわずかになってもベンチの采配がブレることはない。
不安があるとすれば、「監督を胴上げしたい」と思っている選手がどれだけいるのかということだ。なかには「くそったれ!」と思っている選手もいるかもしれない。もちろん、これはあくまで私の想像であるが、首脳陣と選手の気持ちが離れることなんていくらでも見てきた。
空中分解するか、逆に結束するか、この先チームがどうなるかはわからないが、ひとつ言えることは、阪神の選手たちは「優勝の味」を知っているということだ。言い換えれば、負ける怖さも知っている。だから、心のなかでどう思っていても、選手たちが腐ることはないだろう。監督に対する、いわば"負のエネルギー"みたいなものが、ここからは戦うモチベーションになる可能性は十分にある。
まさに三者三様。それだけに最後まで優勝はわからない。ただひとつはっきりしていることは、慣れないことはしないことだ。普段バントさせなかった選手にさせたり、先発投手のローテーションを変えたり......「ここからが勝負だ!」と緊張感をもたらす効果はあるかもしれないが、普段やらないことは得てして失敗するものだ。
それでも優勝するには、「最後の勝負どころ」が訪れるはず。そこでどのような采配でチームを導いていくのか。監督の腕の見せどころだ。
伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。62年に近鉄に入団し、77年にヤクルトに移籍。現役時代は勝負強い打者として活躍。80年に現役を引退し、その後はおもに打撃コーチとしてヤクルト、広島、巨人、近鉄などで活躍。ヤクルトコーチ時代は、野村克也監督のもと3度のリーグ優勝、2度の日本一を経験した。16年からは野球評論家、大阪観光大野球部のアドバイザーとして活躍している