W杯アジア最終予選展望(後編)

 W杯アジア最終予選(3次予選)でオーストラリア、サウジアラビア、バーレーン、中国、インドネシアと対戦する日本代表は、この予選とどう向き合い、どう戦うべきかを全10戦の勝敗予想とともに、4人のジャーナリストが論じる――。

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代表招集はアジアカップ以来となる伊東純也 photo by Sano Miki

たとえ10戦全勝でも試合内容に厳しいチェックを
中山淳●文 text by Nakayama Atsushi
8勝2分0敗

 アジアの出場枠が4.5から8.5に拡大された2026年W杯北中米大会。最終予選(3次予選)の大会方式が参加18チームの3グループ制(各グループ6チーム)になったため、各チームはホーム5試合、アウェー5試合の計10試合を戦う。つまり、基本的には前回大会までの3次予選と変化はなく、変わったのは、グループ4位のチームでも本大会出場の可能性が残るという点だ。

「変わらない部分」と言えば、今回グループCに入った日本が対戦する相手のうち、サウジアラビア、オーストラリア、中国と、3チームが前回の予選と同じになったことも。加えて、オマーンがバーレーンに、ベトナムがインドネシアに変わっただけで、地域的にも実力的にもよく似た対戦相手になった。

 そういう意味では、薄氷を踏む格好で本大会の切符を手にした前回の反省を生かしやすい予選になったと言えるだろう。

 それらの要素を踏まえると、日本は2位で通過した前回以上の成績を残して当然だろう。すなわち、前回の7勝1分2敗以上の成績を残さなければ、過去の失敗から何も学んでいないことになる。

 6年も同じ監督のもとで強化を進めるチームでそれは考えにくく、「8勝2分」の無敗突破を果たすと見るのが妥当だろう。対戦相手との戦力差、あるいはFIFAランキングを考えても、それくらいの成績を残してもらわないといけない。ちなみに2引き分けは、アウェーのサウジアラビア戦とオーストラリア戦と見る。

 いずれにしても、4枠も拡大したアジア予選で、日本が予選敗退を強いられる可能性は極めて低くなったので、これまでのように試合の勝ち負けだけに焦点を当ててしまうと、評価基準そのものが大きく下がってしまうのは必至だ。

【主導権を握って相手を圧倒するサッカーを】

 しかし、そのような温い環境は、W杯でベスト8以上を目標とするチームにとって、あるいは優勝を目指す選手もいるなかでは、百害あって一利なし。日本が2026年W杯で目標を達成してもらうためにも、今回の予選は、ただ勝利することではなく、どのように勝利するかにスポットライトを当てる必要がある。

 極端なことを言えば、たとえ10戦全勝で首位通過を果たしたとしても、その試合内容がW杯本大会でベスト8以上を目指す域に達していないなら、そこを厳しくチェックすべきだろう。今回は予選のハラハラドキドキが失われる可能性が高いだけに、サッカーファンがW杯予選を楽しむためにも、その視点が大事になる。

 期待したいのは、おおよそ日本が試合の主導権を握って相手を圧倒するサッカーで勝利すること。そもそもカタールW杯後の森保一監督続投会見の席で、当時の反町康治技術委員長は、「もっと主体的なサッカーで結果を残せるようにしてほしい」と、指揮官に要望したはず。それをアジア予選で実行できなければ、W杯本大会でできるはずもない。

 少なくとも、リアクションサッカーだけでベスト8以上を望むのが難しいことは、カタールW杯でもわかったことだ。

 幸い、カタールW杯以降もヨーロッパ各国リーグのクラブに移籍する日本人選手は増加の一途を辿り、日常的に高いレベルで、より厳しい競争のなかでプレーをする選手だけで代表チームを編成するような状況になっている。対して、サウジアラビアやオーストラリアにしても、ヨーロッパでプレーする選手の人数は日本よりも圧倒的に少ない。中国、バーレーン、インドネシアは、言わずもがなだ。

 前回の最終予選。森保監督は、スタートダッシュに失敗したことで、守備的な4−3−3システムに舵を切って何とか本大会出場に導いた。

 果たして今回は、どのようなサッカーで3次予選を勝ち抜くつもりなのか。前回の反省として、より慎重な戦い方を選ぶようだと、予想外の苦戦を強いられる可能性はあるだろう。

アジア予選を通じて日本代表が強くなるという時代は終わった
小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
8勝1分1敗

「アジアは侮れない」

 それはもはや、1980年代、90年代を戦ってきた者たちの「コンプレックス」の残滓にすぎない。アジアで戦う移動距離の長さやスタジアムの劣悪さなどは今も「難しさ」として引き継がれている。しかし、日本はアジアでは実力的に頭ひとつ抜けた。

 では、なぜ今年のアジアカップはベスト8で姿を消したのか。それは、不当な日程での戦いを余儀なくされたからだ。

 アジアカップは欧州シーズンの真っ只中で行なわれ、モチベーションの問題があったし、心身のコンディションを維持するのも困難だった。欧州や南米の選手たちはシーズン中に大陸別の大会を戦うことはない(ユーロもコパ・アメリカも6〜7月の開催)。アジアカップに参戦した選手たちの士気が上がらず、足元をすくわれたのは自明の理だった。

 繰り返すが、サッカーのレベルで言えば、日本の選手たちはアジアのなかではすでに突出している。

 W杯アジア最終予選で日本はオーストラリア、サウジアラビア、バーレーン、中国、インドネシアと同組に入ったが、戦力差は歴然だろう。遠藤航(リバプール)、久保建英(レアル・ソシエダ)、守田英正(スポルティング)、南野拓実(モナコ)、上田綺世(フェイエノールト)など、ヨーロッパのカップ戦に参戦する有力クラブの選手が多数にのぼる。欧州各国のリーグを見渡して、これだけの日本人選手がプレーした時代は過去にない。

「10勝無敗」

 その結果でも不思議はないだろう。オーストラリア、サウジアラビア、もしくはバーレーンとのアウェーでの取りこぼしはありそうだが、それほどの戦力の違いがある。

 そこで議題となるのが、「来年6月までベストメンバーを招集すべきか?」という点だろう。数段レベルが低いアジア最終予選に、ベストメンバーを呼ぶのは損失のほうが大きい。アジアとの往復で、せっかくの舞台を前に体調を崩す可能性があるからだ。森保一監督は「石橋を叩いて渡る」タイプだけに、ベストメンバー招集にこだわるだろうが......。

【日本代表より選手個々の強化にスポットを】

 アーセナルの冨安健洋のように、ケガの連鎖が生まれてしまうケースもあり、慎重に招集すべきだろう。特定の選手にこだわらなくても、欧州にはたくさんの日本人選手がいる。また、2、3人でもJリーガーを入れると、その選手は強い刺激を受けて飛躍する例も多い。もう少し積極的な選手の入れ替えを行なうべきだ。

 森保ジャパンは、「W杯ベスト8」を目指して戦うが、アジアでの経験はほとんど世界での戦いに結びつかない。なぜなら、あまりにレベルが違いすぎる。アジアカップでは日本に勝ったイラクやイランは「弱者の兵法」で挑んできたが、世界の強豪が日本を相手に守りに入ることはしない。戦いの展開ががらりと変わるのだ。

「ともに予選突破することで団結力を高める」

 そんな意見もあるが、その程度の「チームワーク」では、世界トップとの差が埋められない。それは過去の戦績が物語っている。

 やはり問われるのは「各選手が日常的にどんな勝負をしているのか」だろう。プレミアリーグ、ラ・リーガ、セリエA、ブンデスリーガ、リーグアン、リーガ・ポルトガルで上位を争うクラブの選手は、そこでのプレーに力を尽くすべき。本気度が違う。フェイエノールト、セルティック、ヘントなど欧州カップ戦に出場するクラブの選手も同様だ。

 日本代表の強化以上に、選手個々の強化にスポットを当てる時代が来たのかもしれない。欧州の最前線、特にチャンピオンズリーグでベスト16に進出したクラブに日本人選手がいた場合、来年3月のバーレーン、サウジアラビアとの2試合の招集は回避されるべきだ。

 アジアの予選を経て日本が強くなる、という時代は終わった。事実、2018年ロシアW杯には西野朗監督が大会直前に率いることになりながら、むしろ日本代表は選手たちが強い自主性を見せ、史上最高の戦いを演じている。ベルギーとも互角に渡り合った("神風"で勝ったカタールW杯のドイツ、スペイン戦よりも価値がある)。代表チームは、クラブチームのように監督が日々仕込んだ戦術がモノを言うわけではない。

 そこで大事なのは、選手個々の適応力である。平たく言えば、どれだけ修羅場を乗り越えられているか。ビッグクラブで主力としてピッチに立ち、チームを勝利に導いているなら、W杯の舞台でもアジャストできる。

 実際のところ、森保監督が今の有力選手たちにできることは多くはない。カタールW杯のように、弱者の兵法を当てはめるのは本末転倒。むしろ足枷をはめることになる。

 森保監督が限られたメンバーでも戦える采配を見せられるか。

 それがアジア最終予選の見どころかもしれない。