揺れる高校野球 もし「甲子園開催の7イニング制」「ドーム開催の9イニング制」の二択を迫られたなら...?
京都国際(京都)の初優勝で幕を閉じた第106回全国高等学校野球選手権大会。その取材の現場では、試合の勝敗とは別のテーマが話題にあがることが少なくなかった。低反発の新基準バット、今大会で試験的に導入された朝夕2部制、さらに大会前に降って湧いてきた「7イニング制」など......。つまり、高校野球が変革の時期を迎えているということである。
この夏の甲子園で導入された「朝夕2部制」。第1試合が終わり、球場を出る観客たち photo by Sankei Visual
ここ数年、高校野球の変化は著しい。2018年に延長タイブレーク制度(22年夏までは延長13回、23年に延長10回からの適用)、2020年には1週間500球以内という球数制限が導入された。また昨年からはクーリングタイムが設けられ、ベンチ入りメンバーも増加(18人→20人)、ほかにもベンチ裏での軽食の提供など、表に出てきていないところでも動きがあると聞く。
賛否の声はあるが、個人的には選手の健康面を配慮するようになってきたと思う。何かあると批判の対象にされやすい日本高校野球連盟(高野連)だが、まず今大会で試験運用された朝夕2部制について、検証してみたいと思う。
これは、現場の反応はかなりよかった。初日は第1試合のみを10時から開催し、第2試合が16時、第3試合は18時30分からと定めた。大会2、3日目は、第1試合を8時、第2試合を10時35分、そして第3試合を17時開始(いずれも予定時刻)とした。
大会3日目の第3試合に登場した南陽工(山口)の山崎康浩監督はこう話した。
「僕らは暑いところは平気なんですよ。選手もね。朝夕の2部制はありがたいですけど、僕らというより、応援団が多少でも気温が下がったなかでできるというのがよかったなと思います」
また、初日の第2試合に登場した英明(香川)の香川純平監督はこう語った。
「試合の開始時間がほぼ決まっていたので、調整しやすかったです。第3試合の智辯学園(奈良)の小坂(将商)監督はどう言うかわかりませんけど、僕らはやりやすかったですね」
甲子園での試合は前のゲームの影響を受けやすく、長引けば待たされ、急かされることも多い。だが2部に分けることで、気温が下がることはもちろん、試合時間が確定することで「いつ始まるのかわからない」といったストレスから解放されたのは、今回得られた"副産物"だったのかもしれない。
今後、2部制を継続していくかどうかは、大会日程のこともあるので議論されていくだろうが、個人的には近年のルール変更のなかでは一筋の光になるのではないかと思っている。
【7イニング制の現実味】ただその一方で、2部制については、高野連は副次的な要素としての導入だったのではないかという疑念もある。なぜそう思うのかと言えば、大会前に突如として話題に上がった「7イニング制」を検討しているという報道である。ワーキンググループを設置したという話だが、これはかなり前向きに動いているといった話も聞く。
しかしそれと同時に、現場からは反対意見が出ている。大阪桐蔭(大阪)の西谷浩一監督をはじめ、「9イニングでお願いしたい」という声も多く聞こえてきた。
ここで気になったのは、高野連は何にプライオリティを置いているかである。
この夏は「甲子園100周年」を猛烈にアピールした姿勢から、もっとも譲れないのは甲子園での開催ではないか。とはいえ、昨今の酷暑は異常だ。高野連がさまざまな施策を講じるようになったとはいえ、この暑さではいつ死者が出てもおかしくない。
筆者は、2003年の大会から全試合を取材するようになったが、その頃と比べても暑さはまったく違う。選手、指導者、応援団、審判、大会役員の健康はもちろん、我々メディアにしても短パンで取材することも許されない環境であり、まさに毎日が戦場のような場所だ。
「甲子園でやりたい」という思いは理解できるが、だからといって「絶対に甲子園でやるべき」という発想は、今の時代にそぐわないのかもしれない。大事なことは、全国大会の開催であり、場所が甲子園であるかどうかではなく、"目指すべき場所"をつくることではないか。
プロが使用しているドーム球場に、そのような環境がないとは思えない。ぶつかる問題としては使用料だろうが、中継の放映権料を徴収するシステムにするなどやり方はあるはずだ。既存の放送局が放映権料を払わないのであれば、代わりに手をあげる動画サービスはあるだろう。高校野球をビジネスにするという話ではなく、選手、関係者の健康を守るために資金をやりくりすることは、運営者として当然の役目である。
7イニング制に踏み切る理由は、なにより試合時間の短縮である。
「足をつる選手は減るでしょうね」
そう語るのは、かつて高校日本代表でコーチを務め、世界大会で7イニング制を経験したこともある智辯学園の小坂監督である。
一方で、先述した大阪桐蔭のように、総合力のあるチームは「9イニングを戦ってこそ」の思いはあるはずだ。しばらくつば迫り合いは続きそうだが、やがて以下の究極の選択を迫られるかもしれない。
・ドーム開催の9イニング制
・甲子園開催の7イニング制
「個人的には、甲子園での7イニングがええかな。憧れというよりは、やはり土のグラウンドがいい。開閉式の屋根付き甲子園ができれば一番やと思うけど、そんなこと言い出したらキリがないですからね」
先の選択に対して、智辯学園の小坂監督からはそんな答えが返ってきたが、ほとんどの指導者は答えに窮するだろう。
だが選択を迫られた時、意外と答えは割れるのではないかと見ている。というのも、甲子園に何度も出場している学校は"甲子園開催"を切望するだろうが、一般的な学校の多くの指導者からは、選手たちがいい環境でプレーすることを第一に求めている声が多い。
当然、この問題は簡単に決められることではないし、慎重な議論が必要である。そこで今回試験的に導入された"朝夕2部制"が、非常に大きな役割を果たすのではないか。それくらい今回の試みは成功だったと思っている。