8月28日、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)は、本拠地レアレ・アレーナで行なわれたバスクダービーで、アラベスに1−2で逆転負けを喫している。前半29分にキャプテンのミケル・オヤルサバルが退場。早々に10人となってしまい、厳しい戦いを強いられることになった。

 久保建英(23歳)は右サイドで先発し、フル出場を果たしている。10人になった直後の先制点では、相手のクリアを収め、ドリブルでひとりを外し、守備陣に潜っていって相手を引きつけ、マルティン・スビメンディにパス。スビメンディが左サイドのセルヒオ・ゴメスに流し、折り返しのクロスを大外からブライス・メンデスが叩き込んだ。

 久保はスビメンディ、ブライス・メンデスと近い距離をとることで、数的不利のなかで常にアドバンテージを取っていた。トランジションでも常に有利で、単独のドリブルでボールを運び、あからさまなファウルを受けた。また、鼻先でラストパスしたあと、ひどい潰され方もしている。それでも止まらず、敵はサイドバックを交代させ、カード覚悟でしつこくマークしてきた(イエローを誘発)が、ものともしなかった。

 試合終了間際まで、久保は存在感を示した。ほとんどフリーポジションで攻撃を作り、ウマル・サディクのシュートをお膳立て。プレスバックしてきた相手のトップ下に潰されるも、違いを見せていた。


アラベス戦にフル出場した久保建英(レアル・ソシエダ) photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 ただ、チームは昨シーズンから続く得点力不足を露呈した。ケガから復帰して安心をもたらしていたイゴール・スベルディアは、時間が経つにつれ、試合勘のなさを露呈。逆転弾を浴びてしまい、最後は10人で長く戦っていたことで、振り絞る力がなかった。

 しかしスペイン大手スポーツ紙『アス』は、好意的な論調で久保を評している。

「先日、久保は控えに回ったことで怒りを露にした。アラベス戦も、再びゴールするために逃したチャンスで怒るべきだった。決して(プレーは)キレていなかったが、それでも逃げも隠れもせず、挑み続けた。いい出来ではなかったとは言え、ラ・レアルで最も敵を崩せる選手だった」

【「移籍すべき」などもってのほか】

 前節のエスパニョール戦の久保のゴールパフォーマンスが、日本国内では大いに話題になっている。

 途中出場になった久保はひとりでふたりを抜き去るドリブルから、すばらしい軌道のシュートを決めた。その後、祝福に来たチームメイトたちをかき分け、というより拒否し、タッチラインの近くでスタンドに背中を見せ、自らの名前を誇示。味方に抱きしめられても怒ったままの様子が映し出され、それが物議を醸した。

「ラビア」(激怒、憤激)

 その試合の記事でも書いたように、怒りこそがプレーにエネルギーを与えていた。誤解を恐れずに言えば、「よくあること」。ピッチに立つ選手は、戦地にいるに近く、非日常なのだ。

 たとえば、アラベス戦のオヤルサバルは不当に感じられる退場宣告に対して、主将の腕章を投げ捨て、激しい怒りを示していた。それで「礼儀を欠く」という議論は起こらない。それだけギリギリの戦いをしており、むしろ相応の感情量が必要になる。途中出場で劇的なゴールを決めれば、監督に殴りかかりそうな勢いで汚い言葉を吐くアタッカーもいるのだ。

 久保はシンプルに、ベンチスタートに不満があったのだろうし、幼少期を過ごしたバルセロナの地に戻って、何かほかの理由があったのかもしれない。ただ、理由が何であれ、その怒りは珍しいことではないだろう。

「きっと誰かに向けたジェスチャー」

 イマノル・アルグアシル監督もあっさりと言ってのけていたように、自ら論争の種にするはずもない。監督自身、選手がどのような心境か、理解している。そして結果的に、こうしたカンフル剤が効く形で、久保のゴールが勝利をもたらした。厳しいチーム状況で、ウィークデーにも試合がある過密日程のなか、その起用法にも何ら問題などなかった。

「タケをベンチに置くなんて! こんなチームを捨ててプレミアリーグに移籍すべき」

 そんな意見が、日本のファンの間でも出ている。しかし万が一、そんな形でチームと紛糾して外に出て行ったら、新天地でも活躍することはできないだろう。そうした騒ぎは何より選手本人を消耗させる。後味を悪くし、邪気を纏うことになる。そして新天地でも、少し問題が起こるだけで、「やっぱりあいつは......」となる。悪い連鎖に飲み込まれるのだ。

 久保がすべきことは、窮地のラ・レアルを救うことである。それは簡単ではない。今のチームは頼れるストライカーがいないし、オヤルサバルまでが出場停止になり、新たに獲得したMFルカ・スシッチもそこまで戦力にはならないだろう。

 しかし、そこで活躍した選手が「救世主」と崇められる。久保はそれにふさわしい。レアル・マドリードのようなチャンピオンクラブがほしいのは、まさにそうしたヒーローなのである。