8月8日、パリ南アリーナ。パリオリンピック卓球女子団体準決勝で、日本はドイツを3−1と下し、決勝に進出している。同時にメダルを確定させた。

「オリンピックは簡単にいかない」

 それが試合後の感慨だったようだ。早田ひな、平野美宇、張本美和の3人は、いかにして「オリンピックの壁」を乗り越えたのか?


卓球女子団体決勝で中国に挑む(左から)早田ひな、平野美宇、張本美和 photo by JMPA

 第1試合、日本は早田・平野のダブルスが、今大会での好調を維持していた。早田の長身から繰り出すサウスポーのフォアドライブは相変わらず強烈だったし、平野の手首の柔らかさを生かしたバックハンドも頼もしかった。第1ゲーム、第2ゲームを危なげなく勝ち取った。

 しかし、地力のあるドイツも反撃に出る。左腕の治療を続けながらのプレーになっている早田のバックハンドを執拗に狙う。そこに勝ち筋を見出したようで、第3ゲームを勝ち取った。

 だが日本は、平野が存在感を出した。バックハンドだけでなく、フォアハンドでも小さな体を最大限に使って、広範囲をフォロー。じわじわと巻き返すことで、再び戦況を挽回。第4ゲームに勝利し、第1試合を勝ち取った。

 しかし、ここから本当の五輪の洗礼があった。

 第2試合に16歳の張本が登場した。大会前はダブルスでの戦いが中心と予想されたが、シングルスで貴重なポイントゲッターに。世界ランキング8位の張本が、ドイツの同100位の選手に負ける可能性は低かった。だが......。

「初めての相手で、戦術を立てて試合に臨んだんですが、あまりはまらずに......」

 張本はそう振り返っているが、想定外の苦戦となった。終始、リードされる展開。「五輪に入って、急に調子が上がった」と言われる伏兵を相手に、明らかな動揺が見えた。悪い波にさらわれている感覚だった。結局、0−3とストレートで落としたのだ。

 この展開を変えたのが、平野だった。

 第3試合の平野は、ドイツの選手を少しも寄せつけない。変則的なサーブなどで追いすがってくる相手を、より完成させたバックハンドのサーブで上回る。相手が失望感を滲ませるまでのラリーを制し、この日、2点目を勝ち取った。

【呪文を唱えて活力を与えた】

「平野選手、頼もしいなって感じています。オリンピックは2回目なので、東京大会の経験が生きているんですよね。(試合に向けて)計算をしながら、うまく調整できているので、本当に強い」(渡辺武弘監督)

 試合が終わると、平野はコートサイドで次の出番を待つ張本に駆け寄り、勝利後の高揚感のまま、盛んに声をかけていた。ラケットを激しく動かす平野の様子を見つめていた張本が、少しだけ笑顔を見せる。重圧に押しつぶされそうになっていたのだ。

「自分の第2試合では、負けて悔しかったです。悔しさよりも、第4試合目で自分の番に回るので、プレーを切り替えられるか、とても不安で......。平野さんに『思いきって』と声をかけてもらったおかげで、試合を乗りきることができました」

 張本はその心境を明かしている。第4試合の第1ゲーム、序盤こそショックを引きずっていたが、「思いきって」という呪文を唱えることで、自らに活力を与えた。

「第4試合は相手が毎球、毎球が異質な選手だったし、1ゲーム目は途中まで(3−8と)すごいリードされていたので、"この試合も負けてしまうんじゃないか"と頭によぎったんですけど、"最後の1球まで諦めない"がオリンピックの目標なので、平野選手からかけてもらった、『思いきって』というひと言を心の中で繰り返しながら戦えて、挽回できたのかなって思います」

 そこからの張本は、「天才少女」と言われる本来の姿だった。第1ゲームを8連続ポイントで逆転、11−8で奪うと、第2ゲームは相手をサーブ、バック、フォアで圧倒し、11−5と勝利。第3ゲームは驚異の攻めを見せ、11−0と完勝し、3−0とストレート勝ちだった。

「(10−0でマッチポイントになったのは)1球、1球を考えていたんで、そうなんだって(笑)。『思いきって、1球でやるべきことをしよう』とだけ考えていました。最後の1球まで諦めずに戦うことができました」

 張本は涙ぐみそうになりながら、こう言葉を継いだ。

「(コートサイドで涙が出てきたのは)メダルが獲れてうれしい、というより、第4試合に勝ててホッとしました。(途中まで)リードされた状況だったので、"自分が負けて、チームに迷惑かけてしまうんじゃないか"っていうのが大きくて......。本当に、切り替えられないくらい落ち込んでいたので、第4試合に勝ててよかったなって」

 戦いにかける気持ちが、チーム全体で強いのだろう。

 平野はこの日、獅子奮迅のプレーだった。張本は、その平野に支えられながら、結果を叩き出した。一方、早田はケガに正面から向き合っている。首脳陣がそのストイックさに「頭が下がる」と脱帽するほどで、チーム全体を勇気づけた。それぞれが仕事を果たしている。

 この夜、早田はミックスゾーンでの取材を受けていない。試合後、すぐに深夜の治療に向かった。準々決勝後、本人が「治療を優先させてもらうのは、勝つためなので」と、試合後の取材を受けられない可能性をやんわりと伝えていた。

「最初から目指すは金メダルなので、すべてはそのために」

 早田はそう決意を語っていた。

 8月10日、決勝戦。中国は果てしなく強いが、彼女たちは必勝を期してコートに立つ。