取引先から呼び出され、理不尽なことで叱責を受けるーー。そんな法人営業のカスハラも増えています(撮影:今井康一)

「これはカスハラですよ。許されない」

建設会社の部長が憤っていた。聞けば出張の最中、突然、取引先の課長から連絡が入り「すぐ来い」と呼び出されたのだという。

電話口の相手は「新人営業の態度が悪い」「正式なクレームだ」と激しい口調。新人営業がよほどのことをしでかしたのかもしれない。部長は出張の予定をすべてキャンセルし、急いで取引先へと向かった。

取引先が気に入らなかったこと

部長は到着するなり、取引先の課長から1時間ほど叱責されたが、なぜここまで憤慨しているのか、そのときは合点がいかなかったという。新人営業への不満は主に以下のようなことだった。

・覇気がない
・何を言っているのかよくわからない
・商品説明が下手
・挨拶の声が小さい

確かにその新人営業は、根っから明るく、エネルギッシュなタイプではなかった。だからと言って性格は暗くないし、決して覇気がないわけでもない。ほかの取引先では、「しっかりした新人だね」と褒められるぐらいに優秀だった。

では、なぜこの取引先の課長を怒らせるような事態になったのか?

もともとこの取引先は、6年ほど別のベテラン営業が担当していた。しかし事情があって退職したため、人材不足でこの新人営業に引き継ぐしかなかった。取引先の課長はそれが気に入らず、高圧的な態度をとるようになったらしい。

たとえば、その新人営業がどんなに積極的に挨拶に伺っても露骨に無視された。電話もとってもらえないし、メールの返信もしてもらえない。にもかかわらず、突然の呼び出しで商品説明をさせられたり、ムリな値引き交渉を始められたりと、やりたい放題されたという。

その結果、新人営業は心が折れ、メンタル不調で退職することになった。その後は、だれも引き継ぎたがらず、結局、部長自身が担当することになったそうだ。

「クレームをつけたいのはこっちのほうです。退職に追い込まれた新人とのやり取りを録音し、SNSで流してやりたい気持ちです」

近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)の問題が急増している。一般的にはサービス業を営む店舗のスタッフや従業員に対しての迷惑行為がカスハラと呼ばれるが、昨今は法人営業に対するカスハラも増えているという。

法人営業でも問題化するカスハラ

事業を営んでいる以上、お客様が大事なのは当然だ。お客様がいなければ事業は成立しない。だからこそお客様を神様と捉えて接することは、素晴らしい心構えだと思う。

しかし礼儀はあらゆることの「根本」である。お客様は、お客様としての礼儀をわきまえていることが「前提」で、「客であれば何を要求してもいい」という発想は非常識であろう。

これはサービス提供者とお客様だけでなく、上司と部下、親と子どもの関係でも同じである。親しき仲にも礼儀あり、なのだ。

執拗なカスハラによって閉店に追い込まれたラーメン店。土下座を要求された市職員など、カスハラの対象となるのは、主に個人(消費者)に対してサービスを行う事業や自治体で働く人たちだ。

ところが個人ではなく、法人に対する営業にもカスハラは増えている。

私がIT企業でシステムエンジニアをしていたころの話だ。

突然、上司がお客様から呼び出されたので私も同行した。会議室では営業部長と、その部下と思われる課長3人、そしてシステム事業部のトップが腕組みして私たちを睨みつけ、「どうやって落とし前をつけてくれるんだ!」と怒り心頭だった。

「期待通りにシステムが動かない」「誤動作が続いている」というのなら平謝りするしかない。だが、お客様が放った一言は「このシステムを導入したら、営業の生産性がアップするんじゃなかったのかっ!」。

怒りの原因は、驚くことに「成果が出ないこと」に対してだったのだ。頭を下げながら、腑に落ちない上司と私は思わず顔を見合わせた。

確かに、営業の生産性アップを目的に、要件定義通りにシステム開発したのは間違いない。お客様はそれを期待して5000万円ほどの費用を投じたのだ。しかしシステムを導入すれば自動的に営業の生産性が上がるわけではない。そんなことは常識ではないか。

一人一人の営業が日々の営業活動をそのシステムに入力し、 入力されたデータを分析して、改善を続けることによって生産性は上がるのだ。当時の私には「こんなに高いフライパンを買ったのに、美味しいハンバーグが焼けないじゃないか!」と難癖つけている人と同じようにしか見えなかった。

実際、その会社では、営業の半分以上が日々の入力作業を怠っていたために、十分なデータが集まっていなかった。単に営業のトップがリーダーシップを発揮していなかっただけである。

にもかかわらずシステム開発した私たちの責任とされ、2時間ほど責められ続けたのだ。その後しばらくの間、私の上司は精神的に参ってしまった。私が30代前半のころの経験である。

パワハラよりもひどいのは明白

さすがに土下座を強要されたり、大声で怒鳴られたりするようなことはそうそうない。しかし、上司が同じことをやったら「パワハラで一発アウト」と思われるような嫌がらせは、取引先と営業との間でも結構存在するのである。

「顧客の俺たちが土曜日も仕事してるんだから、あんたも土曜日に休むだなんてどうかしてる」

こう言われ、土曜日出勤を強要された物流会社の営業がいた。「土曜日に注文することもあるのだから、土曜日も働け」という理屈である。そんな理由で休日出勤させられたら、たまったものではない。

ある給食事業会社では、こんな話があった。

「使い勝手をよくした発注システムを開発した。なので今後の発注はすべてシステム経由で」と取引先に通達したが、一社だけ従わない取引先があった。

再三頼んでも、一向にファクスでの発注をやめず、あげくの果てに以前よりも「読みづらい文字」で書きなぐって送ってくるようになった。明らかな嫌がらせであった。

上から目線で、社内ではらすことのできない鬱憤を外部の営業に向ける取引先社員もいる。ある印刷会社では「(発注元の担当者が)イライラしているときは、わざと時間外に発注をかけてくる」。そんなケースがあると言っていた。

「注文は夜の7時まででお願いします。時間外労働の上限規制の関係で、それ以降の対応はいたしかねます」と伝えても、夜の8時以降に注文を入れ「今日中に在庫確認しないと、おたくとの取引は金輪際やめさせてもらう」と脅してきたという。

このような行為は、ハラスメント以外の何物でもない。

法人営業に対するカスハラ対策

では、法人営業に対するカスハラにはどのような対策があるのか?

一般的なカスハラ対策としては、従業員を守るための対応マニュアルの整備、相談窓口の設置などがある。もちろん法人営業を守るうえでも、同様の対策は必要だ。

しかし相手は一個人ではない。法人である。取引額が大きい場合、「私さえ我慢すれば……」と営業個人が泣き寝入りするケースはとても多い。

そこで20年以上、営業コンサルティングをしてきた立場から抜本的な対策を紹介しよう。

それは「モンスター化するお客様との取引を断る」だ。店舗や公共施設、公共交通機関では特定のお客様を断ることは難しい。しかし法人相手なら可能だ。

「そういうわけにはいかない」と反論する人もいるだろう。過去に10年、20年と取引していると、そう簡単に取引をやめるとは言えないのはわかる。創業時代にお世話になった重要な取引先だったら、なおさらのことだ。

しかし今は「超採用難の時代」だ。自社の社員よりもお客様を優先するような企業姿勢だと、優秀な人材を採用したり、雇用維持することは難しくなる。

それに、ある取引先に依存した経営は、社員の仕事に対する満足度、やりがいを著しく落とすことにもつながる。営業力を鍛え、新規開拓を繰り返して「予材(まだ取引に至っていない重要な顧客や案件)」を増やせばリスク分散につながるのである。

「苦しくてもお客様の言うことだから我慢しろ」が通じるのは、昭和時代の営業だけだ。営業に精神的な負荷を与えてまで、取引先を大事にすることはない。

私は現場でこのような問題にずっと直面してきた。

「カスハラ」が大きく取りざたされる現代だからこそ、勇気をもって特定のお客様に依存した経営体質を変えていってほしい。新しいマーケットを開拓しようとすることで、新しい事業アイデアも生まれるのだから、経営革新にも役立つはずだ。


(横山 信弘 : 経営コラムニスト)