2023年度の役員報酬は内田誠社長が6億5700万円、スティーブン・マーCFOが6億7600万円。第1四半期の営業利益は2人の昨年度の報酬合計より少ない(写真:日産自動車)

「昔の悪い日産に戻ってしまった。経営が本質的な問題解決に取り組まないから、何度も同じ過ちを繰り返す」。日産自動車の元幹部はそう肩を落とす。

日産自動車が7月25日に発表した2025年3月期第1四半期(4〜6月)決算の営業利益はわずか10億円。前年同期の1285億円から99%の減益となった。円安という強い追い風があったにもかかわらず、だ。今年5月に掲げたばかりの通期6000億円の営業利益計画も5000億円に下方修正した。

新たな業績予想では、為替前提を従来の1ドル145円から155円へと円安方向に見直した。が、その後、日銀が利上げに動いたことで為替は1ドル145円前後まで上昇している。円安修正の動きが続けば、再度の下方修正に追い込まれる可能性がある。

北米事業の採算が急悪化


業績悪化の最大の原因は、近年稼ぎ頭だった北米事業の採算が急悪化したことにある。現地での在庫が膨らんだことで販売奨励金(インセンティブ)などの販売コストが急増し、収益を圧迫。北米事業の第1四半期のセグメント営業利益は前期の1320億円から209億円の赤字に転落した。

日産のスティーブン・マーCFOは「ローグの2024年モデルの切り替えが遅れた」と販売コスト増の背景を説明する。ローグは日産のアメリカ市場における主力SUV(スポーツ用多目的車)で、日本市場の「エクストレイル」に相当する。

競合の他メーカーが2024年モデルの販売を始めてからも、在庫がたまっていた2023年モデルのローグを売り続けたことで販売コストが膨らんだ。今年1〜3月(前第4四半期)に9万台あったローグの販売台数は、4〜6月(今第1四半期)は5万台と苦戦している。

調査会社によれば、6月の日産の1台当たりインセンティブ額は約4000ドル(約60万円)と1年前の2倍近い水準まで上昇している。これはトヨタ自動車の2.5倍、ホンダの1.6倍に相当する。


アメリカ市場での主力SUV「ローグ」。2024年モデルの投入が遅れた(写真:日産自動車)

決算発表の場でインセンティブ上昇について問われた内田誠社長は「われわれのインセンティブは業界平均レベルだと思っている。販売の質の向上を維持するという観点から、ほとんどはキャッシュ(値引き)ではなくお客様のローンの支援に当てている」と答え、特段問題視しなかった。

だが、日産がアメリカ市場で「インセンティブ漬け」になったのはこれが初めてではない。カルロス・ゴーン時代の拡大戦略の中にあった2016年にも1台当たりインセンティブ額が4000ドルを超えた。これを原資に現地ディーラーは安売りを濫発、日産車のブランドは大きく毀損した。

日産に16年間勤務し北米事業の経験もあるブルームバーグ・インテリジェンスの吉田達生アナリストは、「40年以上変わらない構造問題だ。日産には『こんなに売れるわけがない』とみんながわかっていても過大な計画を立ててボリュームを伸ばそうとする歴史がある。『できない』と言った瞬間、『君はいらない』と言われてしまう」と嘆く。

日産関係者によれば、「そもそも今回、ローグのモデルチェンジが遅れたのもストレッチした生産計画とブランド力低下によって旧モデルが売れ残ったのが原因。特殊要因があったわけではない」。

日産の在庫は、コロナ禍や半導体不足で供給制約が起きた2019年以降、減少していた。供給制約が解消された途端に無理して数を追う悪弊が顔を出した。コロナ禍が隠していた日産の構造問題が再び噴き出した形とも言える。

人気のHVを投入できない日産

足元での日産のアメリカ市場での苦戦にはもう1つ深刻な課題がある。ハイブリッド車(HV)の不在だ。

世界2位の自動車市場であるアメリカ市場では現在、電気自動車(EV)の販売が失速しHVの販売が伸びている。インフレや金利上昇で割高なEVが敬遠され、トヨタ車を筆頭に価格が手ごろで燃費もいいHV人気が高まっているためだ。

実際、HVのラインナップをそろえるトヨタ自動車やホンダはインセンティブを抑制しつつアメリカ市場での販売を伸ばしている。一方、4〜6月の日産の販売台数は23万台。インセンティブを積んでなお前年同期比3.1%減と低迷する。

日産も「e-POWER」と名づけた独自HVシステムを持っている。走行にエンジンと小型モーターを併用する一般的なハイブリッドシステムと異なり、e-POWERはエンジンを発電のみに使い、起こした電力でモーターを駆動させて走るシリーズ方式のハイブリッド技術だ。

これまで日産はe-POWERをアメリカ市場で展開してこなかった。その理由を「EV投入を優先してきたため」と説明しており、2026年度に投入する予定としている。

だが、「e-POWERは高速域での燃費に課題が大きい。そのまま投入しても商品としての魅力が弱く、日本以外では売れない」(日産の元技術系幹部)という声がある。

道路環境の違いから、北米では高い速度域をキープして走る運転が多い。こうした高速一定走行はエンジンをそのまま駆動に使った方が高効率で、エンジンで発電しその電気でモーターを動かすe-POWERはむしろ燃費が低下するのだ。

「海外で売る気なら、例えば三菱自動車のアウトランダーのように高速域ではエンジン直結で走行する機構を入れるか、他社のハイブリッド技術を受け入れる必要がある」(同元幹部)

日産は、2000年代にトヨタのハイブリッドシステム(THS)の技術協力を受けて、HVの「アルティマ ハイブリッド」を投入したこともあるが、「ゴーンさんはトヨタからもらうことに我慢ができなかった」(日産幹部)。EVを優先する戦略を進めたこともあり、1世代でトヨタとの協業関係は終わった。


ホンダとの戦略的パートナーシップの第1段として次世代の車載ソフトウェアの共同研究契約を締結。今後検討する協業領域として、車両の相互補完のほかにもバッテリー領域、eアクスル領域、国内エネルギーサービスや資源循環領域での協業を検討している(撮影:尾形文繁)

ホンダとの戦略的パートナーシップでは、協業領域として車両の相互補完も打ち出している。「まだ細部の詰めが残っている段階であり、具体的なモデル名などの公表は差し控えるが、ガソリン車やEVなどの相互供給を検討している」(ホンダの三部敏宏社長)としている。

再拡大戦略に走る日産

日産は北米事業の今後について、「(在庫適正化などの)課題に対して明確な対策を打ち、新型車の投入を進めることで業績を回復していく」(マーCFO)と説明する。この夏に新型「キックス」などを投入するが、競合他社も新型車を投入する中でどこまで市場競争力があるかは不明瞭だ。


今夏に北米に投入する「新型キックス」。インセンティブに頼らず販売をテコ入れできるか(写真:日産自動車)

日産は今年3月に2026年度までの中期経営計画「The Arc」を公表、2023年度比で100万台増販を掲げ、再び販売台数の拡大を目指している。台数が伸びるのは悪くない。だが、重要なのは質を伴った拡大だ。

数々の構造課題を解決せずに拡大戦略を掲げ続ければ、日産の傷口はさらに広がりかねない。

(秦 卓弥 : 東洋経済 記者)