働き盛りの男性が陥る"かくあるべし思考"の弊害
うつになりやすい人と、うつになりくい人、その違いは何でしょうか(写真:nonpii / PIXTA)
うつ病で休職する人が増えていますが、「精神力や気合いといったものは、うつには関係ありません」と言うのは精神科医の和田秀樹氏。一方で「うつになりやすい人と、なりにくい人がいるのは事実」だと言います。では、うつになりやすい人の特徴とはなんでしょうか。精神科医・和田秀樹氏の著書『50代うつよけレッスン』より一部を抜粋し、お届けします。
男性の自殺者数は女性の約2倍
うつ病になる男性にもっとも多く見られると思われるのは、「かくあるべし思考」です。これは、自分ばかりでなく周りにも「こうでなければいけない」「これしかない」という義務感を押し付けて縛ることが多い。
私は、その結果が日本の男性の自殺率に表れていると考えています。前記事にあるようにうつ病の患者数は女性のほうが多いのですが、自殺者数は男性のほうが上回るのです。
2020年の統計では、うつ病の女性の数は男性の約1.5倍ですが、自殺した男性の数は女性の約2倍です。
(出所:『50代うつよけレッスン』)
実は、女性よりも男性のほうが、「自分がすべて責任をとらなければいけない」とか「会社に迷惑をかけている」「もう自分など生きていても仕方ない」などと決めつけて身動きできなくなる傾向が強く、心身が辛くても周りに助けを求めない人が多いのです。
いずれにしても、うつ病の怖いところは、徐々にこうした決めつけが激しくなり、最終的には自殺に至る可能性があるところです。
やはり、うつ病になる前からなるべく不適応思考に陥らないよう注意する必要がありますし、うつ病になったとしても、普段から物ごとの捉え方を変えていくように心がけることが大事です。
問題なのは性格ではありません。「物ごとをどう受け取るか」です。
起きた出来事や現実をどう受け取るかは、ある意味では習慣やくせのようなもので、意識して変えていくことができます。もちろん簡単ではないかもしれませんが、意識的に取り組むことで改善していけるはずです。
どんなことでも続けていけば「習慣」になり、いつの間にか自然にできるようになります。習慣が身につけば、性格も少しずつですが変わっていきます。
ですから、将来うつになりたくない、また、これ以上鬱々とした生活を送りたくないと考えているのであれば、今この瞬間から変えていけばいいということです。
「この道しかない」と思い込まないで
「かくあるべし」と思い込むのをやめて、60代までに身につけておきたいのが「あれもあり、これもあり」「やってみなけりゃわからない」という考え方です。
うつ病は誰でもなり得る病気だけれども、「この道がダメだったら終わり」ではなく、「この道以外にも、たくさんの道がある」と考えていたほうが、ネガティブ思考やマイナス思考にとらわれにくくなります。
ですから、私はうつ病の患者さんの話を聞いた後、よくこのように話しています。
「その考え方もあるかもしれませんが、こんな考え方もあるかもしれませんよ」
「やってみないと、そうなるとは限りませんよね」
相手の考えを否定するのではなく、別の視点を提案することによって患者さん自身に自分の思考の偏りを認知してもらい、うつ症状の改善を目指すのです。こうした会話を続けていくことでたくさんあるはずの可能性に気づいてもらい、思考パターンをなるべく柔軟にしていく手助けをしています。
どんなときも、「この方法がダメだったら、あの方法を試してみよう」「この道もあるけど、あの道もある」というように、常に3つ4つは他の可能性を考えるくせをつけておくことが大事なのです。
また、日頃からすぐに実践できる方法として、常に「そうかもしれない」という思考パターンを自分にプラスすることも大事です。
たとえば、誰かが言った言葉やテレビや書籍、新聞、雑誌などに出ていたことを鵜吞みにはせず、「そうかもしれないけど、別の見方もあるよね」「そうとも限らないんじゃない?」と、他の考え方や可能性を探してみるのです。
また、保守的なメディアと革新的なメディアの両方に目を通すとか、正反対の論調の雑誌を読んでみるなど、一つの方向に縛られないようにすると思考の幅が格段に広がり、前頭葉が活性化します。
さらに、普段は見ないジャンルのドラマを見る、まったく読んだことのない哲学の本に挑戦するなど、積極的に興味の範囲を広げていくことも効果的です。
こうしたことの積み重ねによって、柔軟で前向きな考え方ができるようになっていくはずです。
本当の「勝ち負け」は誰にもわからない
「かくあるべし思考」の弊害は至るところに見られます。
たとえば、私の卒業した東大の医学部では「東大医学部を出たからには、大学教授にならないといけない」という「常識」がありました。
東大医学部を卒業したら、そのまま医局に残って大学病院の教授になるための出世レースに勝ち残るのがエリートコースです。大学病院の教授は勝ち組、それ以外は負け組と見なされるわけです。
しかし実際には、大学病院では教授の言うことを何でも聞かなければいけないようなところが多いので、毎日が我慢とストレスの連続です。
一方、開業医になれば、自分で何とか医院を経営していかなければいけないけれども、上司の言うことを我慢して聞かなければいけないということはありません。
また、大学病院で教授になり、医師の世界で「勝ち組」と呼ばれていた人たちも、定年退職後に満足できる再就職先に恵まれるかといえば、必ずしもそうとは言えないのが現実です。元教授が定年退職後の就職先に困っているなんて話もよく聞きます。
しかし、開業医であれば60代以降もまだまだ稼げますから、年をとってからも、自分なりのペースで豊かな生活を送っている人も多いのです。開業した病院を大きくして、元教授を雇っている開業医もいます。
このように、何が勝ちで何が負けかなど誰にもわかりません。もちろん人によっても違いがありますし、本当のところはその人が死ぬまでわからないのです。
中学受験も同じではないか
私は医師の仕事のかたわら、長年、受験業界の指導もしていますが、中学受験などでも同じことを感じています。
近年は中学受験がますます過熱していますが、「我が子をこの中学に合格させなければいけない」「この中学に落ちたら、東大や医学部に行けなくなってしまう」と思い込み、もはや教育虐待と思われるような厳しい指導をしている親も少なくありません。
でも、それによって子どもが勉強が嫌いになったり苦手になったり、自分は頭が悪いと思い込んでしまったりすれば、志望校合格といった本来の目的が遠のいてしまうわけです。
また仮に志望校に合格したとしても、その受験によって子どもが燃え尽き症候群になって勉強する意欲を失えば、その後は中学や高校で落ちこぼれてしまったり、大事な大学受験で失敗したりすることもあります。
これでは本末転倒です。大学合格という本来の目的を叶えたいのであれば、中学受験だけが戦術ではありません。中学受験はせずに小学校高学年から英語に力を入れておく道もあるし、中学での数学を先取りしておいて高校受験に力を入れるという道もあります。
受験をするのであれば、もちろん結果は出したほうがいいけれども、名門中学に入れなかったら人生が終わるなどということはありませんし、たとえ名門中学に合格しなかったとしても、大学受験で志望校に受かればいいわけです。
要は、別のやり方で勝てる方法を見つければいいということです。
目的や本質を見失わないことが大事
このように、「かくあるべし」「〜すべき」にこだわりすぎていると、本来の目的よりプロセスや過程に目を奪われてしまうことがあります。
組織で働くときにも、社内ルールや形式、上司の評価や機嫌などに縛られすぎて、本来の目的が見えなくなってしまうことがあります。
「かくあるべし思考」にとらわれていると手段と目的が混同してしまうことがあるのです。
40代、50代のベテランこそ、組織に潜む「かくあるべし」から脱却して、目的や本質を見失わないことが大事です。
(和田 秀樹 : 精神科医)