「いつも機嫌がいい人」組織にもたらす意外な効能
いつも「機嫌が悪い」状態の人ほど、変化を拒みがちだという(写真:EKAKI/PIXTA)
「『機嫌』というのは、単なる気の持ちようでも、『いい人』呼ばわりされるものでもありません。ロジカルシンキングよりも大事な、心理的安全性の起点ともなるスキルです」と説く、スポーツドクターの辻秀一氏は、「機嫌がいい」ことこそ、ビジネスにおける最強のスキルだとも語ります。
なぜ「機嫌」の良し悪しがビジネスの成否を分けることにつながるのでしょうか。39万部のベストセラー『スラムダンク勝利学』の著者でもある辻氏が、その理由を解説します。
※本稿は辻氏の著書『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル』から、一部を抜粋・編集してお届けします。
「パフォーマンス」を構成する2つの要素
なぜ、「機嫌がいい」ことがビジネスで必要なのか?
それはビジネスはもちろん、スポーツも、日常も、人生も心の状態がパフォーマンスに強烈に影響しているからにほかならない。歌を歌ったり、踊りを踊ったり、スポーツの試合をしたりすることだけが、ここでいうパフォーマンスではない。生きることすべてをパフォーマンスと表現している。みな死ぬまで「生きる」というパフォーマンスをするのが人間なのだ。その中に日常もあれば、ビジネスもある。
さて、それらのパフォーマンスはどんなことで構成されているのか? 構成要素はたった2つ。1つは「何を」するのかという「内容」、もう1つはそれを「どんな心の状態」でやっているのかという「質」。人間の「生きる」は「内容」×「質」でできているのだ。すべての人がすべての瞬間、この2つの構成要素で生きている。例外は1人も1秒もない。
「内容」の「何を」するのかを、わたしたちは四六時中考え続けて実践している。「何を」という「内容」のない瞬間は、つまり、何もしていないという時間はないのだ。もしあるとすれば、それは死んでいるときだ。生きている限り、この「何を」が仕事やビジネスの中心だと思って生きているはず。
「何を」が中心でも間違っていないのだが、それでは「質」を無視していることになる。どんな瞬間も、「何を」やっていても、それは人間のパフォーマンスである限り、心の状態が存在していて、それが「質」を決めているのだということを忘れてはならない。
機嫌が悪いと、仕事の「質」が下がってしまう
「どんな心の状態」なのかを分析すると、結局は何かに揺らいで囚われている「機嫌が悪い」状態か、揺らがず囚われずの「機嫌がいい」状態か、しかないのだ。程度の差はあるが、「何を」していても、みなそのとき「どんな心の状態」でそれをしているのかが「質」を決めているのだ。
言わずもがな、「機嫌が悪い」ほうに心が傾いていれば、「何を」していても「質」は下がるのだ。これもまた例外などない。それがいけないとかダメだとかルール違反だとかではなく、そのような人間の仕組みだということ。ビジネスをするにはそれを肝に銘じる必要がある。
オレは私は、イライラするとパフォーマンスがよくなるという人などいないだろう。不安のまま1日をすごすと、その日は終日パフォーマンスが上がったというような人は仕組み上存在しないのだ。「何を」するのかだけに注力して、心の状態が乱れたまま「質」の悪いパフォーマンスを展開している人が少なくない。ビジネスでも、もちろん例外ではないのだ。
ビジネスは、とかくストレスを感じ、不機嫌になるのが通例だ。なぜなら、結果を出さないといけないし、まわりの友だちじゃない人たち、上司、部下、同期、そしてお客さんやクライアントと接しなければならないからだ。
さらに、結果を出すために、やらなければならないことは多々あり、やるべきことがわからないことも少なからずある。わたしが慶應病院で医者をしていたころもまさにこの状態で、スーパーストレスを感じていて、不機嫌な状態の真っただ中だったことを思い出す。本稿を読んでいる多くの人もその例外ではないはずだ。
しかし、それではパフォーマンスの「質」が悪く、結果的に時間ばかりがかかり長時間労働になっていく。当時は、「心の状態」や「質」などといった概念とその価値がないので、そのストレスに耐えたり我慢することに多くのエネルギーを消費していたように思い出される。それに耐えられなければ仕事じゃないと、「質」の悪さを棚にあげ、根性や頑張るというやり方や、量で勝負しているのだ。仕事こそ、「機嫌がいい」状態でパフォーマンスの質を上げるべきなのに……。
人は大人になるほど「変化」を恐れるようになる
じつは、「機嫌がいい」は成長や変革への絶大的な必須条件なのだ。「機嫌がいい」は揺らがず囚われずの心の状態だが、一方で「機嫌が悪い」とは、何かに囚われている状態ということでもある。囚われの心の状態は、背景に「固定概念」が強くあることでもある。
「固定概念」とは、心理学で「セルフコンセプト」と呼称されており、この「セルフコンセプト」こそが、成長や変革の阻害因子なのだ。
「セルフコンセプト」をわかりやすく述べるなら、自分の中に過去の経験や周囲の影響でできあがっている「普通」とか「常識」だ。この自分の「普通」や「常識」が変革の妨げとなっていることは容易に想像できるだろう。
子どものころはどんどん成長するのはなぜなのか? ひと言でいえば、「機嫌がいい」生き方をしているからなのだ。「機嫌がいい」は心理学で表現するところのフローな状態(*自分らしいパフォーマンスがインプッ
トやアウトプットされているときの心の状態)で、子どもほど多いのだ。それは、まだ「常識」や自分の「普通」が形成されていないからにほかならない。
大人になるほどさまざまな経験にもとづき、自分の「固定概念」ができあがり、無理や難しいが増えて、変化を恐れるようになる。なぜ変化を大人になるほど恐れるようになるのか。自身の「固定概念」ができあがると、人はそこにいるほうが居心地がいいように感じる習性があるからだ。
過去と同じほうが安心、いつもと同じほうが安心、自分の常識の中にいたほうが不安が少ない、自分の普通通りのほうが明らかに居心地がいい、まわりと同じようにしていたい、それが人間なのだ。このような習性があるからこそ、「機嫌がいい」フローな状態を導くことが個人も組織も成長や変革につながることは自明の理といえる。
わたしが、この人間の習性を説明するためにいつも引用する事例がある。みなさんは目玉焼きには何をかけるだろうか? 塩? 醤油? ソース? マヨネーズ? 味噌? バルサミコ? ケチャップ? かけない? みなさん、それぞれだと思うが、いつも同じではないだろうか? 毎日、変えている人はほとんどいないはずだ。
わたしは醤油で、いつも醤油だ。妻がある朝、気をきかせて目玉焼きにケチャップをかけていると、わたしは「なんでケチャップなわけ? 醤油に決まっているでしょ!」と、食べることもせずに変化を拒絶する。わたしは目玉焼きにすら変革を起こさずに残りの人生をすごしてしまうのだ(笑)。恐ろしい。
きっと過去の何かの経験で醤油が美味しかったから、以来わたしの「普通」がたったそれだけでできあがって固定化されているのだ。気づけば、目玉焼きにはいつも同じ、醤油なのだ。こういったことがさまざまなことで自分を固定化して変革を阻害している。
変化の激しい時代、「機嫌がいい」人が生き残る
自分の「普通」や「常識」が過去のいい経験で起こるとすれば、ビジネスの世界ではこのことが無茶苦茶いろいろな場面で変革を邪魔していることになる。変革したくても組織の中に過去の成功事例をもって無意識に固定化されていることが少なくない。これまではこれでうまくいったから、前にこれで成功したから、という成功体験を会社の意思決定者ほどたくさん抱えている場合が多いのだ。
ビジネス界の常識や過去の成功体験のない「機嫌がいい」新人が、思わぬアイディアを出して変革のきっかけをつくることもあるだろう。ビジネスの世界では、囚われの少ないフローな「機嫌がいい」人財(「人的資本」の考えにもとづき「人財」という表記にしている)を増やしていくことが成長と変革に強い組織につながることは間違いない。
たとえば、みなさん、考えてほしい。「機嫌がいい」を失い、「機嫌が悪い」ときはチャレンジしにくいはずだし、新しいことをはじめにくいのではないだろうか? 「機嫌が悪い」は、固定概念の檻の中に人を閉じ込めているのと一緒だからだ。
一方で「機嫌がいい」は、変化を受け入れやすいだけでなく、変化を自らもつくりやすくなる。大人になればなるほど、さまざまな経験が邪魔をするので、努めて「機嫌がいい」状態を自分のものにしていかないと変化の時代に乗り遅れてしまうことにもなる。
「機嫌がいい」なくして、革新は生まれない
社会は、新しい変化や変革を生み出すことに全力が注がれている。社会そのものには囚われや固定概念を生み出す心の状態がないからだ。
社会は、人ではないので心がない。実際に社会は産業革命だけでなく、昨今ではインターネット革命、デジタル革命やChatGPTなどのAI革命をはじめ、どんどん進んでいる。そんな社会の変革のスピードの中で、人の心の状態はそのスピードについていけない。人々の中にさまざまな変革が常識化するまで、人の「固定概念」が邪魔をしているのだ。
囚われの激しいわたしのようなおじさんは、なかなかデジタルの変化についていきにくい。すぐに「昔は〜」と言って、無理や難しいを持ち出して、自分の変化を拒んでしまうのだ。このような変革の激しい時代だからこそ、人は「機嫌がいい」状態を意識して保持していく必要がある。むしろ、「機嫌がいい」人こそが、この時代に生き残っていけるのだといえるだろう。
「NO GOKIGENN, NO INOVATION」「NO KIGEN GA II, NO GROWING」だということを、これからの時代は肝に銘じておこう。
変革に強い組織のためには、ごきげんな「機嫌がいい」人を社内に増やしていかなければならないし、成長できる人財でいたいのなら「機嫌がいい」状態を大事にしていかなければならないのだ。結局は、それが自身のためでもあるし、組織やチーム、会社のためにも重要な心がけとなっていく。
(辻 秀一 : スポーツドクター)