「人を動かす力」ない上司は信頼失墜の厳しい現実
マネジャーには自分の力で部下を動かせるかどうかが試されています(写真:simon2579/gettyimages)
「その人がそこにいることに自分は気が付いている。それを相手に伝えること」をコーチングでは「アクノレッジメント(存在承認)」と呼んでいます。
本記事では『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす』を上梓したコーチ・エィ代表取締役社長執行役員の鈴木義幸氏に、マネジャーにはどのような心がけや行動が必要か、部下に対する「アクノレッジメント」についても含めながら聞きました。
マネジャーに求められる「人を動かす力」
マネジャーであれば「人を動かす力」が必要です。一プレーヤーであれば、自分だけ頑張ればいいということもあるでしょう。ですが、マネジャーは部下を動かさなければいけません。
長らく日本企業では、マネジャーは部下を動かす力をさほど高いレベルで持っていなくてもよかった、といったら言い過ぎでしょうか。
日本企業では年功序列が当たり前でしたし、社会全体で見ても「年長者を敬う」という暗黙の了解があり、上司の言葉は部下に届きやすかったと思うのです。
しかし年功序列が崩れ、実力主義が人事制度の中心となれば、以前ほど、上司の言葉は部下に鵜呑みにされません。
また従来の日本企業では基本的に終身雇用で、長く勤めれば勤めるほど退職金も多くなるため、離職せずに会社にとどまるというインセンティブが働いていました。
さらに同じ年に入社した「同期」という絆も、社員が長く会社にとどまることをバックアップしていたように思います。かつては「今やめると、将来同期会に呼ばれないよ」などという言葉が、社員を会社に留める言葉になっていたと聞いたことがあります。
そして、そもそも社会の中に、ひとつの会社で一生懸命がんばり、いつか昇進してお給料を増やし、良い生活をするのがいいことだ、という通念が存在していました。
つまり、社員が一つの会社にとどまり一生懸命働くということは、かなりの程度、企業とそれを取り巻く社会の仕組みが支えていたわけです。
そのためマネジャーが1on1で部下とじっくり向き合ったり、日頃から声をかけたりしなくても部下が離職するようなことは、今よりも少なかったように感じます。
総体としてみれば、マネジャーが部下の行動促進に寄与する割合は、実は2割ぐらいしかなかったのかもしれません(もちろん会社ごと、ケースバイケースですが)。
ところが、今は、1人の社員の社内への定着や目標に向けての行動促進を、かつてのようには企業の仕組みが支えていません。よって、マネジャーは、自分の力で部下を動かさなければいけないのです。
もちろん「会社がどのようなビジョンを社員に共有しているか」「給与制度がどういうものか」など、社員のモチベーションに影響を与えるものはほかにもあります。
しかし「マネジャーの関わり」という変数は、部下の行動、モチベーションに対して、かつて以上に大きな影響を与えるものとなっています。特にマネジャーは、部下との1対1の関係の中で、部下を動かす能力がこれまで以上に求められるようになっているのです。
さて、1対1で相手を動かそうと思えば、まずは相手と信頼関係をつくり、相手との間に魅力的なビジョンを構築し、相手がリスクをとって一歩踏み出せるように後押しする必要があります。
要するに、これを部下に対して高いレベルで実践しなければいけないわけです。
「セクハラ」と言われるのが怖い?
信頼関係をつくるためには、アクノレッジは絶大な効力を発揮しますから、まずは、部下にアクノレッジしましょう、となります。
ところが、ここで最近問題となるのが、ハラスメントと受け取られるのを恐れて、アクノレッジしにくいということです。
たとえば「話を聞くのが大事」だと言われても、下手にプライベートなことまで踏み込んで聞いてしまってはハラスメントと言われかねません。
いくらアクノレッジの実践で「相手に関心を寄せていることを示すため、気がついたことを伝える」が大事であっても、「髪の毛、切ったんだね」といった声かけがセクハラとなる可能性もあります。
また部下をアクノレッジするために、ありのままに感じたことを伝え、しっかりフィードバックしようとしたら、その内容が相手にとってはパワハラと感じられてしまう可能性もあります。
気を使いすぎ部下の成長を支援できていない
ハラスメントを恐れてか、実際に人事の担当者からも時折、「最近の上司は、優しすぎる、ゆるすぎる。部下に気を使い過ぎて、部下の成長を支援できていない」という話を聞きます。
(出所:『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす』)
しかし、考えてみましょう。
そもそもお客様を動かそうとするときは、相手の気持ちを察し、相手が最も快適に感じる言葉や行動をこちらは選択します。ときには、本当にお客様のためと思って、気づきをしっかりと伝えることもあるでしょう。
そのときと同じ姿勢で部下に接してみるのはいかがでしょうか。
「自分は上司だからリスペクトされるべき」といったプライドは脇に置き、相手が誰であろうと、本気で他人を自分の力で動かそうと思ったら、どんな風に声をかけ、どんな風に話をし、どんな風に相手をフォローアップするのかを考えてみませんか。
「成長承認」で部下が動く
最後に、相手を動機づけ、動かすために、具体的な承認方法をひとつお伝えします。
承認には3種類あります。
これまでの記事でもお伝えしました、存在承認、結果承認。そして、これに加えて成長承認があります(相手の存在を認めるという存在承認の中に、いわゆる「ほめる」と称される結果承認も、そしてこの成長承認も含まれます)。
部下を動機づけ、動かすことできる人は、この3つ目の成長承認がとてもうまいようです。
端的に言えば「成長承認」とは、成長のプロセスをしっかりと目でとらえ、認識し、それを相手に伝えることです。まずは、部下がどのように成長したいと考えているのか、目標は何なのかをしっかり把握しましょう。
そして、その成長目標に向けての進捗具合、例えば今週はどこまで目標に近づいたのかという評価を、明快に言葉で伝えましょう。
何も、ほめる必要はありません。ただ、先週に比べてどうか、という成長の具合を伝えればいいのです。もちろんマイナスを示しても構いません。
大切なのは、部下の成長をしっかり追い伴走している、というアピールです。人は自分の成長に心から伴走してくれる人を信頼します。そして、そういう伴走者がいることで、未来に向けての成長意欲が維持されます。
成長承認を意識し、伝えることができれば、「何のための1on1なんだろう?」など、部下に陰で言われることもなくなるのでないでしょうか。
(鈴木 義幸 : コーチ・エィ代表取締役 社長執行役員)