連続立体交差事業が進む京王線。姿を現した高架橋と電車(記者撮影)

新宿を起点に八王子や多摩ニュータウン、訪日外国人観光客にも人気の高尾山などへ路線を延ばす京王線。利便性や沿線の住みやすさなどで首都圏の人気路線の1つである同線の「泣きどころ」が、都心寄りの区間に残る踏切の多さだ。

ピークの1時間に40分以上開かない「開かずの踏切」は20カ所以上。ラッシュ時だけでなく昼間も踏切が道路交通のネックとなっている場所は多い。

この長年の課題を解消すべく、同線の笹塚―仙川間約7.2kmの線路を高架化する「連続立体交差事業」が進んでいる。すでに各地で高架橋が姿を現しており、2024年4月には最後まで残っていた工区も工事に着手した。

姿を現す高架橋

連続立体交差事業の区間は、京王線でとくに混み合う区間でもある。鉄道の混雑率に関する国土交通省のデータによると、同線の最混雑区間は高架化の対象となっている下高井戸―明大前間。混雑率は129%(2022年度)で、ピーク時1時間に上りだけでも26本の列車が走る。ほぼ2分に1本の割合で列車がやってくる計算だ。

列車の本数が多ければ踏切の遮断時間も長くなる。笹塚―仙川間には25カ所の踏切があり、すべて「開かずの踏切」。東京都建設局の資料によると、ピーク時には1時間のうち57分遮断されている踏切(2019年度)もある。線路の高架化によって、これらの踏切がすべて解消される。

【写真】各地で高架橋が姿を現しつつある京王線の笹塚―仙川間。工事の進む沿線の様子、そして高架化後の駅の姿は?(40枚)

連続立体交差事業は東京都が事業主体となって行う道路整備の一環で、2013年度に着手した。

都建設局道路建設部によると、全体の事業費は約1843億円で、国の補助や自治体負担分を含む「都市側」の負担額は約66%の1220億円、そのほかを京王が負担する形という。都区内の連続立体交差事業の場合、一般的な負担割合は都市側が約85%、鉄道側が約15%だが、京王線の場合は「(鉄道側が負担する)複々線化計画の用地確保も一部行っている」(都建設局)ため、割合が異なるという。

工事は、笹塚側から第1〜第8まで8つの工区に分けて実施。2018年10月に、代田橋駅付近の第1工区、明大前駅付近の第2工区、芦花公園駅付近の第6工区、仙川駅につながる区間の第8工区で始まった。その後2021年4月に下高井戸駅付近の第3工区、桜上水駅付近の第4工区でもスタート。2022年10月に千歳烏山駅付近の第7工区、そして残る上北沢駅付近の第5工区の工事が2024年4月に始まった。


基本的な工事の順序は、まず1線分の高架を現在の線路の南側に建設して下り線を高架化。その後、もとの下り線を撤去してもう1線分の高架を建設し、上り線を切り替えるという形だ。

すでに高架橋が姿を現しているのは、代田橋―明大前間、明大前駅付近、桜上水駅付近、芦花公園駅付近、芦花公園―千歳烏山間、千歳烏山―仙川間。2024年度も下高井戸駅などで高架橋の建設が進む予定だ。


代田橋―明大前間で建設中の高架橋脚(記者撮影)


桜上水駅の横に立つ高架橋(記者撮影)

高架化で駅はどうなる?

区間内には、新宿寄りから代田橋・明大前・下高井戸・桜上水・上北沢・八幡山・芦花公園・千歳烏山の8つの駅がある。

このうち八幡山駅は1970年に高架化されており、立体交差事業ではほかの7駅を新たに高架化する。合わせて特急停車駅である明大前駅と千歳烏山駅は現在の2面2線から、列車の待ち合わせや追い抜きができる2面4線の構造に変わる。新たに高架化する7駅の外観デザインは2019年に決定した。


高架化後の明大前駅外観イメージ(画像提供:京王電鉄

現状の各駅はいずれも駅前が手狭でバスロータリーなどの広場がなく、交通結節点としては課題があるのが実情だ。7駅の地元である世田谷区は、高架化を機に駅前広場などの周辺整備を進める方針で、明大前駅と千歳烏山駅についてはすでに都市計画決定されている。ほかの駅については、「今後の連続立体交差化事業の進捗に合わせて検討を進めていく」(世田谷区道路・交通計画部交通政策課)という。

高架化に向け、現在の駅も出入り口が切り替わるなど各駅で工事が進んでいる。駅舎が線路をまたぐ橋上駅舎の桜上水駅と芦花公園駅は、高架化工事にあたって支障となる駅舎を撤去する必要があるため、両駅ではこれに備えて2024年度に仮の通路を整備する予定だ。

桜上水駅で整備する仮の地下通路は、実は「橋上駅舎化以前に改札などの駅施設として利用した通路」(京王)。十数年の時を経てかつての通路が「復活」する形になる。長年の利用者には懐かしい景色になるかもしれない。


橋上駅舎の芦花公園駅は駅舎撤去に向けて仮の通路を整備する(記者撮影)

高架切り替えはいつになる?

連続立体交差の事業期間は2030年度末まで。ただ、線路の高架切り替えの時期については「事業の早期完了を目指し取り組んでいるが、現時点で高架化切り替えの時期は決まっていない」(京王)。

下り線が高架に切り替われば踏切の遮断時間はほぼ半減することになるが、この切り替え時期についても現時点で時期は未定だ。「今後、事業用地の確保を進めたうえで、下り線高架化切り替えの時期を定める」という。都建設局によると、2023年度末時点での用地取得率は90%だ。


明大前―下高井戸間の線路沿い。高架化の用地が広がる(記者撮影)

立体交差化事業は、2013年度に着手した際の期間は2022年度末までだったものの、2022年3月に変更され、2030年度末まで延びた。「事業に必要な用地の確保が未了であったため、事業用地の取得後、付替道路工事や高架橋構築工事などの期間を考慮」(京王)したためだ。もっとも、鉄道の高架化が当初の予定よりも長引くのはめずらしいことではない。


下高井戸駅前の踏切=2016年(記者撮影)


同じ踏切の2024年7月の姿。線路の反対側にあった「下高井戸駅前市場」は姿を消した(記者撮影)

長らく課題となってきた京王線の「開かずの踏切」。連続立体交差の事業化から約10年を経て、ついに全工区での工事が始まった。京王線は、ターミナルである新宿駅も周辺の再開発に合わせて改良工事を行い、2030年度には地下のホーム階に新たな改札ができる予定だ。都心と東京西部・多摩地区を結ぶ動脈は、大きな変化の時期に突入している。


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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)