7月4日に日経平均やTOPIXは最高値を更新。だがなぜ円安の恩恵は広がらないのか(写真:ロイター/アフロ)

7月4日に日本株はTOPIX(東証株価指数)と日経平均株価がともに過去最高値を更新した。2023年末比の日本株(TOPIX)と米国株の騰落率をみると日本株(TOPIX)は22.5%、米国株(S&P500種指数)は16.1%(7月4日時点)と、日本株のリターンがやや上回っているが、双方とも好調に推移している。

株が好調でも「円安は弊害が大きい」と考える人が多い

ただ、日本株と米国株の姿は異なる部分もある。米国株式市場は、生成AIの成長期待によるNVIDIA(NVDA)株の急騰をはじめとした一部のハイテク株の上昇でリターンの多くが説明できる(伝統的な大型企業を含むNYダウ工業株30種平均株価の上昇率は同+4.3%にすぎない)。

一方、日本株は円安の追い風で、アメリカよりも幅広い企業の利益が増えており、これが株高を牽引している。中でも金利上昇の恩恵をうける業界や業界再編が期待できる業種などで、大型株の株高が目立っている。

前回のコラム「円安によって多くの日本人は再び豊かになる」(6月21日配信)などでも述べているが、今の日本経済にとって、大幅な円安は経済成長を高める効果が大きい。実際に、円安によって企業利益は大きく増え続けており、日本株市場の強い追い風になっている。こうした状況は、日本銀行が追加利上げに着手すると予想される秋口までは続くだろうと筆者は見込んでいる。

一方、円安が進む中で、日本の経済成長率が2023年後半からはっきり停滞していることを挙げて、「円安は弊害のほうが大きい」と考える人々は少なくない。確かに日本の個人消費は2023年半ばから減少が続いており、個人消費が2%前後のペースで増えているアメリカとは対照的だ。日本では、名目賃金の伸びがインフレ率ほど高まらない、つまり実質賃金の減少が続いているから個人消費が増えなかった。

だが、2024年度の春闘におけるベースアップは大企業を中心に3%台半ばを実現しており、2024年の秋口までには賃上げの影響が本格化、実質賃金は増加に転じるとみられる。さらに、6月から家計の可処分所得を増やす定額減税の規模は約3.3兆円で、これは可処分所得の約1%に相当する。実質賃金の上昇とあいまって、2024年後半から個人消費は回復に転じるだろう。

岸田政権は、2022年から2〜4%台での物価高が続く中で、生活必需品の値上がりによる家計の購買力の目減りに対して、対応策も講じている。電気・ガス、ガソリン価格抑制のための、企業への補助金支給が主たる手段になった。ただ、これらで価格上昇が抑制されても、生活必需品全般の価格上昇による実質購買力の目減りを補うまでには至らないので、不十分な対応だったと言えるのではないか(8月から電気などの価格抑制策が再開するが)。

もっと早く大型減税含めた財政政策を始めるべきだった

また、防衛費増額と事実上の増税を行うことを2022年末に先んじて岸田政権が決めたこともあり、いずれ増税が強化されるのではないかとの懸念がメディアを通じて広がり、これが家計の支出行動を抑制し続けたと筆者は考えている。

仮に、大型減税などの財政政策が経済安定化政策として、2023年早々に始まっていればどうなったか。「家計の円安への不満」は和らぎ、2023年後半以降も個人消費の回復が続いていただろう。

岸田政権が、こうした政策を採用しなかった政治的な理由は、定かではない。2023年には名目GDPが600兆円近くに増えており、これに応じて「公的部門の所得」である税収も過去最高水準に増えた。

税収と企業利益は過去最高水準に増えるいっぽうで、家計部門の所得回復が遅れるのはやむをえない。ただ、円安が家計購買力を大きく目減りさせたことへの対処策として、経済安定と再分配政策の観点から、若年低所得世帯に対する広範囲な減税、給付金支給による可処分所得の底上げがベストの手段だったのは明らかだろう。

こうした対応は、いわば政府から家計への所得移転である。ただ、各種業界に対する裁量を最大限生かしたい政治勢力にとって、一方的な減税は魅力的ではないため、これらへの配慮から実現するのは難しかったのかもしれない。

結局、岸田政権の支持率停滞が続いている1つの要因が家計の購買力低下であるとすれば、景気刺激策の結果起きた円安の恩恵を、広く浸透させることができなかったと総括できる。

増税から距離を置く姿勢をとるべきだった岸田政権

こうした事態をようやく認識した岸田政権は、2023年末に可処分所得の押し上げのために定額減税を決定したが、残念ながら、判断が遅れたうえに、「増税内閣」という国民の不信を払拭させるには至っていない。もし、岸田政権が、アベノミクスの継続を主張して、故安倍晋三元首相と同様に増税からはっきり距離を置く姿勢をとっていれば、2023年にも大型減税に踏み出せたのではないか。

「たられば」、ではあるが、大規模な減税などが実現すれば円安の恩恵が広がるので、岸田政権の支持率はここまで大きく低下しなかっただろう。

政治のリーダーシップによって、経済状況に応じた必要な財政政策を機動的に発動できるが、これが実現しなかったが故に、「大幅な円安の恩恵」が広がらなかった。大型減税に躊躇した岸田政権の政策ミスを教訓にできる政治家が登場して新たなリーダーとなれば、今後の日本経済には期待できると筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)