「無償化」や「奨学金」など教育にまつわるお金の課題は議論が絶えません(画像:Inkoly / PIXTA)

たった16年で社会は大きく変わります。16年後の2040年、日本はこれまでの私たちの経験からくる想像が全く通用しない未来を迎えているかもしれません。その意味でも、いま重要なのは、未来を生きる子どもたちの「教育」です。しかし今の日本の教育においては、さまざまな問題が取り沙汰されています。

本稿では、ジャーナリスト・池上彰氏の新著『池上彰の未来予測 After 2040』より一部を抜粋し、教育とお金について考えます。

【前記事】池上彰が警告「時代に乗り遅れた」日本企業の末路

高校まで義務教育・無償にしないと未来は暗い

教養が必要なのは万国共通ですが、教育制度は、国によっていろいろと違います。

日本の小・中・高校が6・3・3制になったのは、第二次世界大戦後日本を占領したGHQで教育担当だった人物が、自分のふるさとの州の6・3・3制を導入したからで、たまたまです。アメリカは州によって教育制度が違います。

日本は小・中学校の9年間が義務教育かつ無償期間ですが、お隣の韓国は義務教育期間が日本と同じ一方で、保育園・幼稚園から中学校までが無償期間、さらに高校も無償化されています。

イギリスは6・5・2制で、義務教育は5歳からの11年間、公立学校の無償期間は13年間です。フランスは3・5・4・3制で、3歳からの13年間が義務教育で、幼稚園や大学などすべての公立学校が無償です。

日本の高校授業料の無償化も2010年度から始まっていますが、一律ではありません。国が所得制限を設けて、世帯年収910万円未満の世帯を対象に公立の授業料にあたる年11万8800円を補助し、私立の場合は所得に応じて補助が増額されるという形になっています。

しかし今や、高校進学率は98.9パーセント(2022年)です。少子高齢化が進む日本を背負う子どもたちへ平等に投資するという観点で、高校までは義務教育にし、授業料は世帯年収にかかわらず一律無償化すべきでしょう。

東京都と大阪府は、世帯年収の上限を撤廃し高校の授業料を実質無償化することを決定しました。「すべての子どもに学校選択の機会を広げるため」としていて、まさにもっともな理由です。

東京や大阪などの都市部は、地方に比べて平均世帯年収が高いとはいえ、近年の物価高騰や都市部の住宅価格の高騰により、子育て世帯の家計負担は増しています。

さらに国の子育て支援制度の多くや、大学の奨学金貸与の条件などにも所得制限が設けられており、世帯年収が910万円を超えると教育費の自己負担が一気に増します。そのため家計のやりくりが大変だと感じている子育て世帯は多いのです。

明るい未来、暗い未来を大胆予想


池上彰氏が考える教育の暗い未来(出所:『池上彰の未来予測 After 2040』)


池上彰氏が考える教育の明るい未来(出所:『池上彰の未来予測 After 2040』)

奨学金問題解決には国公立無償化しかない

大学の年間授業料と入学料の合計平均は、2023年度で国立が約82万円、私立は約120万円です。この三十数年間で、国立は2倍、私立は1.6倍になりました。

しかしバブル崩壊後の平成の間、日本はデフレで賃金がほとんど上がりませんでした。

さらに就職氷河期と呼ばれる就職難、小泉純一郎政権の構造改革による「非正規雇用」拡大などが重なり、大学を出ても非正規雇用でしか働けない若者は増え続けました。そうした中で、奨学金を借りる人も増加、返済に悩む人も増加しています。

なお奨学金という言葉は、国際的には進学によってもらえる返済不要のお金のことを指します。

いずれ返さなければいけない、日本で「貸与奨学金」などと呼ばれているものは、本来は「学費ローン」です。いずれ返すという意識が薄いまま借りてしまう人が多い現状を鑑みると、日本でも「学費ローン」と呼ぶようにしたほうがいいでしょう。

では大学進学にまつわる奨学金問題は、2040年に向けてどうすべきなのでしょうか。

高校を無償化すべきだと前述しましたが、私の個人的な希望をいえば、高校だけでなく大学まで学費を所得制限なしで完全に無償化すべきだと考えています。2040年に向けて、実現してほしいことのひとつです。

大学の学費が無償化されれば、家計の状況に関係なく、大学に行く子どもたちが増えていきます。そうして高度な教育を受ける人が増えれば、優秀な人材の裾野が広がり、長い目で見て日本の発展につながっていくはずだからです。

現在は年収270万円(目安)までの世帯のみ大学無償化、年収380万円(目安)までは授業料の一部を免除、という制度があります。また3人以上の子どもがいる多子世帯は、2025年度から学費を無償化とすると発表されています(ただし卒業後の子が扶養を外れ、扶養する子どもが2人以下となると対象外)。

フランスとアメリカの場合

所得制限なしでの大学無償化は無理だと思うかもしれませんが、フランスの場合、EU加盟国国籍の人がフランスの国立大学に入ると修士号まで進んでも5年間で合計996ユーロ(約16万円、1ユーロ=160円で換算)しかかかりません。格安です。日本も少なくとも国公立大学は、無償化すべきでしょう。

一方でアメリカは、2022〜2023年の大学の年間学費の平均が私立大学で3万9723ドル(約596万円)、州立大学(州外学生の学費)は平均2万2953ドル(約344万円)、州立大学(州内学生の学費)は平均1万423ドル(約156万円)となっています(2022年9月US News調べ、1ドル=150円で換算)。

これを4年、あるいは修士まで6年など通うとなると、私立大学なら数千万円が必要だということです。

アメリカはその分、給付型の奨学金が充実しています。ハーバード大学やスタンフォード大学を卒業できるレベルの成績優秀者であれば学費は無料ですから、完全実力主義ですが、そこはバランスが取れているといえるかもしれません。

フランスとアメリカで大学の学費にこれほど違いがあるのは、考え方、信条の違いによるところが大きいのです。

フランスなどのEU諸国は、基本的に「子どもは社会の宝だ」「子どもは社会が育てるべきだ。だから教育費は一切かからないようにしよう」と考えます。

一方アメリカは、特にトランプ前大統領のような共和党政権が「子どもは社会が育てるべきだなんて、それは社会主義だ」「子どもが大学に行くかどうかは個人の自由だ。それを全部税金で無償化するなんて、そんな社会主義的な考え方はとんでもない」という発想になるわけです。

Fラン大学は淘汰され専門職大学は増える

大学の学費で比べると、日本の教育政策はアメリカとフランスの中間に位置づけられます。日本の大学の学費がアメリカほどは高額でないのは、国民の税金を「私学助成金」という形で私立大学に相当つぎ込んでいるからです。

私としては、少子化対策の意味も込めて、フランスのようにもっと高校や大学の学費に税金を使うべきだと考えています。ただし、大学に勉強ではなく遊びに行くようなレベルの人がたくさんいたら、税金の投入に反対する人も増えてしまうでしょう。

入試問題が全然解けなくても受かるような低レベルの大学、定員割れ状態の大学は「Fランク(Fラン)大学」などと揶揄されています。少子化で18歳人口がどんどん減っている中、こうした定員割れの大学は淘汰して、そこに支払っていた私学助成金などの分を確保していかないと、大学無償化のための税金の投入は国民の理解を得られないでしょう。

一方で今、専門学校が「専門職大学」としてどんどん大学化されています。服飾や美容など、専門学校で学ぶことをそのまま教えるのですが、卒業したら大学卒としての学位をあげるという学校です。

勉強が苦手であっても、美的センスがあったり手先が器用だったり、そうした長所を生かした専門職を目指す人たちに、学位を取るという選択肢が増えているのです。


Fラン大学で勉強もせず就きたい仕事も見つからず卒業する人が増えるよりも、専門職に就いて活躍する人が増えるほうが、社会にとってもいいはずです。今後も専門職大学は増えていくと思います。

また専門職大学に入る生徒にとっては、たとえば美容師になりたいと思って技術を学びつつ、大卒の肩書があればいざというときに全然違う仕事にも就きやすい、といったメリットがあります。

それと同時に専門学校側のメリットとしては、理事長の「大学の理事長になりたい」という憧れを叶えることができるというわけです。

東京にいるとなかなかわかりませんが、特に地方の専門学校の理事長が、4年制の専門職大学、あるいは2年制の専門職短期大学への転換に熱心です。

(池上 彰 : ジャーナリスト)