小林が話す。「ウンチが残ったままだと、見回りに来る大学職員が所長に苦情を言う。今度は、所長がパート社員に指摘する。苦情が繰り返されると、パート社員を辞めさせる」

◆ウンチまみれの女子トイレ

 6階の女子トイレでは、ウンチが便座や便器の周辺に飛び散っている時もある。小林は、つぶやく。「どういうスタイルで座っているんだろう。便座にまたがったり、足を乗せたりしてウンチをしているのかな」。横の壁に飛び散っている時もあった。なぜか、下のタイルのところどころにパンの食べかすが落ちている。小林は「便器に座り、食べているのかな」と話す。

 ウンチを流していないこともあった。女子トレイではあるが、太くて、長く、しかも黒々としている時が多い。男子のトイレよりも大きい場合もあった。便器についたものは取っ手のついたブラシでこすり落とす。それでも落ちない時、ビニールの手袋をしてこすりはがす。

 出入り口付近に手を洗うところが5つあり、その前にあるのが大きな鏡だ。ここに、口紅で文字をうっすらと描いた跡が残っている。小林は「アジアやアフリカの国の言語みたい。異国の地でさびしいのかな」とつぶやく。

◆納豆とかん腸、ウンチがミックスされた臭い

「いい加減にしろ!」と大声を出したくなるのは、7階。この階は、大学院生の教室と教授たちの研究室が40程並ぶ。男子トイレでは大便器のすぐ下にペットボトルが転がり、中にティシュペーパーがつっこんである。それが、何に使われたのかは小林にはわからない。さらには、使用済みのかん腸が、便器の下に捨ててある。酢のような強烈な臭いがする。

 小林は、以前にこのトイレを担当していた70代の女性にペットボトル、ティシュペーパーやかん腸について聞いたことがある。パート社員は「この階は勉強ばかりしているから、社会常識が欠落した人たちが多いの」と答えていた。それを思い起こしながら、ビニール手袋をはめてかん腸を拾う。不思議と、女子トイレには1つもない。「便秘になるのは、女のほうが多いはず」と誰もいないトイレでつぶやく。

 大便器のそばに納豆のパックが落ちている時があった。なぜ、トイレで納豆を食べるのかは謎だ。気持ち悪いのは、納豆とかん腸、ウンチがミックスされた臭いが充満している時。吐きそうになり、「もう辞めたい」とつぶやきたくなる。

◆「この大学に子どもたちが入ってくれたら」

 勤務を終えると、自転車に乗り、家に向かう。10分程でつく。その時間は夜勤勤務の夫がいる日が多い。「臭いと菌がついているから、シャワーで洗ってから飯をつくってくれ」。夫のモラハラにイラっときながら、体を洗う。確かに全身に酢のような臭いが染みついているのは、間違いない。夫はどうでもいいが、子どもたちに悪いから念入りに洗う。

 この仕事をするようになってから熱が出ることが増えた。3年間で5回程だ。突然、38度前後になり、数日続く。それでも出社する。休めない雰囲気なのだ。病院に行くと、医師が「感染しているから、熱が出た可能性がある。汚いものに触ったりしていないか」と尋ねてくる。小林の手や腕、頬(ほほ)が赤くなったり、皮膚がただれているからだ。

 小林は「毎日、ウンチやかん腸に触る」とは言っていない。いや、言えない。だが、いつまでこの仕事を続ければいいのだろうとは考え込む。とはいえ、学費を稼がねばならない。

 清掃の最中、よく思う。「この大学に子どもたちが入ってくれたら……」。廊下や階段を歩くと、通り過ぎる学生が時々、「ありがとうございます」と声をかけてくれる。深々と会釈をしてくる学生は多い。わずかにうれしくなる。身なりや格好も都会的で、洒落ている。言葉遣いは、丁寧だ。教職員は横柄だが、学生はすばらしい。息子や娘がここのキャンパスを歩く姿を想像しながらウンチや生理用品、かん腸と格闘し、汗と血まみれの日々を送る。

<取材・文/村松 剛>

【村松 剛】
1977年、神奈川県生まれ。全国紙の記者を経て、2022年よりフリー