小泉今日子×松尾潔「おれの歌を止めるな」自分の言葉とノリで、声を上げよう

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音楽プロデューサー・松尾潔氏の新刊『おれの歌を止めるな―ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来』の刊行記念イベントに、小泉今日子氏が登場した。じつは2人は「長い知り合い」だという。司会はライターの和田靜香氏。同世代の3人が語る「自分の歌を歌う」方法とは。

司会・和田靜香 構成・矢内裕子

小泉今日子と松尾潔の出会いは1996年

松尾今日は僕の本(『おれの歌を止めるな』)の刊行記念ということになっていますが、小泉さんは『ホントの小泉さん NARRATIVE』(303BOOKS)、和田さんは『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』(左右社)という新刊をお出しになっていることですし、自由にお話ができればなと思っています。

小泉こんばんは。松尾さんの『おれの歌を止めるな』を拝読して、とても面白かったので、近田春夫さんとやっているラジオ番組(J-WAVE『TOKYO M.A.A.D SPIN』)で取り上げたんですよね。その縁で今日は呼んでいただきました。

松尾ラジオ、拝聴しましたし、コタツ記事も読みました(笑)。

小泉コタツ記事! 今日のトークについても書かれたりして。でも、好きに書けばいいんですよ。

松尾そんな挑発的なことを(笑)。小泉さんと最初に会ったのは1996年。ぼくはまだ20代でした。当時は1年の半分くらいは海外にいたんですが、帰国したタイミングで、以前から小泉さんとディープにお仕事されていた編集者の川勝正幸さんに「KC(松尾)はキョンキョン好き?」って訊かれたんです。「小泉今日子って、『好き』か『大好き』しかなくないですか」と答えたところ、取材させていただくことになりました。

小泉そう、最初、松尾さんは音楽ライターとして現れました。お会いしたらとても話しやすいし、上がってきた原稿も直すところがなかった。それで「公募した曲でアルバムを作る」という企画(1998年作品『KYO→』)のときに、スタッフとして参加してもらったんですよね。

松尾久しぶりに当時の写真を見たら、2人とも若かったですねえ。

小泉本当に……。

──そんな、遠い目をしないでください(笑)。司会の和田靜香です。松尾さんと私はもともと音楽ライターという共通点があるんですが、実際にお会いしたのは、私が『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(左右社)という、長いタイトルの本を出したあとでした。

松尾『時給はいつも〜』を読んだ感想をツイートしたのがきっかけで、『SPA!』で対談したんですよね。

小泉私は和田さんとは前に劇場でお会いしていたんですが、ポッドキャストにゲストとして出てもらったり、去年はこちら(本屋B&B)で対談もやったし、もう友だちよね。私は早生まれですが、学年は和田さんと同じ。松尾さんとは2学年違いですね。松尾さんが中学に入ったときに、私たちは3年生だ。今日は同世代の3人で「真剣50代しゃべり場」をやりたいと思います(笑)。

団塊の世代に「面白いこと」を教わった

──『おれの歌を止めるな』の巻末には、ジャニーズ問題をめぐる、近田春夫さんと田中康夫さんとの鼎談が載っていて、読みごたえがありました。

松尾最近、よく3人で会うんですが、50代、60代、70代と世代がバラバラなんですよ。今日みたいに同世代もいいけれど、世代が違う組み合わせもまた面白いものですよね。

──『おれ歌』に収録されたエッセイで、近田さんがジャニーズ問題について語った「いくらなんでも、といのはあるよね」という言葉が、大好きなんです。こう言われると、ジャニーズ問題について詳しくなくても、「ああ、そうかも」と共感できます。

松尾近田さんって正義感が強いんですよ。

小泉自分が関心のあることについて、近田さんは誰とでも話したいんですよね。若い頃から音楽活動をしていらして、自分で見てきたものもあるから、ジャニーズ問題も気になったんだと思います。近田さんは本当にお元気でカッコいい。

松尾ああいう方がいらっしゃると、自分も73歳(近田春夫の現年齢)になるまでは頑張れるなと思います。まあ、その時に近田さんはもっと先に行っているんでしょうけど。「50代あるある」かもしれませんが、この年齢になってくると、子どもの時に漠然と憧れていた大人の方々といまの自分がピントが合って見えて、それがまたいろんな発想を生み出しますよね。

小泉ちょうど私たちが10代、20代の頃に、面白いことを教えてくれた年上の人たちは団塊の世代でした。20歳近く年上の人たちが、私を子ども扱いせずにいろいろなことを教えてくれたし、面白いところに連れて行ってくれた。「そういう大人にいまの自分はなれているのかな?」って思いますね。

私は、こぐれひでこ・小暮徹夫妻にお世話になっていました。お家へご飯を食べに行ったり、暖炉の火を見ながら、ずっと3人でおしゃべりしたり。こぐれさんちにあったレコードを聴かせてもらって、本も借りてましたね。

近田さんもそうしたなかで知って、「いつか一緒にやりたいな」と思っていて。近田さんがプロデュースなさったジューシーフルーツみたいな音楽をやってほしいな、と思ったら、「いま、おれ、ハウスしか興味がないから」と言われて。「じゃあ、それでお願いします」と(笑)。

松尾それで名盤『KOIZUMI IN THE HOUSE』ができあがったわけですね。あそこで小泉さんは舵を切ったな、と思いましたよ。

組織のなかにいると見えないことがある

──年上の素敵な人たちが、小泉さんのまわりにいて、大切なことを伝えてくれたことがきっかけになったんですね。

小泉私がいた事務所は、人数こそ少ないけれど芸能界の中心にいる感じのところで、私一人が「異端児」「変わり者」と言われてました。

松尾いまでは個人で発信できるツールもあるし、アイドルのキャラ立ちが当たり前になってきたけれど、当時は小泉さんほど自己表現できる人はいなかったんじゃないかな。

小泉それでも独立して、一人で歩き出した時に、「あ、私、思いこんでいたことがいっぱいあったんだ」とは思いました。だから、真面目に会社とか業界のなかにいる人って、嘘じゃなくて、本当に気づかないことはあるかも、って思う。

松尾「真面目になかにいる人」って、キーワードですね。芸能界に限らず、ほとんどの日本人がそうかもしれない。

──組織のなかにいる人、と言い換えてもいいのかな。

松尾ええ。なおかつ、同じ組織に居続けるのが、日本では尊いこととされてきたから。

小泉これまでは「組織を出ると干される」とか、あんまり良い例がなかったから、みんな怖かったと思う。でもいまは独立する人も増えたので、恐怖心はひとまずクリアできた気がします。芸能界に限らず、「こういうものだ」と思考停止させられる構造が社会にはあるけど、それを崩すのは大変ですよね。

松尾さんも本のなかで「いま、長年の膿が出ている」と書いていますが、私もそう思います。何かを変えるときには痛みがともなうものだけど、その痛みは希望でもあるから、みんなで甘んじて受け入れて、前に進めばいいのにな、って思うんです。

松尾たとえばプロ野球の大谷翔平選手がそうだけど、「いずれメジャーへ行く」と言ったうえで日本の球団に入るという前例もできた。芸能界も小泉さんのように独立しても不義理とは言われなくなりつつある。

(2024年3月15日、東京・下北沢「本屋B&B」にて収録)

こいずみ・きょうこ

歌手。俳優。1982年「私の16才」で芸能界デビュー。以降、テレビ、映画、舞台などで活躍。2015年から代表を務める「株式会社明後日」では舞台制作も手がける。また文筆家としても、著書に『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング、第33回講談社エッセイ賞)『小泉今日子書評集』(中央公論新社)など多数ある。

わだ・しずか

音楽・相撲ライター。音楽評論家の湯川れい子氏のアシスタントを経てフリーに。政治・社会ジャンルでの作品も話題を呼んでいる。著書に『スー女のみかた〜相撲ってなんて面白い!』(シンコ―ミュー ジック)、『音楽に恋をして♪ 評伝・湯川れい子』(朝日新聞出版)、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(左右社)など多数。

やない・ゆうこ

ライター。編集者。出版社で書籍編集、文庫の立ち上げに携わり、独立。作家、アーティストへのインタビュー記事のほか、古典芸能、文化、美術、工芸をテーマに執筆する。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)などがある。

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小泉今日子×松尾潔対論の中篇《付き合うべき人がくっきり見えてきた》

につづく

小泉今日子×松尾潔「おれの歌を止めるな」付き合うべき人がくっきり見えてきた