「宗教にハマった親が一切働かず…」「家で“ムチ打ち”の虐待を受ける」中卒の宗教2世女性(29)が、30歳目前で夜逃げを決意した理由〉から続く

 特別な事情を抱えた人々の引越しを手伝う業者「夜逃げ屋」。そんな夜逃げ屋を題材にしたコミックエッセイ『夜逃げ屋日記』シリーズ(KADOKAWA)が人気を呼んでいる。作者の宮野シンイチさんは、夜逃げ専門引っ越し業者「夜逃げ屋TSC」で働きながら、夜逃げ屋の実態をマンガで発信している。

【マンガ】夜逃げ屋のリアルを描いた衝撃の実話マンガ『夜逃げ屋日記2』を読む

 夜逃げ屋では、依頼者に対してどんなサポートを行っているのか。依頼者の家族やパートナーなどから、恨まれることはないのだろうか。宮野さんに話を聞いた。(全2回の2回目/1回目から続く)


現場に緊迫した空気が漂う夜逃げの現場(写真=宮野さん提供)

◆◆◆

警察や役所と連携し、依頼者をサポート

 宮野さんが働く「夜逃げ屋TSC」の依頼者のほとんどが、身近な人の虐待やDVに悩んでいる、いわゆる“被害者”だ。そのため、行政・司法との連携まで行っているのが大きな特徴のひとつだ。

「加害者からすると、ある日突然、被害者が家からいなくなるわけですよ。警察に捜索願を出したり、役所で住民票を取り寄せたりして、居場所を突き止めようとしてきます。やっとの思いで夜逃げをした後も、追いかけてくる恐怖と戦わなければなりません。そのサポートとして、僕たち夜逃げ屋のスタッフが事前に警察や役所に事情をお伝えし、連携をとっておくんです」

 また、夜逃げ前後に、資格を持ったカウンセラーによるカウンセリングも行っている。

夜逃げする前に電話やメールで相談してくる方も

「専門スタッフだけでなく、社長もカウンセリングの資格を持っています。特に社長は、カウンセラーとしてのスキルや経験が豊富なのはもちろん、パートナーのDVから夜逃げした“経験者”です。だから、依頼者の気持ちに寄り添えるんだと思います。実際に、依頼者目線でもとても話しやすいようで、社長を指名して相談してくる方も多いんですよ。夜逃げする前に、電話やメールで相談してくる方もいます。

 依頼者の方々は、突然夜逃げを思い立って連絡してくるわけじゃない。長い間悩むなかで、周囲の人に相談をした経験がある方も多いんです。でも、『そんなに辛いなら逃げればいいのに、なんで逃げないの?』と理解されず、人に相談するのが怖くなってしまった、という方も少なくありません」

 依頼者は逃げる気力もないほどに、心身ともに疲れ切っている場合が多いという。依頼者の負担を限りなく少なくするためにも、加害者に気づかれないように夜逃げの準備を進めなければいけない。ただ、夜逃げ後には当然、加害者も同居人の“失踪”に気づく。そして戸惑い、憤慨する。その怒りの矛先が、夜逃げ屋に向くことはないのか。

「死ぬ」「殺す」とクレーム、“真っ黒な手紙”が会社に届き…

「まず前提として、依頼者が夜逃げ屋を利用したかどうかを加害者が知る術はないんです。夜逃げ屋を使わずに逃げる方法もたくさんありますからね。それでも、社長や会社宛にクレームはよく届きます。つまり、『この夜逃げ屋を使った“かもしれない”』という想像で言っているだけなんですよね」

「夜逃げ屋TSC」では現在、社長もスタッフも、誰ひとり“顔出し”はしていない。もちろん、マンガ家の宮野さんも例外ではない。メディアやSNSで顔を出してしまうと、夜逃げを手伝っている最中に「あの人、夜逃げ屋の人だ。ということはつまり……」となってしまう。それ以外にも、被害者が夜逃げ屋を利用した痕跡は残さないよう徹底している。それでも、クレームは日々届くという。その中には、クレームの域を超えるものも少なくない。

「殺害予告が届くこともあります。メールで届くこともあるし、手紙で届くこともある。事務所宛にかわいい封筒が届いて中身を確認したら、8枚くらいの便箋を真っ黒に塗りつぶすように『死ね』『殺す』という言葉が無数に書かれていたこともありました」

 危険と隣り合わせにもかかわらず、マンガ家の宮野さんが8年以上もこの仕事を続けているのはなぜなのだろうか。

夜逃げ屋の利用者が宮野さんのマンガに救われている理由

「僕のマンガをきっかけに、『自分も変わりたい』と一歩踏み出してくれる読者がいるから、ですかね。この間も、『ずっと親に搾取され続けてきたけど、夜逃げ屋のマンガを読んだらなんだか勇気をもらって、初めて親を拒絶できた』とコメントをいただいて。嬉しかったですね。

 また、ありがたいことに読者だけでなく、マンガに登場している依頼者の方々も『マンガになることで救われている』と言ってくれるんです。夜逃げの依頼者たちは、何らかの事情で家族や知り合い、警察や行政に頼れなかった人が多い。裏を返せば、依頼者を精神的にも肉体的にも追い詰めてきた加害者たちは、何の罰も受けていないんです。

 もちろん、後から被害を訴えることもできます。でも、依頼者は二度と加害者に会いたくないから、それも難しい。そんな依頼者にとっては、『自分のされてきたことがマンガになること』が告発の代わりになっていると感じているそうです。

 たしかに、夜逃げ屋の仕事は危険なことも多い。でも、夜逃げ屋かつマンガ家の僕だから、できることがあると信じています。僕の発信に何かしらの意味を感じてくれる方がいる限りは、夜逃げ屋もマンガ家も続けていきたいですね」

死を選ぶくらいだったら、生きるために逃げてほしい

 2023年6月に第1巻、そして2024年2月に第2巻が発売された『夜逃げ屋日記』。昨年文春オンラインで行ったインタビューでは、「『夜逃げ屋日記』を読んで連絡しました」という依頼が増えていると話していたが、その後の状況はどうなのだろうか。

「『夜逃げ屋』の存在を知る人は、少しずつ増えていると思います。それでも、知らない人のほうがまだ圧倒的に多いですね。

 ニュースを見ていると、DVや虐待で命を落とす人の話題が連日のように流れてきます。僕は、死を選ぶくらいだったら、生きるために逃げてほしいと思う。そのために僕たちのような夜逃げ屋がいるのですが、その認知度はまだまだです。

 夜逃げ屋の存在を知ってもらうために、僕は引き続きマンガを描き続けるし、こうやってメディアの取材も積極的に受けていきたいですね」

〈「母から逃げたいんです」母子家庭育ちの地味な女性。30歳目前で実家から“夜逃げ”する驚きの理由〉へ続く

(仲 奈々)