敷島製パンHPより

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 パンの中にネズミが入っていたというから、見つけた購入者はさぞかし驚いただろう。敷島製パンは5月7日、公式サイトに「お詫びと自主回収に関するお知らせ」を掲載。《パスコ東京多摩工場で生産した「超熟山型5枚スライス」に、異物(小動物らしきものの一部)が混入した》と発表した。

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 この《小動物》は小型のネズミで、山型パンに入っていた《小動物の一部》は5センチ程度の大きさだったという。その後の調査で、ネズミはクマネズミだと判明した。

 東京都ペストコントロール協会という公益社団法人がある。ネズミや害虫の駆除に関する調査や研究、啓発活動を行い、都民の害虫相談にも応じている団体だ。

敷島製パンHPより

 東京におけるネズミの最新状況について取材を依頼すると、技術委員長の佐々木健氏が対応してくれた。まず、敷島製パンの問題について率直な受け止めを訊いた。

「食品工場にとってネズミや害虫の駆除が最重要の課題であることは言うまでもありません。プロの業者に検査や駆除を徹底的に実施してもらっているところが多いでしょう。基本的にネズミは外から工場の中に入ろうとします。駐車場や花壇といった工場の外、つまり敷地エリアを調査すると、かなりの確率でネズミが見つかることがあります。次に工場の中で、生産ラインとは関係のないところで発見することも珍しくありません」

 食品工場と言っても、食品を生産するラインばかりというわけではない。事務を担当するオフィス部分もあるし、休憩所や喫煙所もある。

クマネズミとドブネズミ

「一般に食品工場ではネズミによる被害を未然に防ぐため、定期的な点検と防除による管理を行っています。工場の中でも根幹である生産ラインにネズミが侵入しないよう、捕獲罠などを工場内外に設置して定期的にチェックを行い、さらに侵入しやすい隙間が生じていないか目視で点検を行います」(同・佐々木委員長)

 しかしながら徹底的な点検と防除を行っていても、佐々木委員長は「工場外を徘徊するネズミが偶発的に侵入することもまれにあります」と言う。

「ネズミの侵入を完全にゼロにすることは困難な部分もありますが、その可能性をできる限り低くするための努力が求められます。パン工場の重要な生産ラインにネズミが入り込んだという今回の報道には率直に言って驚きましたが、防除計画の見直しが必要なのは間違いないと思います。」(同・佐々木委員長)

 クマネズミとは初耳であり、ドブネズミと何が違うのかと首をひねった人も多いだろう。どちらもネズミ目・ネズミ科・クマネズミ属に属しているとはいえ、別のネズミと考えたほうがいいという。

「例えばクマネズミとドブネズミは住んでいるところが違います。クマネズミは高いところを好むので、都心のマンションやオフィスビルの天井裏でよく見つかり、3階、4階以上に上ることもあります。一方のドブネズミは地面に近いところを生息場所にしています。繁華街の植栽などの地面で巣を作り、ゴミ置き場などで餌を入手します」(同・佐々木委員長)

増え続ける相談件数

 ちなみに餌を探す時は、クマネズミも地上に降りてゴミ箱などを探す。また同じ属に属しているが、クマネズミもドブネズミも自分たちだけで繁殖を行う。いわゆる“雑種”が生まれることは自然界ではありえない。

 昭和の時代を知っている人なら、古い木造家屋の屋根裏をネズミが走り回る音を聞きながら生活した記憶をお持ちかもしれない。あれはクマネズミだったことになる。

 一方、近年は全国の都市部でタワーマンションが増加したこともあり、「ネズミなんて一回も見たことがない」という人も増えてきた。ならばネズミの相談件数は減少しているのかと思えば、実情は逆だという。

東京都におけるネズミの相談件数は増加を続けています。2018年では2031件だった相談件数が、20年では2880件、23年には3629件に増加しました。防除業務内での個人的な印象としては、都心で多かったクマネズミの防除依頼が、近年では郊外でも多くなっていると思います。ドブネズミについては昔から都心でも郊外でも防除依頼はありましたが、近年は都心でのドブネズミが増えている印象があります。ネズミの発見・相談件数が増えているのは、クマネズミとドブネズミの生息エリアが拡大していることも一因でしょう」(同・佐々木委員長)

ゴミポイ捨ての悪影響

 なぜクマネズミやドブネズミの生息エリアが拡大するようになったのか、それは都心の繁華街で生まれた個体が増えているからだという。

「大きな影響を与えているのが、繁華街でのゴミのポイ捨てです。これまで観光地や繁華街では路上飲食によるゴミ問題が報道されてきました。日本は街の中心地でも街路樹が整備されていることが多く、繁華街でも緑や土があります。ここにドブネズミが巣を作るわけですが、街路樹周りにアルコールなどの飲み残しや、コンビニなどで買った食品を捨てられてしまうとこれはドブネズミだけでなく、クマネズミにとっても格好の“エサ場”になります。その結果、個体数が増加したのでしょう」(同・佐々木委員長)

 そして繁華街でゴミのポイ捨てが増えているのは、やはりインバウンドの増加が大きな影響を与えているようだ。担当記者が言う。

「日本では1995年に発生した地下鉄サリン事件や、カラスの増加、さらに近年のコロナ禍も加わって、街中のゴミ箱が大幅に撤去されてきました。それでも日本人はゴミを持って帰る傾向がありましたが、戸惑ったのは外国人観光客です。観光庁が2019年度に行ったアンケート調査で『訪日外国人が困ったこと』として挙げた第1位はゴミ箱の少なさでした。外国人観光客の中には繁華街での食べ歩きや路上飲酒を体験したいという人も多く、人気のエリアでも公共のゴミ箱が足りません。こうして外国人観光客によるゴミのポイ捨てが増加しているのです」

郊外に住むネズミも増加

 繁華街でクマネズミやドブネズミが増えると、郊外に住むネズミも増える。理由は物流の発達だ。

「まさに郊外の食品工場と、都心の繁華街の間を大量のトラックが何往復もしています。荷下ろしをする際、繁華街で増えたクマネズミやドブネズミがトラックの荷台に侵入し、そのまま郊外に運ばれて、徐々に生息箇所を広げていった可能性が考えられます。こうして東京の郊外でもクマネズミやドブネズミが多数、確認されるようになったのです」(前出の佐々木委員長)

 敷島製パンのネズミ問題も、回り回ってみれば繁華街におけるゴミのポイ捨てに原因があるのかもしれない。

デイリー新潮編集部