1億9,000万円の大プロジェクト

ここ数年、オーディオ製品にはユニークなものが次々と登場しているので全くご紹介が追いついていないのが実情なのだが、クラウドファンディングで支援総額1億9,000万円を集めた製品はそうないと思われるので、今のうちにご紹介しておきたい。

「Cear pavé」(シーイヤーパヴェ)は、シーイヤーが開発した、9.5cm四方のキューブ型スピーカーである。これがなぜこれほどまでに支持を集めたかというと、独自技術によりこのサイズでありながら3Dサラウンドが楽しめるというユニークな設計が注目を集めたものと思われる。

5月末までクラウドファンディング中の「Cear pavé」。外観は最終ではない

開発者インタビューは昨年7月、まだ発売前に藤本健さんの連載でお伝えしたところだが、昨年9月からのクラウドファンディングでの販売も、いよいよ5月末で締め切られることとなった。

これほどまでに支持を集めるスピーカーなら、一度音を聞いておきたい。そんなわけでシーイヤー株式会社からサンプル機をお借りした。なお最終製品は防塵防水性能を上げるということからシーリングが施される予定になっており、外観に関しては最終ではないという。

手のひらサイズのスピーカーから出てくる3Dサウンドとは、どんなものだろうか。さっそく試してみよう。

「1台で3D」の究極の形

現在クラウドファンディング中のCear pavéって、もう売ってたんじゃなかったっけ? とずっとモヤモヤしていたのだが、実は現在クラウドファンディング中のモデルは2世代目なのだそうである。前作よりもDSPを強力に、出力もアップして再登場ということになる。

現在クラファン上では早期割引は終了し、単体は39,800円の定価販売となっている。複数台セットにはまだ割引プランが残っているようだ。カラーはホワイトモデルの他にブラックモデルも追加されている。今回はホワイトモデルをお借りしている。

形状は正面から見ると四隅をラウンドした四角形を奥に向かって突き出したようなデザインで、前後の四辺には樹脂製のガードがあるのが特徴的だ。基本的には、一般的なBluetoothスピーカーと同じように扱えると思っていただいていい。

4隅がラウンドしたキューブ型

スピーカーは正面にはなく、左右に一つずつ、横向きに付けられている。通常ステレオスピーカーは左右の距離を離さないとステレオ感が小さくなってしまうが、本機はたった9.5cmでちゃんとした3Dサラウンド感が得られる。スピーカーは各15Wとなっており、小型の割には合計30Wもあることになる。バッテリーも内蔵しており、再生時間は8.5時間。

スピーカーは真横に配置されている

スピーカーを真横にマウントするという手法は、Cear pavéが最初ではない。2006年ごろにはniro1.comがフロントサラウンドシステムとして、スピーカーを真横に向けて配置するという手法を積極的に展開していた。

1台で3Dサウンドを実現するスピーカーとしては、Amazon Echo Studioがある。これは円筒形のエンクロージャに、正面と左右横向き、上向き、下向きと5つのスピーカーを内蔵する。ソニーの360 Reality Audio向けスピーカー「SRS-RA5000」はさらに多く、7つのユニットを内蔵している。一方Cear pavéはセンタースピーカーも無くして、ステレオ音源をリアルタイムで3D化する特許技術Crea Fieldを使い、2スピーカーだけで勝負する。

内蔵のSoCはQualcomm製「Qualcomm S5 Gen 2」で、 対応BluetoothコーデックはaptX Lossless、LC3、aptX Adaptive、aptX、AAC、SBC。Qualcommが推進する「Snapdragon Sound」対応スピーカーとしては、初の製品となる。入力としてはそのほかに、アナログステレオミニとUSBオーディオに対応する。品質は最高96kHz/24bitまで対応する。

ボタンや端子類は全て背面

上部には4つのマイクを備えており、再生音をモニターして最適な音場を構成するという。また同マイクを使って音声通話にも対応する。制御用ボタンや端子類は全て背面にあり、正面にはステータスを示すLEDもある。

上部に4つのマイクを備える

コントロール用のアプリも提供予定だが、まだ発売前のため、現時点では公開されていない。

色々不思議なことが起こっている

では早速音を聴いてみよう。広がり感の再現という点ではライブアルバムの方が向いているということなので、現在活動中止が伝えられているギタリスト、渡辺香津美が1970年代に率いたKYLYNの「KYLYN LIVE」を聴いていく。

冒頭のギターアルペジオはセンターから聞こえてくるが、ドラムのタムが入っていると急に音像が左右40cmぐらいに広がるのがわかる。広がり感はスピーカーとの距離にもよるが、ニアフィールドとして頭から70cmぐらいの距離に置くと、だいたい顔の中心から90度ぐらいの角度で音が広がっている。

長さ50cmぐらいのサウンドバーで聴いているのと同じぐらいだが、センターから左右までの音の定位が横一列ではなく、多少こちらに向かって湾曲しているように聴こえる。

上向きのスピーカーがないので、音像の上下移動はないが、スピーカー位置よりも若干上の方で鳴っているように感じられる。頭の後ろにまで回り込むといったサウンドフィールドではないが、耳のそばぐらいまで音が回り込んでくるのが感じられる。これはなかなかの体験だ。

音のバランスとしても、中高域はもちろん、低域までかなり頑張って鳴る。このエンクロージャ容積でバスレフ構造でもなさそうなところを考えれば、なかなか聴かせ方が上手いようだ。

どのような鳴り方をするのか読者に体験いただくため、スピーカーの前50cmのところにダミーヘッドマイクを設置して、録音してみた。使用した音源は、フリー音源提供サイト「DAVA-SYNDROME」で公開中の、Flehmann氏による「With You」である。

Cear pavéの音をダミーヘッドで収音。音源は「フリーBGM DOVA-SYNDROME」さんから、Flehmann氏による「With You」を使わせていただいた。

多少音がシャキシャキした感じに聞こえるが、これはダミーヘッドのマイク特性によるものである。音質に関しては参考程度に聴いてほしい。

空間オーディオソースとマイク性能もチェック

ステレオ音源を3D化するというのが本機のポイントだが、空間オーディオで配信されているソースはどうなるのだろうか。

生音のレコーディングに近いものとしては、ブライアン・ウィルソンの2011年のアルバム「At My Piano」は効果がわかりやすい。これはDolby Atmosで配信されているが、問題なく処理されるようだ。むしろ音源をステレオソースに切り替えても、広がり感という点ではあまり効果が変わらない。それだけステレオソース解析による3D化処理が優れているということだろう。

なおAndroidでは、Bluetoothデバイスの詳細欄に「空間オーディオ」のチェックがある。これを入れると、Dolby Atmosのソースに関してはさらに広がり感が増すようだ。

Bluetoothに空間オーディオとLEオーディオのチェックがある

もう一つ3Dオーディオフォーマットとしては、ソニーの360 Reality Audioがある。これもテストしてみたが、どうもうまく処理できないようで、音圧が急に下がってか細い音になる。これはそのまま“食わせる”より、むしろステレオに切り替えて再生したほうが綺麗に3D化されるようだ。

Cear pavéの構造は、ノートPCユーザーにとってもメリットがある。ディスプレイの後ろにスピーカーを置いても、スピーカーが横方向にしかないため、音質や音の広がりにほとんど影響がない。

昨今はPC向け小型サウンドバーも好調なところだが、13インチぐらいのディスプレイならともかく、15インチぐらいになると、サウンドバーよりディスプレイの方が長くなるため、ディスプレイの後ろにスピーカーを配置するのが難しくなる。だがCear pavéはどのみち横方向にしか音が出てないので、ディスプレイサイズに関係なく、真後ろに置いて3Dオーディオが楽しめる。

ノートPCの真後ろに置いても聴こえ方が変わらない

Cear pavéは4つのマイクを搭載しており、自らの再生音をモニターして聴こえかたを最適化している。また通話用のマイクとしても利用できるという。試しにPixel 8の内蔵マイクと比較してみた。4マイクあるのでビームフォーミングも可能だろうと思うのだが、話者が1人だとあまり効果が出ないようで、SNという点ではPixel 8の内蔵マイクの方が良好に拾えるようだ。この辺りは最終品でのチューンアップに期待したい。

音声通話のテスト

総論

Cear pavéを最初に聴いた時は、それほどステレオ感を感じなかったのだが、だんだん耳と脳が慣れてくると、次第に立体的に聴けるようになった。最初からズバッと立体に聴こえる人もいるだろうが、聴こえなくても次第に慣れてくるので、気長に聴き続けるといいだろう。

今回はアプリが配信されていないので、本当にただ音源を鳴らしてみただけだが、いくつかサウンドモードも提供されるようだ。また複数台のスピーカーを組み合わせて鳴らせるAuracastにも対応しており、専用トランスミッタも製品化されるようだ。Auracastは、先週ご紹介した「JBL GO 4」でも対応しており、今後小型スピーカーの対応は増えそうである。

JBL GO 4と違ってCear pavéは単体でステレオ・3Dスピーカーなので、複数台用意することでより複雑なサウンドフィールドが再現できるだろう。

Cear pavé自体も優れたスピーカーだが、本質的には内蔵のプロセッシング技術がコアテクノロジーということになる。今後ライセンスにより別メーカーから同技術の採用製品が登場するかもしれない。

いち早く未来のサウンドフィールドを体験してみたい人にとっては、面白いスピーカーだと言える。