写真(左):山田真市/アフロ 写真(右):スクデットコンサルティング社提供

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 今年もJリーグが開幕し、週末のスタジアムは熱気で包まれている。遠くブラジルからJリーグを見守るレジェンドがいる。元ブラジル代表のオスカール・ベルナルジだ。50代以上のサッカーファンであれば現役時代のプレーを記憶している人も多いはず。

 W杯史上、最も美しいサッカーを見せたチームとして称されるジーコ、ファルカンら「黄金のカルテッド」が出場した82年大会を含め、W杯に3度出場。ブラジル代表において不動のセンターバックとしてキャプテンもつとめた名手だ。

 ともにW杯を戦い、現在は鹿島アントラーズのクラブアドバイザーを務めるジーコ氏について「ジーコは私のあとに来日して一番良いところを持っていったね」と笑いながら話す。もちろん友人同士の冗談だが、実際にオスカール氏はジーコ氏よりも早く日本サッカー、特に横浜マリノスの前身となった日産自動車に真のプロフェッショナリズムを植え付けた存在だった。

 当時の日本にプロチームはなく、一部の選手のみがスペシャルライセンスプレーヤーとしてプロ選手と認められていた時代。まさかブラジル代表の主将が加入するなど誰も想像していなかった。

 日本サッカーに慣れる時間は必要だったが、翌シーズンにチームはリーグ戦、カップ戦、天皇杯の3冠を達成。ワールドクラスの選手が見せたプロフェッショナルなプレーはチームに多大な影響を与え、読売クラブなどライバルチームとの力関係にも劇的な変化をもたらした。

 チームの成長を見届ける形でオスカール氏は日本で現役を終えると、そのまま日産自動車の監督に就任。その後は監督としてキャリアを重ね、京都サンガを初のJ1昇格に導き、日本だけでなくサウジアラビアやアメリカのリーグでも実績を残した。

 現在はFIFA公認仲介人として活動しながら、母国ブラジルでサブコート含めてサッカーコート6面、温泉スパやテニスコートなどの娯楽施設も備えた豪華なリゾートホテルを経営している。

 サッカーとの繋がりは今も強く、ブラジル代表チームやコリンチャンスがキャンプ地として使用するだけでなく、ブラジルサッカー協会の研修会場や2014年ブラジルW杯ではコートジボワール代表チームの拠点地にも選ばれたほどの施設だ。

 またサンパウロ州2部に所属するプロチーム「ブラジリスFC」のオーナーでもあり、U-20までの将来有望な選手をあつめて育成する形のチーム経営を行なっている。すでにブラジル国内だけでなく海外で活躍する選手たちも出てきており、Jリーグでも昨年まで鹿島アントラーズに所属していたディエゴ・ピトゥカがブラジリスに在籍した経歴をもつ。