進化し続けるAI技術、メタバースは戦争をどう変えるのでしょうか(写真:wakamatus.h/PIXTA)

いまだ終結の糸口がみえないウクライナ侵攻では数多くの犠牲者が出ましたが、元航空自衛隊空将の長島純氏は、「未来の戦争では、戦場から人がいなくなる可能性がある」と説きます。同氏の新刊『新・宇宙戦争』より、AI技術、メタバースの進化が、戦争をどう変えるのかご紹介します。

未来の戦場――人間のいない戦争

将来、戦闘の概念は根本的に変わると思われます。敵を探し回る自動徘徊型の無人戦闘車両、空母に襲いかかる数万もの小型ドローンの群れ、空中戦の只中にもパイロットに戦い方のアドバイスを行なうバーチャルアシスタント、リアルタイムの情報を基に自律的な攻撃を行なう空対地ミサイル。

これらは、一見すると荒唐無稽にも見えますが、人工知能(AI)を備えるインテリジェントな自律型無人システムやロボットが主役となるような未来の戦場では人間が主役とはならないかもしれません。

これは2019年公表の中国国防白書で言及された「智能化戦争(Intelligentized Warfare)」や、米陸軍が公表した「SF:2030−2050年の戦争の未来像」で描かれた世界観でもあります。

その戦いの中核となるAIは、アルゴリズムとデータによって進化を続けるデジタル・エコシステム(生態系)であり、人間が実証的に使用しながらデータのインプットを繰り返すことによって進化を遂げていきます。

中国がAI技術を智能化戦争に適合させ、アメリカに対して優位を確保するためには、量子(計算機)、高精度センサー、画像認識システム、超高速ネットワーク、ビッグデータなどのデュアルユース(軍事技術にも応用し得る先進的な民生技術)の先端技術が不可欠であり、それらを有機的に組み合わせながら、軍隊を未来に適合させることが大きな課題になりました。

また、アメリカの高度なシミュレーション技術の重要性は高く、アメリカで検証や使用が始まっているライブ・バーチャル・コンストラクティブ(LVC)にも注目が集まっています。

LVCは、実際の装備品などを用いた現実的(Live)訓練、シミュレーターなどによる仮想的(Virtual)訓練、そしてネットワークやコンピュータの支援に基づく建設的(Constructive)訓練を有機的に統合することで、仮想現実融合空間での戦いを現実のものとします。

さらに、宇宙やサイバー空間の重要性が増大し続ける中で、デジタルツイン(サイバー空間内に現実空間の環境を再現すること)となった仮想・現実空間で戦争が行なわれ、メタマゲドン――メタバース空間から現実世界へとシームレスに波及する究極の戦争が生じ得る可能性が視野に入ってきました。これが戦争の最終形となるかもしれず、人間のいない戦争を前提とした、未来への備えが求められる世界になったのです。

認知領域への攻撃

現在、黎明期にある第4次産業革命においては、あらゆるものがインターネットにつながり(IoT:Internet of Things、モノのインターネット)、デジタルの世界と物理的な現実世界、さらに人間そのものが融合する環境が整備されつつあります。

このような技術環境の中で、AIが、物理的な実装化にとどまらず、現実空間と融合を深める仮想空間へ、そしてさらには認知空間へと、その応用の領域を広げていくことが懸念されます。

例えば、AIによる偽の動画や音声を作り上げるディープフェイクと言われる情報操作もその1つであり、今後、先端技術を用いた偽情報の流布にも警戒を強める必要があります。

アメリカ務省は、2020年5月8日、中国外交部がツイッター(現X)のプラットフォームにAIを使った「ネット水軍」を大量に投入したとして、中国の智能化戦争の中に偽情報攻撃も加わった可能性を指摘しました。2003年以降、中国では、有利な周辺環境など作為するために、「三戦」と言われる輿論戦(よろんせん)、心理戦、法律戦を展開しています。

「輿論戦」は自軍を鼓舞するための輿論形成を図るもので、日本の首相の靖国参拝に反対することもその一種です。「心理戦」は敵の抵抗意志を削ぎ、自らの意志を強制するためのもので、2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件におけるレアアースの禁輸などが該当します。

「法律戦」は自軍の行動が合法であることを主張し、相手の行動を違法だと非難するもので、一方的な法律を制定して海南省周辺海域からベトナム漁船を法的に排除したことなどが挙げられます。

現在の偽情報などによる認知領域への攻撃は、この三戦をより洗練させ、進化させたものと見られます。それはあらゆるディバイスから収集された個人情報や一般情報がビッグデータ化する中で、より精緻で効果的な手段として着実に進歩を遂げているからです。

近年のデータ駆動の経済においては、SNSや携帯アプリなどから収集された幅広い情報がビッグデータとして蓄積される結果、選択的かつ効率的に、それらのデータを攻撃のデータとして悪用することが懸念されています。

人間が使用するディバイスから収集されたビッグデータを使い、攻撃者側は攻撃態様、時期などを主体的に決定し、逆にそれらのディバイスに対して特定の偽情報を流すことで、人間の認知領域への攻撃を行なっているのです。

中国ではAI技術で偽情報を発信するシステムも

このような攻撃は、ロシアがクリミア侵攻やジョージアでの作戦において展開したハイブリッド戦争の一形態でもありますが、中国はその手法を研究し、AI技術をさらに取り入れることによって、より効率的な偽情報を発信するシステムを作りつつあるでしょう。

今後、ICTの進化によって領域間の相互連接性が一層強まる結果、現実空間と仮想空間が融合を進める環境下において、戦闘領域を横断するシームレスな戦い方が主流となります。先進技術の進化を捉えて、それらの先進技術の実装化をいかに早く実現し得るかが鍵となります。人間が最終的判断を行なうのは変わらないとしても、作戦の展開の加速化につれて、人間そのものの関与がより低下していく可能性があります。

このように、先進技術の指数的進化によって現実・仮想融合の社会環境が進み、また、人類のコモンズ(共有財)の安全保障に対して関心と注目が高まる中、将来的にサイバー空間「メタバース」をコモンズの1つとして捉え、先行的に、安全保障上の影響について検討を続けながら、具体的な対応を準備する必要があります。

メタバースは、ソーシャルメディア、オンラインゲーム、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、暗号通貨などの多様な要素を含み、ユーザーが仮想的に活動できるデジタル現実と考えられ、新たなサイバー空間の概念を意味します。そこでは、最大の特徴として仮想空間における参加者たちが、現実空間では経験できないような体験を共有し得ることが挙げられます。

さらに、仮想空間における持ち物、通貨、サービスなどが現実世界と紐付き、暗号通貨などの利用によってその価値が保障されるようになるかもしれません。その結果、増大し続ける利用者は時間と空間の概念が変化する世界への没入感をより強めていくでしょう。メタバース空間への自由で安全なアクセスと利用の確保が喫緊の課題となる理由なのです。

現在、このメタバース空間は、特定の複数IT企業による運用が始まったばかりであり、投機的性格の強い閉鎖的なサイバー空間に過ぎないと見る傾向もあり、その将来性が未知数であることは確かです。しかしさほど遠くない将来、技術の進化に伴って公共性の高いサービスがメタバース空間で提供され、SNSと同様に、市民レベルのコモンズとして急速に利用が進む可能性は高いと思います。

その流れの中でメタバースは、ゲームや人的交流のためのプラットフォームのみならず、経済活動の新たな領域として利用が加速する可能性を秘めており、利用者の急増に伴って仮想空間における犯罪や違法行為が増大する懸念があります。

メタバース空間における戦争――メタマゲドン

さらに、空間内の所有権を巡る法的規制が国家レベルで強化されるにつれて、メタバース空間での治安や安全保障上の問題が一層深刻化する可能性も高まっていきます。さらに、EDTs(Emerging and Disruptive Technologies:新興・破壊的技術)によって現実空間と仮想空間の接続性がますます深まる中で、メタバース空間における秩序維持や危機対処という点で、軍事的関与やプレゼンスが求められる危機的事態にもつながりかねません。


将来的に、メタバース空間を宇宙、サイバー空間と同様に、軍事的な作戦領域の一部と位置づけ、安全保障面における対応のあり方を試行錯誤すべきです。そして今後、メタバース空間における抑止が破綻し、メタバース空間から現実空間へと攻撃の影響がシームレスに波及していくという「メタマゲドン(Metamageddon)」にも備える必要があります。メタマゲドンは、「Metaverse」と「Armageddon(神が悪魔と戦って究極的に勝利をおさめる場所とされる)」を組み合わせた多次元領域融合の戦争を指します。

メタマゲドンにおいては、メタバースが依拠するサイバー空間の脆弱性を掌握し、速やかな被害復旧、原状復帰を図るためのレジリエンス能力を蓄えておくことが攻防のポイントになります。

将来的に、デジタルツインとして潜在的なデジタル資産を蓄えるメタバースは、一つの国家的な基盤システムとなる可能性があります。その際、公共財としてのメタバース領域を、あらゆるリスクや脅威から守り、これらを持続的かつ安定的な領域として確保する視座が求められます。

それを、特定の専門家や一国だけの力で達成することは現実的ではなく、多様性を有する組織横断的な連携や、国際的な多国間協調・協力の上に初めてメタバース領域の安全が成り立つことを理解すべきです。

(長島 純 : 在ブルキナファソ日本国特命全権大使 兼 中曽根平和研究所 研究顧問)