前橋市長選での敗北を受け、支持者にあいさつする山本龍氏(写真:時事)

2月4日に投開票された前橋、京都両市長選の結果が自民党に衝撃を与えている。保守王国・群馬では自公推薦現職が大敗、「非共産対共産」の構図となった京都では、自公に立憲民主、国民民主が推薦した最有力候補が、共産支援の候補にあと一歩まで追い詰められたからだ。

今回の選挙結果を客観的に分析しても「裏金事件での自民党の拙劣な対応への有権者の怒りの表れ」(自民長老)であることは明らかだ。各メディアの出口調査では保守層が棄権するか一定割合が共産支援の候補に投票したとの分析もあり、「まさに、自民への不満、不信が有権者の投票行動を一変させた結果」(自民選対)であることは否定しようがない。

最新の各種世論調査では、下げ止まったとみられていた岸田文雄政権の内閣支持率も再下落、しかも自民党の政党支持率は多くの調査で「過去最低」となっている。ただ、その一方で、立憲、日本維新の会の「2大野党」も支持率は低迷したままで、「現状では直ちに政権交代という可能性は低い」(選挙アナリスト)との見方もある。

そうした中、当面の焦点の4月28日投開票の統一補選として実施される島根1区、東京15区、長崎3区については、今回の両市長選結果も踏まえ、自民党内でも「与野党対決の構図となれば全敗しかねない」(選対幹部)との危機感が広がっており、「その場合は党内で本格的な岸田降ろしが始まる」(麻生派幹部)と予測する声も出始めている。

山本・群馬県知事が「初めて目撃した現象」と驚く

まず、前橋市長選は、自民、公明両党が推薦した無所属現職として4期目を目指した山本龍氏を、立憲、共産などの地方議員から支援を受けた元県議の新人、小川晶氏が大差で破り、事実上の与野党対決を制した。福田赳夫、中曽根康弘両元首相(いずれも故人)ら首相を輩出し、県選出の全国会議員が自民という全国でも有数の保守王国・群馬での野党系候補の圧勝は、裏金事件での自民批判の厳しさを立証した格好だ。

自民党参院議員を4期務め、2019年7月に知事に転身し、今回も現職を支援した山本一太同県知事は、選挙結果を受けて自らのブログに、「今回の選挙は、現職陣営の完敗だ!!(キッパリ)」と書き込んだ。

同知事は約1万4000票差の敗北について「思った以上の差がついた。投票率は、前回より3.77ポイント低い39.9%だった!! 投票率が4ポイント近く低下したことを見ると、今回の選挙で新人候補のブームが起こったわけではないことがよく分かる!!」と指摘。

そのうえで「最大の要因は、『本来なら現職候補を支持してもらえるはずの保守系の票』の一部が、相手候補に取り込まれたことだ!! 加えて、『無党派層からの支持』という点で、終始、新人候補に大きく水を空けられていたことも、主要な敗因の1つだろう」と分析し、「30年近い政治家としてのキャリアの中で初めて目撃した現象」と驚きを隠さなかった。

京都は福山氏が「負けても勝利」と胸張る

一方、京都市長選は、自民、立憲、公明、国民民主の4党が推薦した元官房副長官で新人の松井孝治氏が、共産党が支援した弁護士の福山和人氏と「大接戦の末の辛勝」(自民府連)を余儀なくされた。

選挙戦は4期16年務めた前市長・門川大作氏の引退表明を受け、新人5人の争いに。その中で、松井氏は、自民、立憲など4党に加え、門川氏や各経済団体、連合京都などから幅広い支援を受け、「非共産候補」として万全の態勢で圧勝を狙った。


京都市長選から一夜明け、現職の門川大作市長(中央)と握手する当選した松井孝治氏(右)(写真:時事)

しかし、共産党支援の福山氏に得票率で約3.5ポイント(約1万6000票)差まで迫られた。各中央紙の出口調査などでは、投票した有権者の6割超が「政治とカネ」の問題を考慮したと回答するなど、自民の裏金事件への有権者の厳しい判断が、大接戦の要因となったのは間違いない。

選挙戦序盤から防戦を強いられた松井氏陣営は「自民色を前面に出すのは逆効果」と判断し、自民執行部も党幹部の応援演説を控えた。このため、自民府連は松井氏の当選を受け「膿(うみ)を出し切って、国民の政治不信を払拭(ふっしょく)しなければならない」と厳しい表情で語った。

自民に代わって選挙戦を主導した岡田克也・立憲幹事長は5日、「自民はほとんど動けなかった。やはり自民に対する逆風はあると思う」と思わざる辛勝に肩を落とした。対照的に、敗北した福山氏は「政治に対する市民の不満がマグマのようにたまっていた。ここまで肉薄できたのは市民の勝利だ」と胸を張った。

両市長選結果の最大の特徴は、投票率が上がらなければ有利となるはずの組織票を持つ自公支援候補が、保守層が敵視するはずの共産系候補に惨敗や苦戦するという「これまでにない戦いの構図」となったことだ。特に出口調査などでの無党派層の支持動向をみると「自民支持の激減」は明らか。だからこそ、4・28統一補選への自民の危機感が広がるのだ。

「4・28補選」は「自公VS乱立野党」の構図に

その統一補選だが、現状では細田博之前衆院議長の死去に伴う島根1区、柿沢未途前法務副大臣の議員辞職に伴う東京15区、裏金事件で立件された谷川弥一前衆院議員の議員辞職に伴う長崎3区の3か所となる見通し。この3補選で自民の司令塔となる茂木敏充幹事長は2月1日のBSフジ「プライムニュース」で「2つ不戦敗はありえない」として最低でも2つの補選での候補者擁立を明言した。

まず島根1区補選は、安倍派前会長の細田博之前衆院議長の死去に伴うもので、自民党島根県連は1月16日、同補選に新人で元財務官僚を擁立する方針を決めた。これに対し、立憲民主は同選挙区で比例復活した衆院議員を、さらに共産党も独自候補をそれぞれ擁立することを決めており、与野党対決の構図となるのは確実だ。

そもそも故細田氏については、自民の裏金事件を巡って「安倍派会長として直接関与した」(司法関係者)との指摘もあり、同補選の自民新人候補も「苦戦必至」との見方が少なくない。ただ、次期衆院選で立憲との野党第1党争いを目指す維新も独自候補擁立の構えで、「野党乱立となれば、公明の支援も受ける自民が優位」(選挙アナリスト)との声も出始めている。

次の東京15区も、この「自公対乱立野党」の構図となる可能性が大きい。衆院は2月1日の本会議で、江東区長選での買収容疑により逮捕・起訴された柿沢氏の辞職を許可。これを受けて各党はそれぞれ擁立候補の選任を進めているが、自民、立憲、維新の“3強”に加え、「新興勢力」として注目されている日本保守党も候補擁立の構えだ。

作家で同党代表を務める百田尚樹氏は2月3日、ネット上で同補選について「誰かを立てます。初陣になります」と明言した。昨年9月結成の同党にとって初の国政選挙となり、百田氏は出馬希望者との面談を経て、近く候補者を決めて公表する見通しで、今後の展開次第では島根1区以上の「野党乱立」となる可能性がある。

長崎3区は自民内に「不戦敗」論も

一方、残る長崎3区は「他の2補選と状況を異にする」(自民選対)。自民裏金事件で立件され、自民党を離党したうえで議員辞職した谷川氏の後任を決める補選となるが、自民党内には「主戦論」と「不戦敗論」が交錯している。

というのも、すでに決まっている衆院選挙区の「10増10減」で、次期総選挙から同県内の選挙区は1減となる。しかも、今回補選となる3区は新2区と新3区に分かれるため、「補選で当選しても、次期衆院選で新たな選挙区から立候補できる可能性は低い」(自民選対)とみられているからだ。

自民県連幹部も「自民の候補擁立には大義がない」と語るなど県連内には「不戦敗論」がくすぶる。その一方で「(逆風でも)立候補すること自体がみそぎだ」との「主戦論」も多く、自民内の調整は難航必至。これに対し立憲はすでに同区を地元とする衆院議員=比例九州=の擁立を決定。さらに維新も2月6日、新人を擁立する方針を固め、近く正式発表する段取りだ。
 こうした状況から、永田町では「3補選とも野党乱立なら自民の漁夫の利による勝利もあり得る。要は、4月以降の政局展開次第」(選挙アナリスト)との見方がある。ただ、7日の衆院予算委基本的質疑でも岸田首相は野党の追及に防戦一方で、しかも“論点外し”の答弁が目立つことから「今後も国民の岸田批判は強まるばかりで、楽観論などあり得ない」(自民長老)との厳しい声も広がる。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)