大谷翔平の緻密な目標に松井秀喜が驚き ドキュメンタリー映画を撮った時川徹監督が明かす制作秘話
大谷翔平ドキュメンタリー映画
時川徹監督インタビュー 前編
FA権を取得し、シーズンオフの移籍市場でも注目を集める大谷翔平に密着したドキュメンタリー映画『Shohei Ohtani - Beyond the Dream』が、動画配信サービス『ディズニープラス』で独占配信されている。大谷本人や関連が深い人々のインタビューを中心に構成された本作では、幼少期からメジャーリーグで活躍を続ける今までの歩み、大谷の本音に迫る内容になっている。
本作の監督を務めた時川徹氏に、制作の経緯や大谷の印象、ペドロ・マルティネズ氏や松井秀喜氏などの取材などから見えた大谷の人物像について聞いた。
大谷翔平のドキュメンタリー映画『Shohei Ohtani - Beyond the Dream』 © Rivertime Entertainment Inc. ™/© 2023 MLB
――まずは、『Shohei Ohtani - Beyond the Dream』を撮影することになった経緯を聞かせてください。
「大谷選手とはコロナ禍になる前から面識があり、普段のお話の中で撮影させていただく流れになりました。今年も2度目のア・リーグMVPやアジア人初の本塁打王を獲得するなど、アメリカでも目覚ましい活躍を見せる姿を『映画のようなドキュメンタリー映像として残したい』と思い、FA権を取得してキャリアの節目を迎える今のタイミングで発表できるように準備を進めました」
――大谷選手の印象は?
「野球における活躍はみなさんご存知でしょうが、お会いした時に感じるオーラ、カメラのフレーム越しに見る姿も圧倒的で、"映画スター"の要素も備わっているんだと思いました。エネルギーに満ち溢れているはずなのに、普段の過ごし方は至って自然体で、『地に足がついた素晴らしい方だな』と驚かされたことを覚えています」
――あらためて、大谷選手を題材に映像を制作しようと思った理由は?
「スポーツ選手、役者さんには『身体ひとつで勝負している』という共通点があります。いずれも人間としての身体の動きや美しさ、力強さを備えていますし、『身体の限界に挑み続ける人間の姿を描く』という点では、大谷選手はこの上ない"役者"でもありました。『大谷選手が秘めるエネルギッシュな部分を、多くの方に感じ取ってもらいたい』という思いが、今作の制作に繋がりました」
【ダルビッシュ有、松井秀喜、ペドロ・マルティネズも登場】――撮影で苦労した点はありますか?
「野球などのスポーツは、少しでも目を離すと奇跡的な瞬間を撮影できなくなってしまうことがあるので、一瞬たりとも気を抜けません。なので、フォトジェニックで感動的な場面を撮るための試行錯誤がありました。
そんな我々に対して、普段からスタジアムで取材されているスポーツカメラマンのみなさんが本当にいろんなことを教えてくださった。"部外者"である我々を温かく迎え入れ、さまざまな形でサポートしていただけたことを本当に感謝しています」
――時川監督が気に入っているシーンはありますか?
「試合のシーンもそうですが、『予想以上に素晴らしい映像が撮影できた』と思ったのは、大谷選手の故郷・岩手県水沢市(現・奥州市)の豊かな自然の風景です。美しい場所であることは事前にわかっていましたが、実際に太陽の光が降り注ぐ景色を目にすると、その素晴らしさに圧倒されてしまって。大谷選手が幼少期にプレーしたグラウンドの素晴らしい画も撮れましたし、個人的には満足度の高い仕上がりになりました」
――ダルビッシュ有投手や松井秀喜さんなど、豪華な共演者も目を引きました。
「そうですね。このドキュメンタリー映画を撮るにあたって、僕は『これまでに世に出ている大谷選手に関する記事のほぼすべてに目を通した』と言ってもいいくらい、多くの記事を読みました。その中で、大谷選手が子供の頃に憧れていた方や、野球人生において繋がりの深い方を中心に選ばせていただきました」
――大谷選手をはじめ、スター選手や大物の取材はスケジュールを確保するのも大変だったんじゃないでしょうか。
「大谷選手の撮影は『時間が取れる時にお願いする』という感じだったので、直前で撮影の予定が組まれたり、時には撮影がなくなることもありましたが、そこは覚悟していました。ペドロ・マルティネズさんにインタビューした翌日に、急遽ダルビッシュ投手の撮影が決まって、アメリカから宮崎に出向くことになったり、台風の影響で岩手の空港に着陸できずに足止めされたり......それでも、"出たところ勝負"の状況を楽しみながら撮影できました」
――撮影中の不測な事態が、作品の仕上がりに影響を与えている点はありますか?
「映像の撮り方は監督によってさまざまなスタイルがありますが、僕の場合は行き当たりばったりの制作とはいえ、『使うかわからないけど、とりあえずカメラを回しておく』といった方法ではなく、思い描いた映像を完成させることを軸にして撮影に臨みました。もちろん予想外の映像が撮れることもありますが、『このふたつのシーンを繋ぎ合わせたら、よりいいシーンになるかもしれない』と、完成後の映像をイメージしながら制作しています」
――ペドロ・マルティネズさんは、大谷選手のことを「器用さを学んだ選手」と紹介しています。幼少期の大谷選手が、あまり長身でないペドロ・マルティネズさんの細かな工夫に気づき、自身に取り入れようとしていたところにも驚かされました。
「そうですね。大谷選手は野球に対して本当に研究熱心ですし、子供の頃からさまざまなことを実践できていたことも素晴らしいです」
――2009年のワールドシリーズで、当時フィリーズのペドロ・マルティネズさんから本塁打を放ち、世界一とMVPを手にした松井さん(当時ヤンキース)の活躍について、大谷選手は「テレビで見ていた」そうですね。
「大谷選手が生まれ育った岩手県水沢市(現・奥州市)は、どちらかというと地方と言われるようなエリアですが、幼少期からMLBの試合やワールドシリーズを見ることができたのは、インターネットが発達したおかげ。かつては書籍やDVDを購入しないと触れられなかった情報に簡単にアクセスできるようになったことが、大谷選手の野球観に大きな影響を与え、夢を育むきっかけになったんでしょう」
【松井が「今の高校生でこれができる選手はいない」と驚き】――作中には、高校1年生の大谷選手が目標を記した表が登場し、それを見た松井さんが驚いているシーンもありました。
「高校生の時点であれだけ緻密な目標を設定できるのもすごいですが、僕が驚かされたのは大谷選手の『気負いのなさ』です。高校生くらいの男の子なら『そんなに必死になったらカッコ悪いかも......』という気持ちが湧き上がってきても不思議じゃないのに、高校時代の大谷選手からは、そういったものを微塵も感じないんです。本人は『ただ思いつきで書いただけです』と話していましたけど、日頃から目標にじっくり向き合っていないと、絶対に書けないようなものだと思います。
松井さんは『今の高校生でこれができる選手はいない』とコメントされていましたが、その言葉が指しているのは、大谷選手の思考の深さと、周囲を気にせずにやるべきことを実行できる素直さに対する驚きなのではないかな、と僕は解釈しています」
――撮影中、大谷選手の「聡明さ」を感じることはありましたか?
「大谷選手はとても知的で、カメラの前に座って話す言葉の端々に輝くものを感じましたが、彼はそれを他人にひけらかすことは決してありません。素晴らしい言葉の数々と、本人の自然な振る舞いのギャップが強く印象に残っています」
――大谷選手はこのオフにFA権を取得し、来季はさまざまな環境の変化がありそうです。WBCの様子を収めたシーンでは、大谷選手の「勝利に対する渇望」も描かれていますが、時川監督の大谷選手に対する思いや、今後に期待することを聞かせてください。
「『勝ちたいチームに行きたい』というのも判断材料のひとつだと思いますが、水が高いところから低いところに流れていくように、大谷選手が心から信じた場所に導かれていくことが理想的なんじゃないかなと。大谷選手がどのような決断を下すかわかりませんが、来季以降も身体に気をつけながら、自然体のままで頑張ってほしいです」
(後編:地方から規格外スターが生まれた理由「都心だとスケールダウンにつながるリスクもあった」>>)
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【プロフィール】
時川徹(ときかわ・とおる)
ロサンゼルスを拠点とする映像監督。幼少期をアメリカとインドネシアで過ごす。東京大学を卒業後、広告代理店の電通でCMプランナーとしてキャリアをスタートしたあとに独立。パリとロンドンで音楽とファッション業界のディレクターとフォトグラファーとなり、映像制作の道に入る。短編映画『NOODLE SOUP』と『A BOX』は、ボストン、サンパウロ国際映画祭、カルロヴィ・ヴァリ映画祭、レインダンス映画祭などに正式上映され、『浮世絵ヒーローズ』はHotDocsに正式出品された。伝説のロックバンドKISSとの音楽ドキュメンタリー 『KISS vs. MCZ 』はメルボルン国際ドキュメンタリー映画祭のオフィシャル・コンペティションに選出され、ニューカッスル国際映画祭ではブレイクスルー・フィルムメーカー賞を受賞した。現在はロサンゼルスを拠点とする企画制作会社RIVERTIME ENTERTAINMENT INCの代表を務める。