「この映画でBLの世界を表現できるのは僕と愛之助さんとのシーンだけだから」GACKT自ら監督に願い出た、たこ焼きソースの演出
大ヒット映画の続編『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』で主演を務めたGACKT。「おもしろいのか、笑えるのか、わからないまま演じていた」と語る撮影の裏側と、意外にも不器用な素顔に迫った。
麻実麗のぶれない魅力
──『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』(2023)は大ヒットした『翔んで埼玉』(2019)の続編です。再び麻実麗(あさみ・れい)役を演じることについて、どのような気持ちで撮影に臨まれたのか教えてください。
ボクが身体を壊したことにより(2021年9月より、神経系疾患と重度の発声障害で休養)撮影が1年以上延期になったにもかかわらず、スタッフや共演者のみなさんが待っていてくれたことがうれしかったです。「みんなが思っている以上の作品にしよう、自分にできることはすべてやろう」と思って臨みました。
麻実麗については、2作目だからといってバージョンアップする気持ちはなく、逆に1作目の麻実麗をキープしなければと考えました。続編は前作よりおもしろいところを見せたくて過剰表現になりがちです。しかし、やりすぎてしまうと本来のキャラクターの個性が変わってしまうので、過剰にならないように意識して演じました。
──確かに、本作でも埼玉の平和のために全力で闘う麻実麗の姿は、まったくぶれていませんでした。
そもそも麻実麗は魔夜峰央先生の「パタリロ!」に登場するジャック・バルバロッサ・バンコランというキャラクターが軸になっています。バンコランはファンが多い人気キャラクターなので、その系譜である麻実麗の軸も壊してはいけないと思っています。
麻実麗と共に日本埼玉化計画を推し進める壇ノ浦百美を演じたのは、前作に引き続き二階堂ふみ(左)
©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会
──最初に脚本を読んだ感想は? おもしろくなりそうだという予感はありましたか?
文字でおもしろさが伝わる作品ではないので、脚本だけだと「これ大丈夫?」「何をもってこれをおもしろいと思うのか理解できない」と思いました。でも武内監督の脳内には完成した『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』の世界がある。ボクたち俳優はそれを信じてついていくしかないのです。
正直、撮影に入ってからも、おもしろいのか、笑えるのか、わからないまま演じていました。でもそれでいいんです。撮影現場のスタッフやキャストの間で笑いが起こるものは、内輪ウケで終わってしまうことが多い。それは作品にとってあまりいいことと思えないので。
──いいことではない、とは?
現場で笑いが発生しているものは客観性が欠けている場合が多いので、その場でおもしろくてもお客さんに届くかわからない。この映画の現場は、常に客観性を大切にしていました。
そもそもアドリブでおもしろくしようとすると、監督に「そういうのいらないから」と、バッサリ斬られますから。武内監督がスクリーンの外に届けようとしている笑いは俳優たちにはわからない。俳優はひたすら真剣に演技をするだけです。
『翔んで埼玉』が持つBL感を出したかった
関西を牛耳る冷酷無慈悲な大阪府知事・嘉祥寺晃を熱演した片岡愛之助
©2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会
──本作では、片岡愛之助さん演じる大阪府知事・嘉祥寺晃(かしょうじ・あきら)との“たこ焼きのシーン”が、なまめかしくて、おかしくて印象的でした。
原作漫画の『翔んで埼玉』はBLの世界を描いています。壇ノ浦百美(だんのうら・ももみ/二階堂ふみ)も、続編に登場する桔梗魁(ききょう・かい/杏)も性別は男性ですが、映画では女性が演じているのでBL感が薄い。
この映画でBLの世界を表現できるのは愛之助さんが演じる嘉祥寺晃とのシーンだけだから、武内監督にBLらしさが垣間見られるシーンにしたいと相談して。監督が「任せます」と言ってくれたので、あのたこ焼きのソースを舐め回すシーンになりました。
──麻実麗とご自身の共通点はありますか?
顔ですかね。あと目の前で起こるトラブルに対してできる限りの方法で対処していく適応能力があるところは似ているかもしれません。周囲から反対されても、それをやらないと前に進めないと思ったら、必ず思いを遂げる。そこはボクと麻実麗の似ているところです。
──麻実麗のいちばんの魅力はどこだと思いますか?
トラブルが向こうからやってくることじゃないですか? そのほうが人生は楽しいし、ボクもそこは同じですよ。
──この映画は埼玉をディスりつつも、埼玉愛を貫いています。GACKTさんは沖縄出身ですが、故郷の自慢は?
自慢になるかはわかりませんが、大半の沖縄の人たちは時間の感覚がバグってます。もちろん、そうじゃない人もいるんでしょうけど。
基本は、朝、昼、夜の3つしか時間の観念がない。本土の人が沖縄に住むと誰も約束を守らないと言ったりしますが、そもそも、時間の観念が24時間ではなく、3区画しかないので、それを沖縄の人に求めるのは無理があります。
なので、沖縄に行ったら朝昼夜の3つの時間の感覚で生活してください。イライラすることがなくなりますから。
完璧じゃない。諦めないだけ
──体調不良による無期限の休養から復帰されて2年ほど経過していますが、休養している間に気持ちの上での変化はありましたか?
やっぱり死を隣に感じたので、今は生きてるだけで感謝してます。毎朝、目が覚めると「お! まだ生きてる、ラッキー!」って思うようになりました。
──麻実麗は高校生という設定です。GACKTさんが高校生のころ、どんな学生でしたか?
体が弱かったのであまり思い出はありませんが、当時の自分に声をかけられるなら「医者や薬に頼らず、食事を変え、トレーニングしろ」と言います。いや、むしろ、ボクが料理やトレーニングのメニューをすべて考えて渡したいです。
──何をやってもスマートにこなすイメージがあります。弱点はありますか?
ボクは完璧じゃないですよ。むしろ逆です。何をやっても習得するのが遅いので時間がかかります。ただ諦めないだけで。願いが叶うなら、脳を取り替えてください。もう少しスペックの高い脳が欲しいです。
──海外で生活していると、日本のことを俯瞰で見られるのではないかと思います。今の日本のエンターテインメントは、GACKTさんの目にどう映っていますか?
エンターテインメント自体は業界が縮小しています。パイが少なくなっている現状で、日本国内だけでの活動にはやはり無理があります。海外での活動も含めて展開する必要があると思います。
日本はやはり、今でも鎖国的感覚が他の国よりもはるかに強いので、政策も含めて海外での活動をバックアップする動きが必要なんじゃないでしょうか。
取材・文/斎藤香 撮影/小田原リエ ヘアメイク/タナベコウタ スタイリスト/Rockey
『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』(2023)上映時間117分/日本
かつて東京から蔑まされていた埼玉県人は、通行手形制度を撤廃し、自由と平和を手にいれた。その立役者・埼玉解放戦線を率いる麻実麗(GACKT)と壇ノ浦百美(二階堂ふみ)は、「日本埼玉化計画」を推し進めるべく、横のつながりが薄い埼玉県人をひとつにするため、越谷に海を作る計画を立てる。白く美しい砂を手に入れるために和歌山へ向かった麻実麗は、滋賀解放戦線の桔梗魁(杏)と出会う。そこで目の当たりにしたのは関西の“超・地域格差”!大阪府知事・嘉祥寺晃(片岡愛之助)の恐ろしい陰謀は、やがて日本全土を巻き込む東西対決へと展開していく!
大ヒット上映中
配給:東映
公式HP:https://www.tondesaitama.com/about/
GACKT
1973年7月4日生まれ。バンドを経て、99年にソロ活動を開始。表現者として音楽活動だけでなく、俳優としても活躍している。2003年『MOON CHILD』では原作・脚本・主演。2007年大河ドラマ『風林火山』(NHK)で上杉謙信役を熱演し、話題を集めた。2010年『BUNRAKU』でハリウッドデビュー。2019年に二階堂ふみとW主演した『翔んで埼玉』が大ヒット。2024年、「GACKT LAST SONGS 2024 feat.K」公演を全国5都市で開催する。