人生100年時代、第二の人生をガラリと変える人もいます。結婚、子育て、離婚、病気の発症を経て、53歳でスペイン留学を決めたRitaさんの連載。今回は、留学生活がスタートした当時のことを振り返ってもらいました。

53歳、留学生活が始まった当時のことを振り返る

留学先として選んだ土地はスペインの「マラガ」でした。地中海沿いで一年中気候が安定し、海があり山がありのんびりした街。寒がりな私でも1人で元気に生きていられそう…そんな思いで選んだのです。

眩しい太陽が照り、ヤシの木がそびえたち、歩いているだけで気持ちのよい環境、「ここで生活できること」をとてもうれしく感じました。ただ言葉がまったくわからず、看板を見てもお店でも辞書アプリでいちいち検索。周囲の会話もBGMのようにしか聞こえず、早口で話されると余計に「あ、もうだめだ」と耳が閉じる感覚でした。でもここで生きるんだから何とかしなくちゃ、と歩きながら単語帳をめくる日々。

しかし「よし! がんばるぞ!」ではなく「文章になんて到底できない…」と、早速途方に暮れて、私は到着早々弱気でした。後々ネット検索で、この「できない」と思う感覚が語学勉強でいちばんよくないと書かれていて、ハッとしました(笑)。

●初めてのホームステイ

53歳にして人生初めてのホームステイ先は、明るく朗らかな60代ご夫妻の自宅。食事も美味しく大変恵まれた宿泊先でした。同じように学校経由で契約した宿泊先でも、シャワーが常に壊れていた…食事がほとんど缶詰だった…など、あとあと、クラスメイトからたくさんの苦労話を聞き、大きな違いがあることを知りました。

常に4〜5人の留学生が同居するこの環境に、慣れるまでの最初の2か月間はお世話になることに。「ホームステイってどんな雰囲気なんだろう」「この年齢でも驚かれないだろうか」「どんな会話をするんだろう」心配ばかりがよぎりましたが、ほかの20〜30代の学生達と変わらずに接してくれて一安心。朝・夕はステイ仲間と一緒に食事をしました。私にとって「外国人に囲まれる食卓」というだけで、じつは緊張の時間。当初は、ただただ照れ笑いしながら食べるのみでしたが、次第に宿題を見てもらったり、街情報を教えてもらったり…食卓がいちばんの交流の場となりました。

●相手に気持ちを伝える言葉がなかなか出てこない…

ホームステイ先から同じ学校へ通う女性に同行してもらい初登校。行く道に使えると思い用意していた文章「今日は天気がいいね」すらも通じず、徒歩7分の道のりは、ほぼ無言。学校の受付でも「英語とスペイン語、どちらで説明するのがよい?」と聞かれるも、スペイン語はおろか英語すらもできない私は「NO」としか答えられず…それから半年間は、何を話されいるのかさっぱり分らない、言いたい気持ちが伝えられない、赤ん坊の世界へ迷い込むのでした。

そして、私以外のクラスメイトは英語が堪能。休み時間は英語が飛び交い、不明点も英語で相談。「どの言葉も話せない」という自分が、正直こんなにも孤独を感じるとは思いませんでした。机に向かって勉強する生活も何十年ぶり、覚えることは山ほどあるのに、疲れて電気をつけたまま眠ってしまう…そんな毎日の繰り返しでした。

●53歳、徐々に成長を感じられるように

挨拶しかできず、宿題が出たことも分からず、集合場所も指差し確認。まったく進歩が見えない自分に呆れながらも、少しずつなにを言われているのか掴めるようになり、「外国に住む」ことにも緊張がなくなってきました。例えしっかりと話せなくても、人柄や気持ちは通じ、徐々に「気が合いそう」と思える留学生仲間と一緒に遊びにいけるように。「この道をだれかと一緒に歩きたい」と思っていた学校帰りの坂道を、クラスメイトと一緒に歩けるようになったのは10か月目のことでした。

長期の留学は、心から語れる仲間が限られ、気持ちも健康も勉強もひとりで管理しなければなりません。そして、それは想像以上に大変なことでした。ネットで見る留学談などは楽しそうで明るい記事が多いですが、言語を学ぶ過程や海外生活の苦労を実感しました。私の場合は特に勉強方法が分らず、その「できない自分」を感じることでさらに自信を失い、気力も元気も日々欠けていきました。

それでも、日々小さな成功体験を数えるようにしています。汗びっしょりになりながら初めてカフェで注文できた喜びは今でも鮮明に覚えています。クラスメイトから食事に誘われ、使えそうな会話文をいっぱい書いて持って行ったメモは今でも残っています。ときに落ち込み、ときに涙し…。まさかこの歳になってこんなつらさをを感じることになるなんて…。

ただ、一日一日は必ず前進しています。迷った道も歩けるようになり、緊張した会話も笑顔で話せるようになり、50代になって自分の成長を感じられる日が来るとも思いませんでした。

●留学2年目の今、さらに新しい刺激を求めるように

現在、海外生活2年目に入り、拠点をマドリッドへ移しました。せっかくなら違う環境で生活し、また新しいスペインを吸収したい気持ちがあったからです。「この私がどうやって生きていくんだろう…」自分でも心配でしたが、何とか1年を過ごすことができました。相変らず勉強方法にもがき、生活の不安も常につきまといますが、ここにいるとなぜかその辛さも良い刺激に感じ、次第に居心地よくさえも感じてきたところです。

「だれにも迷惑をかけないように天国に行くこと」だけを思い描いていた1年半前。もう人生において新しいことにチャレンジすることはなく、このまま老後を迎えるんだと貯金の心配ばかりしていた私。今は、正直半年後や来年のことも分かりません。でも、将来プランが真っ白だからこそこれからいくらでも自分で自分の人生をデザインしていけるんだと思うと、ワクワクもします。

未だ多くの失敗を手探りで乗り越える毎日ですが、今日会話が通じたこと、何事もなく一日が過ごせたこと、ぐっすり眠れたこと、日本では感じなかった些細な「普通」がいちばんの幸せに感じる生活です。引き続き、海外で暮らす甘くてつらい等身大の姿を、ときおり日本にいた自分も重ねながら、お伝えさせていただきます。