「フェイク情報がヘイトスピーチ招く」 政府の「朝鮮人虐殺は記録なし」発言に抱く危機感
関東大震災(1923年9月1日)直後の混乱の最中、朝鮮人が放火や井戸に毒物投入などをしているというデマが流れ、軍や警察、自警団によって虐殺される事件が起きた。
100年の月日が経過した今も、この史実自体を否定する言説がネット上にあふれ、松野博一官房長官が「政府内で事実関係を確認できる記録が見当たらない」と発言したことで新たな火種が生まれている。
特定の国の人たちへの憎悪を煽るヘイトスピーチ解消のために全国で初めて刑事罰を盛り込んだ条例を2020年に施行した川崎市と、専門家に、今なお解決しない問題の根幹について分析してもらった。
●一歩踏み出した川崎市、ネット対策に限界も…
外国出身者に対する不当な差別的言動は許されないとする「ヘイトスピーチ解消法」が2016年に施行されると、全国各地で条例がつくられた。「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」もそのひとつだ。
川崎市では、在日コリアンの排除を求めるデモやヘイトスピーチが相次いでいた。刑罰を盛り込んだ条例の制定が決まると、多方面から注目を集めた。
しかし、同市人権・男女共同参画室担当課長の松本聡さんは、施行から1年半ほどは「川崎市から日本人へのヘイトだ!」「憲法違反ではないのか」などの電話が鳴り止まなかったと振り返る。多くは市外からと思われたという。
施行から3年。効果は感じている。
「デモはめっきりなくなりました。ミサイル発射や朝鮮人学校などを批判する街宣活動は今もみられますが、明らかにヘイトとみられる言説は確認できていません」
条例に違反した場合は勧告、命令、罰則と段階を踏むが、この3年間で1件も勧告に至ってはいないという。
一方で、インターネット上のヘイトスピーチについては限界を感じている。条例に基づいて市ができることは、特定の市民に向けられた(1)差別的言動の拡散防止措置と(2)内容の公表のみだ。
市民からの申し出や委託しているリサーチ会社でみつかった投稿については、市の差別防止対策等審査会が差別的言動にあたるか否かを判断する。その後、プロバイダに削除要請をおこなう。
3年の間に審査会で諮問した投稿は166件、削除要請をしたのは117件、削除に至ったのは59件(2023年8月30日時点)。投稿が要請の直前で消えることもある。約半数しか削除されないのは、対応に時間がかかることもひとつの要因として考えられるという。
「削除要請・公表の目的は制裁や被害者救済のためではなく啓発です。いまいち歯止めになっていませんし、拡散・反復を防ぐという部分では、課題があります。また、市民以外に向けられている投稿に対しては何もできないので、歯痒さを感じています」(松本さん)
●「表現の自由」を振りかざす前に
ヘイトクライムに詳しい金尚均教授(龍谷大学・刑事法)によると、ドイツでは、インターネット上のヘイトスピーチを24時間以内に削除しなければならないとされている。できるだけ早く消すことで情報の拡散を防ぎ、被害を最小限化にとどめることが狙いだ。
「ドイツでは、ヘイトスピーチは公共の平穏を危険にさらし、人間の尊厳を否定し、社会的危険があると理解されています。規制のための民衆扇動罪(ドイツ刑法130条)もあり、最大5年の自由刑が定められています。一方、日本は、ドイツよりも人の名誉や尊厳など、精神的な権利に対する人権意識が薄い」
金教授は、日本の大手インターネットサービス会社に対して、Q&Aサイトに投稿されている差別的な言説を消すよう要請したことがある。返ってきた答えは「『表現の自由』があるから、できない」だった。
「どこまでが『表現の自由』かを考える前に、なんのために人がことばを使って話すのかを考える必要があるでしょう。ことばは、社会の中で使える武器であり、手段です。民主主義の下では、人は話をすることで社会のことを決めていく。ですから、表現の自由は憲法で保障されなければなりません。しかし、特定の属性の人を排除するヘイトスピーチは、人の名誉を侵害するもので保護されるべき言説ではない。民主主義の実現と矛盾します」
インターネット上には、在日コリアンは「税金や水道代を払わなくてよい」「生活保護を受けやすい」などの言説も複数みられる。金教授は「ヘイトスピーチの引き金になるのは、このようなフェイクニュース」と指摘する。
「根っこにある差別的意識がどこか後ろめたい。けれども、フェイクニュースがあることによって『差別される側にも理由がある』『自分たちはこの社会を守っている』などと、ヘイトスピーチが正当化されます。さらに『あいつらは敵』と思うと、攻撃してもよいという意識も芽生えます。敵は排除の客体になり、分断が起きる。このような構造が今もあります」
関東大震災の最中で起きた朝鮮人虐殺の事実は公文書にも記述がみられる。それにもかかわらず、ネット上には史実を否定するフェイクニュースが散見される。松野官房長官は8月30日の会見で、政府内で虐殺の記録は「見当たらない」とし、フェイクニュースを否定しなかった。
「公文書があるにもかかわらず事実を認めないこと、荒唐無稽な否定言説を持ち出して事実を相対化することは、歴史の否定にあたります。これらの行為は、無残にも殺害された人びとや従軍慰安婦のように人生の中で奴隷扱いされた人びとの人間の尊厳を侵害します。また、歴史の否定は民主主義的決定のプロセスを歪めます」
スマホの画面からネット空間に入れば、膨大な量の情報が飛び込んでくる。それらを信じるか否かの基準は「ファクトではなく、こころで判断している」と金教授は考えている。
「自分にとって都合のいい情報は心地いいものです。たとえ嘘だと分かったとしても、なかなか偏見も取れません」
●誰でもマイノリティになる「他人事ではない」
ヘイトスピーチの対象にされるのは、在日コリアンのみではない。たとえば、川崎市では、街宣活動で性的マイノリティに対する差別的言動をする演説者が目立ち始めているという。
金教授は、差別は「自分がマジョリティであることを『当然のこと』と認識し、違う人を『劣った存在』とみて否定すること」だと説明する。
「相手を『ひとりの人間』として見ずに社会から排除することは、単に不快なことではなく危険な行為です。誰でも自分にあるマイノリティ性を感じることもあれば、知らないうちにマジョリティ側にいることもある。マイノリティ性が交差すればするほど、ターゲットにされる傾向にあります。たとえば、子どもで、女性で、在日コリアンである、という弱者である要因が交差する場合などです。このような交差は他にもあり得ます。差別は他人事ではありません」
被害を受けながらも「日本にいる外国人だから仕方ない」「自分たちにも非があるのでは」と差別を甘受してしまう人もいるという。金教授は「被害者が自分の受けている被害を甘受するか、その被害の深刻さに麻痺している。このように感じることは生きるうえでの弊害になる。被害に気づいてほしい」と語る。
東京都墨田区の横網町公園には、震災から50年が経過した1973年に立てられた朝鮮人犠牲者追悼碑がある。誤った言説で命を奪われた朝鮮人を追悼するためのものだ。碑に刻まれている被害者の数は「6000人余」とされている。
二度と不幸な歴史を繰り返さないーー。追悼碑には、そのような願いが込められている。しかし、100年の月日が経過した今も、マジョリティとは「違う」特定の人たちへの心ないことばがインターネット空間に溢れ、凶器と化している。