天井まで積み上がったモノやゴミをかき分けながら部屋の中を移動する、今回の依頼主(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ屋敷」――。近隣住民にとっては確かに迷惑な問題だが、そこに住む当事者はさらに深く思い悩んでいるかもしれない。大阪府内にある古いアパートの一室に10年分のゴミを溜め込んでいた男性もまた、自らの部屋の状況に悩んでいた。そのゴミの総重量は4トン。じつにオスのアジアゾウ1頭分の重さだった。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府大阪市)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長が、ゴミ屋敷清掃の裏側を語った。

アパート解体のため退去を命じられ…

大阪府内にある木造モルタルアパート。2階の部屋のドアを開けると、乱雑に置かれたダンボールで玄関からすでに足の踏み場がない。家の中に入ろうとするも、身体を横にしないことにはゴミの間をすり抜けられない。山を登るように奥の部屋に進むと、大量のダンボールに雑誌、新聞、本などの紙類が天井近くの高さまで積み上げられていた。ほかの部屋を見てみても、やはり紙類がゴミの大半を占めている。

依頼主はこの部屋で1人暮らしをしている40代の男性だ。住み始めたのは10年前。荷物が多いために契約していた倉庫が、入居後しばらくして潰れてしまった。倉庫にあったモノたちを部屋に搬入すると、すぐに今のような状況になった。なぜ、このタイミングで片付けることになったのか。男性が話す。

「建物取り壊しのために退去するよう指示がありまして、期日までゴミを外に出さなければいけなくなったんです。自分でやってみようと手はつけたんですが、散らかるばかりで、人の手を借りないといけない状況になってしまいました」


玄関を入ってすぐの居間と台所。移動するのもひと苦労だ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

片付けは2日間に分けて行った。1日目に出た紙類のゴミをリサイクル業者へ持って行くと、総重量はなんと4トンもあった。それだけの重さが部屋の中にありながら床が抜けなかったことに驚きだが、この量のゴミを1人で、仕事の合間に片付けるのはかなり厳しいだろう。しかも期日が迫っていたのなら、ほぼ不可能に近い。



トラック3台でリサイクル業者へ運んだゴミの総重量は4トンにもなった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

遅くとも2週間前には見積もりの連絡を

男性からイーブイに連絡があったのは、ある週の月曜日だった。なんでも「今週の土曜まで」に退去を命じられているという。ほかの住人はすでに全員が退去を済ませ、男性1人だけが取り残された状況だった。とりあえず引っ越し業者を呼ぶも、「こんな状態では引き受けられない」と断られてしまった。

清掃業者によって違うが、イーブイの二見社長は「理想は1カ月前、遅くとも2週間前には連絡をしてほしい」と話す。それには理由がある。

「期日が迫って慌ててしまうと、冷静な判断ができないことがあるからです。私たちがゴミ屋敷の片付けをする際は、“いるモノ”と“いらないゴミ”をしっかり依頼者様に聞き取りをするのですが、そのためには時間的にも精神的にも余裕が必要なんです」(二見社長、以下同)

ゴミ屋敷の住人が片付けに至るキッカケは、今回のように“必要に迫られて”片付けざるを得なくなったケースがほとんどだ。解体や工事による退去、新生活に向けた引っ越し、点検に来た業者が部屋の状況を大家に報告したことでゴミ屋敷であることが発覚することもある。しかし、人に頼ろうとはせず自分の力だけでなんとかしようとしてしまう。そして、土壇場になってにっちもさっちもいかなくなる。

「今回はたまたまスケジュールに空きがありましたが、以前、退去日の3日前に依頼の連絡をいただいたときはどうしても日程が空いておらず、お断りするしかありませんでした。業者に気を遣う必要なんてありません。とりあえず無料の見積もりを頼んでみて、依頼するかどうかは後で決めればいいんです。予算に限りがあるのなら、その予算でどこまでやってくれるか見積もりを立ててもらえばいいと思います」



飲み残しなどの水分を吸ったゴミが散乱する台所。床にはカビのようなものがこびりついていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

見積もりは、片付けの規模と、いるモノとゴミの仕分けがどの程度あるのか、そして依頼主が現在何に困っているのかを知るためにある。見積もりにかかる時間は、30分から1時間程度。この依頼主の場合、3日後に迫る退去日までに家の中を空っぽにする必要があった。片付けの内容や物件の性質によって変わるが、この案件で男性が支払った額は約32万円だった。決して安くはないが、この内容やゴミの量を考えると高くもない。

「引っ越しなど、ゴール地点がハッキリと見えていれば片付けはあっという間に進んでいきます。でも中には『片付けなきゃ』と漠然とした悩みを抱えて連絡をくださる方もいます。そのときは『この部屋をどうしたいか』を一緒に話し合って、ゴール地点を設定するようにしています」

ゴミ屋敷の片付け“その裏側”

片付けの当日、まずは依頼主から聞き取った“いるモノ”をスタッフに共有する。今回は男性の趣味である「付録や景品」、そして「本」は捨てずにとっておくことになった。本は人から借りているモノもあるため、後で依頼主が1つひとつ仕分けしたいという。雑誌や新聞はすべて捨てていいと希望を話した。

まずは玄関にあるゴミを袋に詰めて外に出し、動線を確保する。その後、各部屋からもゴミを外に出していく。燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ゴミなど、ゴミの分別もこのとき部屋の中で行う。

床が見えるようになると、散乱した小銭が目立つようになってきた。紙幣が入った封筒もザクザク出てきた。昔、一緒に住んでいたと思われる女性の靴も出てきた。消費期限が15年前の飲み物もある。ゴミの山の底のほうに眠る新聞にはかなり昔の日付が記されており、ゴミ屋敷全体が地層のように部屋の歴史を物語っていた。



部屋のあちこちから出てくる小銭の山(上写真)と15年前の消費期限が印字された飲み物(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

外に出されたゴミたちは、外部委託しているパッカー車でごみ収集場へと運ばれていく。この際、もっとも気を付けなければならないのは、「スプレー・乾電池・ライター」をゴミの中に絶対に紛れさせないことだ。

「パッカー車の中で引火し、爆発してしまう恐れがあるためです。部屋の中で30缶ほどスプレーのガス抜きをした後に電気を点けたら、その電気に引火して爆発したといった事例もあるほどです」

実際に過去のニュースを見てみると、スプレー缶が原因となったパッカー車の爆発・炎上事故はかなりの頻度で起きていることがわかる。ゴミ屋敷にかかわらず、普段のゴミ捨てから私たちも細心の注意を払う必要があるだろう。



依頼主が寝室としても使っていたという居間。10年ぶりに床が姿を現した(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

その日のうちに解決するかもしれない

月に130軒ものゴミ屋敷を片付けていれば、壮絶な現場にも遭遇する。ふすまを開けた瞬間にイタチが飛びかかってきた部屋もあった。ゴミ屋敷と化したお寺の片付けには、その面積の広さから丸4日もかかった。その寺は生活ゴミが多く、まるでハエのようにゴキブリが空中を飛び回っていたという。


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団地などエレベーターが設置されていない物件の場合、ゴミの運び出しはかなり大変だ。しかし、どれもイーブイにとっては「たいしたことではない」という。

「ゴキブリが大量に発生しているときは、近隣に迷惑がかからないように窓を閉め切って作業をするしかありませんが、正直私たちはゴキブリくらいへっちゃらです。素手で捕まえるスタッフもいるくらいです(笑)。エレベーターがない物件は人数を増やして対応するので、そのぶん料金は上がってしまいますが、逆に言えば人を増やすだけなので私たちにそれほど負担はありません」

この依頼主の男性もイーブイのスタッフたちに対して、終始申し訳なさそうに頭を下げ続けていたが、ゴミ屋敷に限らず個人の心配事というのは他人からすればちっぽけであることがほとんどだ。「自分の部屋がゴミ屋敷と化してしまい困っているのなら、案ずることなく業者に頼ってほしい」と二見社長は話す。

たったの2日、下手したらその日のうちに問題は解決してしまう。今まで悩んでいた時間は何だったのだろうと思えてくるはずだ。



人が通るのも困難だった玄関はすっきりとし(上写真)、もうひと部屋あった和室も山積みだったモノが姿を消した(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

(國友 公司 : ルポライター)