アメリカ海軍は今後運用する病院船の名称に、軍の一大医療機関の名称にちなみ「ベセスダ」と名付けました。同船は遠征病院船といい、従来の病院船の進化系ともいえるもの。ここにも“対中国”の姿勢が垣間見えます。

アメリカ海軍の最新鋭病院船「ベセスダ」

 アメリカ海軍のカルロス・デルトロ長官は2023年5月15日、同海軍において今後運用される最新鋭の「遠征病院船(EMS)」の1番船の名前が、「ベセスダ(Bethesda)」に決定したと発表しました。この名前は、アメリカ東海岸のメリーランド州にある「ベセスダ海軍支援施設(Naval Support Activity Bethesda)」に由来しています。


アメリカ海軍が導入する遠征病院船(EMS)のイメージ。集中治療室(ICU)などを備えるほか、浅い港に直接接岸でき、MV-22「オスプレイ」も搭載可能(画像:AUSTAL)。

 ベセスダ海軍支援施設は、ウォルターリード国家軍事医療センターや、医薬品に関するアメリカ軍全体での旗艦施設、さらに研究施設や大学などさまざまな施設からなる、アメリカ海軍の一大医療機関です。そのような場所から名前をとったこの遠征病院船とは、一体どのような船なのでしょうか。

そもそも病院船とは

 本題に入る前に、まずは「病院船」とは何かについて確認しておきましょう。病院船とは、その名の通り「病院の機能を持った船」のことで、主には戦時中に戦闘で負傷した兵士などを治療したり、あるいは輸送したりするために用いられます。

 国際法上、こうした病院船は一般的な軍艦とは異なり、戦時中に敵国から攻撃の対象とされないという保護を受けます。そのため、病院船は船体を白く塗り、さらに赤十字のマークを掲げることでほかの軍艦との区別を容易にすることが求められるほか、たとえば兵士の輸送や情報収集など、軍事的な活動に転用することは禁じられています。

 アメリカ海軍は現在、タンカーとして建造された船を改造した「マーシー(Mercy)」と「コンフォート(Comfort)」という2隻の病院船を運用しています。これらは、有事の際には先述したように兵士の治療などに用いられますが、平時には災害対応や他国における医療支援などに用いられます。最近では、新型コロナウイルス感染症患者への対応のため、2020年に「マーシー」がロサンゼルスへ、「コンフォート」がニューヨークへとそれぞれ派遣されました。

ただの病院船とは一味違う「遠征病院船」とは

 それでは、今回の主題である遠征病院船は、これまでの病院船とは何が違うのでしょうか。シンプルに言うと、より素早く、より広い海域で運用可能な船という点に大きな違いがあります。

 先述した「マーシー」と「コンフォート」は、いずれも1000人以上の傷病者収容能力を誇る一方、全長は約272m、速力は17.5ノット(約32.4km/h)という、超巨大かつ鈍足な船です。これではいざという時に必要な海域へすぐ展開できないほか、浅い港などには接岸できないというデメリットがあります。


タンカーを改造した病院船「マーシー」(画像:アメリカ海軍)。

 そこで、これらの問題を解決するため、コンパクトかつ高速で移動できる病院船として生み出されることとなったのが、遠征病院船というわけです。今回取り上げるベセスダ級遠征病院船は、現在アメリカ海軍でも運用されている「スピアヘッド級遠征高速輸送艦」をベースとしつつ、洋上でのさらなる安定性を確保するため、船体設計に若干の変更を加えています。全長は約110m、最高速度は30ノット(約55.5km/h)以上と計画されています。

 艦内には、3つの手術室や、集中治療室(ICU)など、陸上の病院と同等の高度な医療設備が備わっており、約120名の傷病者を収容できるとみられています。また、船体後部には広い甲板が設けられており、ヘリコプターはもちろん、MV-22「オスプレイ」も着艦することが可能です。これにより、浅い港に直接接岸して傷病者を受け入れられるほか、そこから離れた洋上でも、ヘリコプターなどによる空輸によって病院船として機能させることができます。

アメリカ海軍が明示した遠征病院船の意義

 このベセスダ級遠征病院船、実は今後のアメリカ海軍の運用構想において、非常に重要な意義を持つことになるとみられています。というのも、船名が「ベセスダ」に決定された際のアメリカ海軍のプレスリリースにおいて、次のような記述があったからです。

「このベセスダ級遠征病院船は、分散型海上作戦(DMO)を支える中で病院レベルの医療ケアを可能とする医療専用船である」

 この「分散型海上作戦」とは、艦艇どうしを分散させて敵からの発見を避けつつ、情報共有などにより連携して脅威に対処するという、アメリカ海軍の新しい運用構想です。艦艇どうしの距離が離れる分、病院船にもそれなりの機動性が求められる、ということなのかもしれません。


東シナ海や南シナ海では、中国軍艦艇の行動が活発化している。図は2023年5月26日のもの(画像:防衛省 統合幕僚監部)。

 加えて、これまでアメリカ軍にとっての戦場はイラクやアフガニスタンなど地上で、しかも敵はテロリストや武装勢力でした。こうした状況下では、例え兵士が負傷したとしても、短時間で医療施設へと搬送する余裕がありました。ところが、今後最も懸念される中国との軍事的な衝突を想定すると、その戦場は海や島で、しかも敵は正規軍です。

 そこで、必要な海域へ即座に展開でき、かつ南シナ海や東シナ海の島々へ容易にアクセスできるよう、浅い海域でも活動できるような能力が求められたのではないかと、筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。

 遠征病院船のみならず、アメリカ海軍で今後就役するスピアヘッド級の最新バージョン(フライトII)においても、従来の輸送艦と比較して医療設備の拡充が図られています。こうした動きは、次の戦いに備えるアメリカ軍の「本気度」の表れなのかもしれません。