公立高校入試を受験した生徒数が募集定員に満たなくても不合格となる、いわゆる「定員内不合格」が問題視されています(写真:maroke/PIXTA)

インクルーシブ(inclusive)とは、「全部ひっくるめる」という意。性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる新たな街づくりや、商品・サービスの開発が注目されています。
そんな「インクルーシブな社会」とはどんな社会でしょうか。医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、さまざまな取り組みを行っている人や組織、企業を取材し、その糸口を探っていきます【連載第13回】。

公立高校入学者選抜試験(以下、公立高校入試)を受験した生徒数が募集定員に満たなくても不合格となる、いわゆる「定員内不合格」が有識者の間で問題視されている。

定時制や2次募集でも不合格に

昨年、全国の定員内不合格に関する実態調査が初めて実施された。この結果、2022年度の定員内不合格者数は延べ1631人だった(*1)。1人の受験生が同年の普通科だけでなく、定時制や2次募集を受験しても定員内不合格になることがあるため、延べ人数となっている。


舩後靖彦参議院議員が国会質疑をする様子(写真:舩後靖彦事務所YouTubeチャンネルより。事務所の許可を得ている)

れいわ新選組の舩後靖彦参議院議員(65)が、2019年から国会で4回にわたって定員内不合格について質疑で取り上げたところ、昨年、文部科学省(以下、文科省)が公立高校入試における障害のある生徒のための合理的配慮に関するガイドライン(*2)を発出した。さらに、前述の全国の実態調査にもつながった。

その結果、都道府県によって定員内不合格者がいたりいなかったりしているだけでなく、その対応の違いも明らかになった。舩後議員は「居住区によって対応が異なることは、受験生にとって大きな不利益になる」と強く訴える。

どうして、都道府県によって対応が分かれるのか。それが、生徒たちにどんな影響をもたらすのか。今回全国7都府県教育委員会、高校校長、教育関係者、受験生とその保護者などに取材してわかったことを紹介する。

公立高校入試における合格者の決定は、学校教育法の施行規則によりそれぞれの校長が許可することになっている。だが、前述の実態調査により、定員内不合格者については(1)都道府県との申し合わせにより、原則として出さないようにする(2)定員内不合格者が出るときは、教育委員会との協議を要する(3)高校校長の判断に委ねられている、という3種類の対応がある。

公立高校入試制度の歴史的背景

その理由は、公立高校入試制度の歴史的変遷に見られる。

文科省の資料(*3)によると、戦後10年あまりは基本的には「志望者全員入学」で「定員超過の場合は学力検査(以下、固有名詞以外は試験)による選抜を認める」となっていた。1950年には「募集人数から定員割れした場合は全員入学を許可する」という通知も出た(*4)。

だが、1963年、第1次ベビーブームの子どもたちが高校入学者年齢になったことで、前年の1.5倍の人数に増えて教室が足りなくなったので、「入学者を選抜する方針」に変更された。選抜の目的は「高校の授業を受ける資質と能力があるかどうか判定する」となり、「適格者主義」と呼ばれた。

しかし、この適格者主義は「学力の低い生徒を切るな」と社会から猛烈に批判された。このため、1984年に高校の進学率が94%に達したこともあり、同省は、高校入試は教育委員会と高校の責任と判断で実施するとして、その際「一律に適格者主義を前提としなくてよい」という趣旨の通知を発出し、方針を変更した。この経緯から、定員内不合格の判断に前述の3種類が出てきたようだ。

その後も公立高校入試は何度も改革があり、現在では試験の点数だけでなく、中学時代の活躍や高校進学への意欲を面接でアピールするなどで合否を決定するようになっている。

都道府県の「高校入学者選抜実施要項」はホームページで公表されている。それによると、大阪府は合格者決定方針として、1998年から「合格者が募集人数を満たさない場合は、総合点(筆者注:試験当日の点数、調査書、面接など)の高い者から順に募集人数を満たすように合格者を決定する」と記載している。

つまり、教育委員会が定員内不合格を出さないと書面で方針を公表し、高校に周知を徹底している。東京都でも同様の記載がある。

一方、定員内不合格を出している複数の県の「高校入学者選抜実施要項」には、その一文の記載を確認できなかった。大阪府教育庁教育振興室高等学校課学事グループの鈴木雅也主任指導主事(40)は、こう説明する。

「大阪府では、2000年から特に入学者選抜実施要項の冒頭に重要な指針として『入学者選抜は、(中略)基本的人権を踏まえ適正に実施する』の一文を記載しています。大阪府では『基本的人権の擁護』を重要視しているため、高校向け説明会では、最初にこの点を強調します。そして、進路の決定権は本人にあると考え、本人の希望があれば受験や入学の機会を保障していくことを前提に入試に取り組んでいるため、定員内不合格を出していません」

しかし、他県では公立高校入試の実施要項に前述の一文が記載されていても、高校校長の判断で「入試の点数が低いから」「面接で勉強する意欲を感じられないから」と、つまり適格者主義を理由に、定員内不合格者を出すことがある。

「入学後の単位取得の見込みがない」「高校を卒業できない可能性が高い」と判断されるからだ。高校中退者の問題が取りざたされるため、学校も気になるのだろう。

そのような場合は、前述(2)のように教育委員会が協議をしている。

大阪府立箕面東高等学校の佐藤誠治校長(54)は、試験や面接について、こう考える。

「高校入試では、不登校や非行のあるなしで合否を判断していません。面接で、中学生のときに頑張ってきた経験や、高校での目標について何も話せない生徒もいます。そんなときは、高校に入学して新たな気分でスタートが切れるように、やる気を引き出すような声がけをします」


エンパワーメントスクールとして習熟度別授業や学び直しもできる(箕面東高校のウェブサイト・トップページより)


箕面東高校での授業から。外国人へのインタビューの様子。定員内不合格になることで、同世代との経験値が不足してしまう(写真:佐藤誠治校長提供)

定員内不合格を否定しない文科省

他県の校長が定員内不合格を出す理由の根拠は、前述の学校教育法に「高校教育は中学校での学びの上に積み上げるもの」で、「進路に応じて高度な普通教育、および専門教育を行う」と定められているからだ。「能力がある人は大学まで行ける」という解釈につながりやすい。

このため、文科省も今年3月の国会質疑で永岡桂子文部科学大臣が、「定員内不合格自体が直ちに否定されるものではございませんが、定員内でありながら不合格を出す場合にはその理由が説明されることが適切であると考えております」と答弁し、定員内不合格を否定しない。

こんな背景から、ある教育委員会は「校長に定員内不合格を出さないよう指導することは、その時期の子どもの学びの保障にはなるが、一方、法令違反になる」とジレンマを抱える。

社会には「高校は小中学校とは異なり義務教育ではないため、高校を卒業できない可能性が高い生徒まで入学させる必要がない」という風潮もある。

しかし、現在は高校進学率が約98%に達しているだけでなく、2020年からは保護者の所得によっては、実質的に授業料が無償化される制度もできた。つまり、事実上は義務教育のような状態といえる。

高校を卒業できる可能性があるかどうか、ではなく、入学後に子どもの学びの保障を受けることは人権保障にもつながる。「高校は義務教育化すべきである」という意見も出ている。

また、定員内不合格者がいるにもかかわらず、定員割れしているという理由で、他県から生徒を募集している公立高校もある。 だが、公立高校では生徒の募集定員決定後、税金で教員などを配置する。このため、「公立高校で定員割れしている場合は、志望者全員を受け入れるのが公立高校の責務ではないか」という声が高まっている。

定員内不合格が起こる一番の障壁

舩後議員はこう話す。

「定員内不合格が起こる一番の障壁は、現場の校長や教員が高校生としてあるべき姿にとらわれ、もっとも教育を必要とする落ちこぼされてきた生徒や点数の取れない生徒、コミュニケーションを取りにくい生徒などを『高校に入学する資格がない』と拒もうとする意識です。地域や学校からその子たちを排除することにもつながります」

元高校教員で、 千葉県で障害のある生徒の高校進学を支援している「千葉『障害児・者』の高校進学を実現させる会」代表の佐藤陽一さん(63)は、多様性のある生徒が高校へ進学することの重要性をこう指摘する。

「経済的な理由で学力が低い、親から虐待されている、障害があるという理由で高校に入学できない生徒を長年指導してきました。そういう子どもたちは同年代の人と過ごす経験値が足りなくなるため、その後の人生を自信を持って生きることが難しくなり、自己否定や劣等感を抱くことにつながる傾向が見られます。人生で大切なことは居場所があることと、社会とどうつながりを築いていくかです」

障害のある生徒が地域の公立小中高校へ進学するための支援団体は、千葉県以外でもあり、1980年代から教育委員会と団体交渉してきた。当時から、障害のある生徒が定員内不合格になる事例が少なくなかったからだ。

この団体交渉の成果として、全国の教育委員会の考え方が変わってきたという歴史的経緯もある。

入学を認めない理由の1つに「高校を卒業できない可能性が高い」という点があったが、一方、 中退者を出さないよう、授業のカリキュラムを工夫している高校もある。

大阪府では、2015年から府内の一部の高校を「エンパワメント(生徒の力を引き出す)スクール」に指定している。前述の箕面東高校もその1つで、中学校までの主要教科の学びが不十分でも、習熟度別の少人数制授業で学び直しができる。

このほか、生徒の興味関心に合った職業選択につながるよう、パソコンでの作曲や一眼レフカメラで撮影法を学ぶなどの選択授業もある。取り組みの成果として、中学校では不登校でも高校3年間は皆勤だった生徒も多い。

将来の進路や職業の幅を広げる


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「高校入試で定員内不合格がなくなると、勉強する動機がなくなる」という意見も見聞きする。しかし、私たちが勉強している目的は高校に入学することだけではなく、その先の将来の進路や就きたい職業の幅を広げるためだ。

大人が子どもにできることは、視野を広げて人生の選択肢を増やす環境づくりにすぎない。

そう考えれば、前述の歴史を振り返って、中学時代に学習した学力を知るためのテストは必要であっても、少子化の時代では高校に入学するための「入学者を選抜するための試験」は、もはや不要ではないか。高校進学希望者は全員入学を基本とする、あるいは、高校義務教育化を検討すべき時期に来ている。

※行政では、高校入試における学力検査については「受検」と表記しているが、本稿では読者の読みやすさを優先して固有名詞以外は「受験」で統一している。

*1 文部科学省[2022]、「令和4年度 高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査(公立高等学校)」p32
*2 文部科学省[2022]、「高等学校入学者選抜における受検上の配慮に関する参考資料」
*3 文部科学省、戦後における高等学校入学者選抜制度等の経緯
*4 「高等学校入学者選抜について」(文初中第552号 昭和25年11月1日 大学学術局長から都道府県教育委員会・知事あて)

(福原 麻希 : 医療ジャーナリスト)