ドイツの自動車メーカー・アウディの本社工場を見学しました。同国メーカーのなかでもEVシフトを鮮明にしているアウディですが、その工場も先進的でした。BEV大国ドイツの現状はどのようなものでしょうか。

全人口の3分の1がアウディで働く街

 ドイツの自動車メーカー・アウディの本社は、ミュンヘンから北へ約80km、インゴルシュタットという街にあります。「アウディ・フォーラム」とも呼ばれる敷地は1949(昭和24)年に作られ、その後拡張を続け、今では約286万平方メートルという広大さです。
 
 敷地内には本社、博物館、工場、おみやげ店、レストラン、映画館まであります。ここで働く従業員は約4万人。インゴルシュタットの全人口が約13万人なので、3分の1近くがアウディで働くという企業城下町です。筆者(武田信晃)は2023年4月、ツアーという形でアウディ本社を見学しました。


ドイツで筆者が運転した3台のBEV。左から「e-tron GT」「Q8 e-tron」「Q4 e-tron」(2023年4月、武田信晃撮影)。

 本社の裏手にある工場では、「A4」「A5」といった主力車種が生産さられています。今年からBEV(バッテリーEV)の新型SUVである「Q6 e-tron」の生産も始める計画ですので、ICE(内燃エンジン)車とEVの混合生産となりそうです。また、2025年までに全工場でカーボンニュートラルを目指しています。現時点では約2万3000平方メートル分の太陽光発電を実施し、約3万5449MWhのエネルギーを節約しています。

 筆者が最初に入ったのは、圧延された鉄板でボディを成形したりパーツなどを製造したりするエリアです。オートメーション化が進んでおり、従業員はあまりいませんでした。

 次に訪れたエリアは、ヒトと機械が共存する場所でした。従業員は手慣れた様子で部品を組み立てていました。従業員は3交代制。ドイツには質の高い労働者を生み出す制度として知られるマイスター制度がありますが、この工場でもその制度によって輩出された人たちがたくさん働いています。

「はい、部品」自動運転車が運んでくる工場

 工場は複数車種の混合生産なので、次々に流れてくるクルマはそれぞれ車種が異なるほか、オプションなどもカーオーナーによって異なってきます。各車のデータは電子化され、間違った部品が取り付けられないようにされています。各ライン横には大きめのディスプレーがあり、作業に必要な情報が表示され、従業員が混乱しないよう配慮されていました。そして従業員への部品の供給は、無人化された自動運転車が行っていました。


アウディ本社(2023年4月、武田信晃撮影)。

 また、体に負荷がかからないよう製造ラインには補助器具が導入され、さらに床を木製とすることで、従業員の足腰への負担を軽減できるよう工夫されていました。

 工場はインゴルシュタットの雇用を支えている面もあり、極端なまでにオートメーション化が進んでいる印象はありませんでしたが、それが逆に生産へ柔軟性を持たせているように感じました。

 アウディは2021年に「Vorsprung 2030」という経営戦略を策定しています。2026年以降に発売する新モデルは全てBEVとし、2033年以降はICEの製造を中止することなどを盛り込んでいます。EUは2035年以降のICE新車販売を禁じる方針を撤回しましたが、それでもアウディとしてはBEV化への流れは変わらないと考え、今後もBEVを軸に展開する構えです。

●EVの使われ方はどうなの? カギ握る充電施設

 さてBEVを購入する時の懸念材料は充電です。アウディはインゴルシュタットから北へ90kmほどのところにあるニュンベルクという街の入口に、「アウディ・チャージングハブ」という大型充電施設を建設。日本にある急速充電器よりもはるかに出力が大きい最大320kWhで充電できるチャージャーを6台設置しています。

 アウディにとってハブは充電施設のみならず、BEVがどのように使われているのかという実態を知り、知見を得るための施設でもあります。そのため、テスラやヒョンデといった他メーカーのクルマも利用可能です。

必ずしも100%充電しなくてよい!?

 ハブの2階は24時間営業の休憩室となっていて、約200平方メートルの広々とした空間です。ソファ、トイレ、コーヒーやソフトドリンクの自販機、無料のWi-Fiなどがあるほか、大型ディスプレーで充電状況も分かるようになっています。ガソリン車と違い時間がかかるため、充電中も有意義に時間を過ごせるよう配慮されています。


チャージングハブの外観(2023年4月、武田信晃撮影)。

 ハブで働いているピルツさんは、「残量がゼロに近いほど早く充電が可能です。10%の状態から80%にするには20分かかりますが、電池の特性上、80%から100%にするにも同じ20分かかってしまいます。そのため必ずしも100%にする必要はないと思っています」と話します。

 ガソリン車の場合は燃料が空に近づくとインパネに警告灯がつきますが、おおむねそれから数十km、車種や乗り方によっては100km前後走れるともいわれます。一方のBEVは「電池残量が10%で50kmは走れますから、その間に充電施設は見つけられますよ」とビルツさん。BEVに乗る自身の経験から、ガソリン車と同じ感覚で走れると教えてくれました。

 料金は、例えば月額7.99ユーロ(約1200円:2023年4月時点)の「アウディe-tronチャージングサービス」に加入すると、1kWh35セント(約52円:同)という優遇価格が適用されます。アウディ・チャージングハブは今年、東京でもオープンする予定です。

 筆者はBEVでアウトバーンを走ってみました。無制限速度区間で200km/h以上を出しましたが、高速でも安定して走れる素性の良さがあり、また充電の心配もしなくてよく、「これならBEVを買っていいかも」と思えました。

 BEVは、充電インフラや車両価格のほか、社が提供する顧客体験など、様々な要素でバランスがとれているかどうかが、普及へのカギになると再認識しました。