乗ってわかった軽量スポーツ機「LSA」のスゴさ 米で流行りの訓練機 日本じゃ不可は「理解不能」?
2022年末、ようやく日本でも飛ぶことができるようになった「LSA」。しかし、欧米ではすでに同機種が先進的な飛行機の代表事例となりつつあります。アメリカで乗ったら、日本の航空行政の“遅れ”が明確になりました。
話題の軽量スポーツ機「LSA」に乗ってみた!
欧米での制度化からおよそ20年、日本を除く諸外国では「LSA」(Light Sports Aircraft)と呼ばれる軽量スポーツ航空機の普及が進んでいます。“軽自動車の飛行機版” とも形容できるLSAをアメリカで実際に試乗できたので、その様子をレポートするとともに、日本の航空行政が特異な状況にあると、乗ったからこそ認識できた点もお伝えします。
今回、試乗したのは南アフリカのスリング・エアクラフト社製の「スリング2」です。金属製2人乗りの機体に出力100馬力のロータックス912エンジンを搭載しており、巡航速度120ノット(約222km/h)で飛ぶことが可能です。堅牢な機体構造と優れた操縦性からアメリカの飛行教官らの支持を獲得することに成功し、今や飛行学校では最も多用されている練習機の一つになっています。
南アフリカのスリング・エアクラフト社製「スリング2」。ロングビーチ空港でパイロット養成を行っているスカイクリエーション社の所有機である(細谷泰正撮影)。
実機を見ると第一印象はスマートかつ機能的な外観です。各部を観察すると最新の空力設計が機体の各所に応用されていることが判ります。まずはウイングレットの付け根のような翼端の形状。これにより失速してもエルロン(補助翼)の効きが確保されます。そして太めのピトー管(圧力計の一種)。よく見ると先端だけでなく、下面にも小さな穴が開いています。これは先端のラム圧(空気抵抗の力を利用した圧力)と下面からの空気圧の差から気流に対する仰角(AOA:Angle of Attack)を測定するためです。
余談ですが、機体からの突起物を嫌うステルス戦闘機でも同じ原理でAOA計を動かしています。つまり、この機体にはAOA計が装備されているため、音による失速警報だけでなく、コンソール画面でも失速状態が表示されます。失速速度は機体重量と空気密度によって変化しますが、失速状態に陥る仰角は一定です。つまりAOA計の存在は安全にも大きく寄与します。
始動前点検を終え操縦席に着きます。機体の大きさは2人乗りのセスナ152型とほぼ同じですが機内はセスナ152よりもゆったりしています。計器パネルには従来の丸型計器類に代わり液晶ディスプレイが並びます。電子機器類の冗長性を確保するために、電源系統は独立した二系統が確保されており、片方がダウンしても全ての機能が失われないような仕組みになっています。
操縦桿には電動トリムの操作ボタンがあり、操縦桿から手を離すことなくトリム調整が可能です。エンジンにはECU(エレクトロニック・コントロール・ユニット)が装備されているため、ピストンエンジン機でありながらパイロットは混合比や温度の管理から解放され、エンジンの制御はスロットル操作だけで済むようになっています。ちなみに、エンジンのECUも二重系統で安全性を確保しています。
セスナよりいいぞコレ…!
滑走路端で離陸の順番を待っているあいだも、機内のディスプレイには周囲にいる他の航空機が常に表示されます。これは混雑する空港やその周辺を飛行する際に役立ちます。
その後、離陸許可が下りるとともにフルスロットルを投入。100馬力とは思えない加速であっという間に離陸すると、最適上昇速度を維持しながら高度を上げ訓練空域へと向かいます。
訓練空域では急旋回、低速飛行、失速など一連の操作を行いましたが、操縦感覚は極めて素直でパイロットの操作に対して機体が敏感に反応します。その後、空港へと戻り着陸しましたが、その際の引き起こしにおいてAOAの表示を参考にできるのは小型機では画期的と言えるでしょう。
「スリング2」のコックピットにある液晶ディスプレイに表示された各種情報。周囲を飛行中の別の航空機も表示される(細谷泰正撮影)。
離陸から着陸まで一連の飛行を体験して感じたことは、LSAといえども機能、性能、安全性など全ての面でセスナを始めとした普通の小型機より進歩していた点です。実際に操ってみたことで、この機種が訓練機として多くの飛行教官から支持されていることに納得がいきました。
パイロット免許の資格取得に「LSA」OK
アメリカでは、プロのパイロット免許に相当する「事業用操縦士」の資格を得るために必要な飛行経験の要件が明確に定められています。たとえば総飛行時間の中にコンプレックス機(Complex Aircraft)もしくはTAA(先進技術航空機:Technologically Advanced Aircraft)で10時間の飛行経験を積むことが義務付けられています。
コンプレックス機とは、引き込み脚と可変ピッチプロペラを備えた航空機を意味します。近年、多くの機体でグラスコックピットになっていることへの対応として、2018年にこの要件が加えられ、改訂されています。
一方、TAAとはグラスコックピットを備えた機体です。それらは液晶ディスプレイに飛行計器やエンジン計器、GPSに連動した地図情報を含めた航法データが表示され、さらにオートパイロットを備えた航空機と定義されています。ここで特筆したいのが、FAA(アメリカ連邦航空局)はLSAでも上記の条件を満たせばTAAとして認めるという点です。
LSAの訓練、もはやウリにするところも 「日本ヘンだよ」の警告
「軽量スポーツ機」と訳されるためか、LSAは最低限の計器しか備えない“簡易飛行機”のようなイメージを持たれるかもしれませんが、その言葉の響きに惑わされてはいけません。LSAの中には最新技術をふんだんに取り入れた機体が数多く存在します。
それらは機能、性能、安全性の全ての面で、従来の航空機を凌駕したスペックを有しているため、欧米の飛行学校ではLSAの経済性と訓練機としての性能を、いまや高く評価するまでになっています。
LSAで訓練を受けた飛行学校の卒業生は、操縦の基礎をしっかりと習得しながらグラスコックピットにも慣れているといった理由から、航空会社からも歓迎されているという声を現地で多く聞きました。
「スリング2」のコックピットにある液晶ディスプレイに表示された各種情報。飛行中は真対気速度、風向も自動的に計算され表示される。飛行データとともに地図データを表示。通信機能を使用して地図に気象データを載せて表示することも可能(細谷泰正撮影)。
多くの飛行学校が存在するアメリカでは、いまや訓練機にLSAを使用していることを「売り」にすることが新たなトレンドにもなっているほどです。
翻って日本の現状を見てみましょう。日本では昨年末、航空法の一部か改訂されLSAが極度な制約のもとで飛行することが初めて可能になりました。しかし、国内でLSAを訓練機として使用することは不可のままです。海外において、LSAで受けた訓練時間は飛行経験として認められません。そのため、日本でプロのパイロットを目指す訓練生たちは最新技術の恩恵を享受できないうえ、卒業までに他国の訓練生よりも多くの費用を捻出しながら、余分な二酸化炭素も排出して飛ばざるを得ないのです。
こうした日本の現状は、残念ながらLSAの実力を素早く見抜いた先進諸国とは雲泥の差があると断言できるでしょう。諸外国におけるLSAの実績と現状を見ると「軽量スポーツ航空機」の本質を見誤った日本の航空行政の問題点が浮き彫りになります。
しかもFAA(アメリカ連邦航空局)は、日本の基準が海外と大きく異なる点があるとネット上で注意喚起しているほどです。これは異例なことであり、日本の航空行政が国際的にも特異なことを裏付けるひとつの表れでもあります。筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)は、三菱製旅客機(MRJ/MSJ)失敗の原因がこの辺りにあるのではと考えています。
なお、今回の取材にあたり、ロングビーチ空港でパイロット養成を行っているスカイクリエーション社に多大なるご協力いただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。