3月に最新の大規模言語モデル「GPTー4」を発表した米オープンAI。全人類に利益をもたらす人工知能の開発を掲げるが、足下では矛盾も生じている(写真:REX/アフロ)

爆発的に普及する対話型AIのChatGPT。日本企業の中にも社内での業務や事業に活用しようという動きがある一方で、サイバーセキュリティや著作権法上のリスクもある。4月17日発売の『週刊東洋経済』では「ChatGPT 仕事術革命」を特集。「第4次AIブーム」の本格的な到来に備えて会社員が知るべき生成AIの今を追った。(この記事は本特集内にも収録されています)

ChatGPTの登場で一躍有名になったのが、人工知能(AI)の研究開発を行う米オープンAIだ。

社会を大変革する技術を生み出した同社だが、足元ではその潜在的リスクの大きさや、データ収集の違法性をめぐって批判にさらされてもいる。いったい、どんな素性の企業なのか。

当初は家庭用ロボット向けの開発も

オープンAIは、2015年に非営利法人として設立された。共同議長に就いたのは、現在CEOを務めるサム・アルトマンと、米テスラなどのCEOとして知られるイーロン・マスクだ。


今でこそ大規模言語モデル(LLM)の開発で知られる同社だが、設立翌年に発表された「テクニカルゴールズ」を見ると、それに特化していたわけではない。

ゴールとして定めたのが、家庭用ロボット向けのアルゴリズム導入、自然言語を理解するAIの構築、単一AIでのさまざまなゲーム解決など。

設立当初はとくに、ゲーム解決に必要な「強化学習」のための製品を複数出していた。強化学習とは、与えられた条件下で最大限の結果が出るようにAIの行動を最適化させる手法のこと。

例えば、2016年に発表された「OpenAI Gym」は、ユーザーが開発したAIが強化学習するのを支援するツールだ。2018年には、強化学習をさせたオンライン対戦ゲーム『Dota 2』のAIシステムを発表し、翌年には人間の世界王者に勝利している。

当時のオープンAIを知るゲーム開発者は「多くのゲーム会社が、同社のツールを導入してソフトに搭載するAIの開発をしていた。言語モデルの開発をメインにしている印象はなかった」と振り返る。

ただ実際は、並行して言語モデルの開発も進めていた。2018年には、言語モデルの初代となるGPTを発表。翌2019年にはGPT-2、2020年にはGPT-3と、モデルの表現力や性能を更新していった。今年3月には、大方の予想よりも早くGPT-4を発表し、その飛躍的な性能向上を見せつけた。


オープンAIが言語モデルの開発に邁進するのは、同社がミッションとして掲げる「AGIが全人類に利益をもたらすことを確実にすること」を達成するためだ。

AGIとは「汎用人工知能」のこと。限られた用途でしか使えない現状のAIとは異なり、人間に匹敵する、あるいは超人間的な知性を備える。

今年2月に公表された「Planning for AGI and beyond」という文書には、AGIに関するアルトマンCEOの考え方が記されていた。曰(いわ)く、その実現により、世界経済や新しい科学的知識の発見を活性化させ、人間の創造性にも大きな力を与える、という。

AGIの実現には今後複数の技術的ブレークスルーが必要だが、言語モデルの進化はその重要な道のりの1つ、というわけだ。

AGI実現のための「公共財」を提供

2018年の「オープンAI憲章」によれば、同社は社会がAGI実現への道を歩むための「公共財」を提供するとし、従業員や利害関係者により全人類への利益供与を損なう事態を最小限にするという。オープンAIが非営利の研究開発機関として設立されたゆえんだ。


ただ、今のオープンAIはこの憲章と異なる方向に突き進んでいるようにみえる。

2019年には非営利法人である本体の子会社として、営利企業である「オープンAI LP」を設立。また同年、米マイクロソフトが同社に対する10億ドルの出資と包括的パートナーシップを結ぶことを発表している。

マイクロソフトは2020年9月、新しいAIサービスを開発するためGPT-3の独占的ライセンスを締結。WordやExcelといったオフィス製品を含めた製品群へのAI搭載を加速させていく計画だ。今後数年間で数十億ドルの追加出資を行うことも決まっている。

膨大な計算能力が必要なAIシステムの開発には多くの設備投資が必須で、オープンAIにとってこの提携のうまみは大きい。ただ、同社が資本主義に組み込まれることを批判する声は少なくない。

2018年にオープンAIの理事会を離れたイーロン・マスクは、3月24日のツイッター投稿で「マイクロソフトは投資の一環でオープンAIのコード基盤全体への独占的なアクセス権を獲得した。ChatGPTは完全に(同社のクラウドサービスである)Azureの中に収まっており、いざとなればすべてを手に入れることができる」と警鐘を鳴らした。

安全性に対する懸念

足元では、安全性に対する懸念も表明されている。3月28日には、AIの安全性を研究するFuture of Life Institute(FLI)が、GPT-4よりも強力なAIシステムの開発・運用を6カ月以上停止することを呼びかけ、AIの急速な進化に警鐘を鳴らした。イーロン・マスクや米アップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアックら、1000名以上が署名したとされる。

同31日には、イタリアのデータ保護当局がChatGPTの利用の一時禁止を発表。同社がAIの学習に用いるデータ処理が法令に違反していることや、青少年への悪影響などがその理由だ。

こうした動きを受けてか、オープンAIは4月5日に「強力なAIを安全に、広く有益な形で維持することを約束する」などと記した声明を発表している。

ただ、逆風下でも足元の勢いに急ブレーキがかかる様子はない。外部の企業が開発したアプリなどと接続できるChatGPTのAPIが公開されたことで、機能を搭載した製品やサービスは加速度的に増えている。この先にあるのは「全人類への利益」か、巨大企業による「強大な技術の独占」か。行方を注視することが必要だ。

=敬称略=


(武山 隼大 : 東洋経済 記者)