「今、君の家の近くにいる」突然LINEしてきた元カレが、お願いしてきた“ある行為”とは
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
希依は「DMの送り主は、親友・咲なのではないか」と思い至る。咲に直接聞こうとするが、電話はつながらない。しかし元カレ・想太から「今から会いたい」とのLINEが入る。
『想太：一瞬でいいから会いたい。いま、広尾にいるんだけど』
想太からのLINEメッセージが、希依の脳内で、柔らかい声色とともに再生される。
大学時代から長いこと聞いてきた、優しくて深みのある声で。
― もう会わないって決めてたけど…。
窓の向こう、しきりに降り続く雪を睨む。
― こんな雪空の下で追い返すわけにはいかないか。
会わないと心に誓ったはずなのに、どうしても放っておけなかった。
『希依：なんで広尾にいるの？行くから、どっかのカフェに入ってて』
希依は、しぶしぶ返信をする。
― 会いに行くけど、本当の本当に、最後にするから。
目覚めたばかりの顔にメイクを施した。
◆
指定されたブルーボトルコーヒーに到着する。
朝日の差す店内で、想太はぼうっと宙を見つめていた。
「おまたせ、想太」
想太は我に返った様子で「お」と言うと、「なに飲む？」と腰を浮かせる。
「カプチーノがいいな。買ってくれるの？」
「もちろん。待ってて」
カウンターへと向かう想太の背中を見ながら、希依は考えを巡らせた。
― いったい、なんの話があって広尾まで来たんだろう。
話があると呼び出したわりに、想太は、なかなか本題に入らなかった。
コーヒーの感想やら、天気の話やら、退屈なトピックを並べたてる。
その様子に、希依ははっとする。
― 想太が、退屈な話をするときって…。
付き合ったときも、初めて「うちに泊まる？」と言われたときも、今のようにどうでもいい話を繰り返された。
希依は、想太がなにかとても大事なことを切り出そうとしているのだと気づく。
想太には、半ば強引にキスをされたばかりだ。
いよいよ想太から告白をされるのではないか。希依はヒヤヒヤする。
しかし、想太は一向に話を始めなかった。
しびれを切らした希依は、咲のことを話し始める。
「あのね、見当がついたの。DMで想太の連絡先を送ってきて、私たちを引き合わせたのは、咲だと思う」
「え、咲が？」
「たぶんね。咲って友達多いから、想太のLINEにたどり着けたとしても不思議じゃないし」
想太は「でも、なんのために引き合わせたんだろう？」と首をかしげる。
「咲ってね、不倫を毛嫌いしてるの。だから私が、いざ想太と再会したときに不倫しないか、チェックしたんだと思うの」
「え…」
「自分の親友が、不倫するような女じゃないか確かめたかったんじゃないかな」
想太は不愉快そうに顔を歪め、何度もまばたきをした。
「だってね、この前咲に、こんなふうに2人で会ってるって話をしたら、咲は軽蔑してとがめてきたわ。
内心、私に失望しただろうね。『この子、トラップに引っかかった』って」
― 今だ。この流れで、きちんと想太に別れの言葉を伝えよう。
希依は、まっすぐに想太の目を見て言った。
「でも私は咲にも、夫にも、嫌われたくない。失いたくないの。こんなふうに会うのは、間違ってるよね。
前も言ったけど…本当に、もうこれで最後にしよう」
すると想太は、意外にも、おだやかな笑顔になった。
「わかった」
それからなぜかほっとしたように「ありがとう」と付け加えた。
カフェの外のほうを見て「出ようか」と言い、連れ立って表に出る。
外は、刺すような寒さだった。
希依は、両手を抱えるようにして体をさする。
そのとき想太が隣で、「実はね」と口を開いた。
「今日、一瞬でいいから会いたいって言ったのは、希依からキッパリ振ってもらうためだったんだ。
希依の口から振ってもらえれば、ちゃんと終わりにできると思ったから」
「想太…」
「振ってくれて、ありがとう。それから、ごめん。
僕がどうかしてた。希依とは、距離をとるべきだった。いくら、希依を忘れられなくてもね」
まだやまない雪が、希依のダウンジャケットの袖に触れては消えていく。
「もう会わないって、約束するよ。希依の幸せを壊したいとは一切思わないんだ」
「うん…」
「もしDMの送り主が本当に咲で、咲が希依を軽蔑してるみたいだったら、言ってやって。
『全部、想太が強引だったせいだ』って。実際、希依はなんも悪くないよ」
想太の目尻にシワが寄る。大好きだった横顔だ、と希依は思った。
「だから希依。幸せでいてね」
「ありがとう。想太も、幸せで」
想太は、最後にじっと希依の顔を見つめ、くるりと背を向けた。
その背中が見えなくなってから、希依はほっとため息をつく。
― ちゃんと別れられた。
正介を思って、遠い空を見上げた。
― 別れたってこと、咲に報告したいな…。軽蔑されたまま終われないし。
雪空の下で咲とのLINEを開くが、まだ「未読」のままだった。
― こんなに既読がつかないのも珍しい。もしかして、なんかあったとか？
咲のマンションは、歩いて数分のところにある。
マンションまで行って、インターホンを押して、咲と話そうか。さすがに迷惑か。迷いながらも、咲のマンションのほうへと歩いていく。
マンションのすぐそばに到達してから、希依はひらめいた。
まずは咲の彼氏・顕彰にLINEをして聞いてみれば、咲の状況がわかりそうだと。
― 顕彰に連絡してみるか。
スマホを開いて文字を打っていると、ヒールの足音が聞こえてきた。
顔をあげると、スラリとした女性がマンションから歩道に出てきたところだった。
どう見ても、それは咲だった。
「咲！」
希依の声に、咲の歩みが止まる。
咲はぽかんとした表情で静止し、それから曖昧な笑顔で「ああ」と言った。
「ごめん、急に押しかけて。お出かけ？」
「友達とランチ。なに？どうしたの？」
「どうしたのって…LINE、全然返ってこないから心配したんだよ」
咲は、遠い目をしてまた「ああ」と言う。
「悪いんだけど、また今度でいい？ランチに遅れちゃうから」
「わかった。…でも、1個だけいい？」
「なに？」
「もしかして、あのDMは咲が送ってきたの？私を試すために？」
「え？」
「私が想太になびかないかをチェックしたくて、咲があのDMを送ったんじゃないの？」
咲の目が、わかりやすく宙を泳いだ。
「…やっぱり、そうなんだ。つまり、私が不倫しない人間かどうかチェックしたのね」
咲は、口を結んだままなにも言わない。
「それって、咲の正義感なの…？申し訳ないけど、すごく余計よ。
咲は、私のモラルを正したいと思って、私のためを思って行動してくれたのかもしれないけど、全然私のためになってない」
そのとき咲は、見たこともないような乾いた笑い方をした。
「ごめん…別に希依のためじゃない」
「え？」
「…希依のそういうところが嫌いなの。みんなが自分のためを思って行動してる…なんて思ってるところ。いつもチヤホヤされて育った人特有の、その感じ」
― 嫌い？
今後は、希依が言葉を失った。
「希依さ、知ってる？想太も、顕彰も、大学時代からずっと希依を好きだったんだよ。
そうやって常にみんなからチヤホヤされる希依に、モヤモヤしてた。なーんも苦労してないのに、みんなから優しくされてさ」
咲は、不気味なくらいに穏やかな笑顔を浮かべて話す。
「みんなが憧れる大手の出版社に新卒で入ったとき、『たぶん会社員向いてないだろうからすぐに独立したい』とか言ってたよね。聞いてて、イラっとした」
「咲…」
「想太と別れたって聞いたときは、さすがにかわいそうだなって思ったわ。けど案外すぐに立ち直って、素敵なパイロットをつかまえて結婚してさ。
希依って、大人しそうな顔して、なにもかも手に入れる」
「じゃあ咲は…私のことが嫌いだから、私に不倫させようとしたってこと？
私が想太と不倫して、その結果、道を外すことを期待してたってこと…？」
咲の思惑に、たじろぐほかなかった。
「そんなの、ひどいよ」
頬に、涙がつたう。咲は、さっきから何も答えない。
「…でも、これだけは言わせて。私は道を外さない。想太とは、しっかり別れたし」
「え？」
「私からちゃんと振ったの。やっぱり、正介のことが大切だから。今後も道を外したりしない。咲の計画は、失敗ね」
希依は、悲しみにまみれて、力なく笑った。
しかし次の瞬間、表情が一変する。
…とんでもない光景を目にしたからだ。
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希依が目にした、まったく予想外の光景とは？
