「早く子どもを作ったら？」と騒ぎ立てる姑。機転を利かせた“ある一言”で、姑は沈黙し…
この世には、生まれながらにして満たされている人間がいる。
お嬢様OL・奥田梨子も、そのひとり。
実家は本郷。小学校から大学まで有名私立に通い、親のコネで法律事務所に就職。
愛くるしい容姿を持ち、裕福な家庭で甘やかされて育ってきた。
しかし、時の流れに身を任せ、気づけば31歳。
「今の私は…彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ。どうにかしなきゃ」
はたして梨子は、幸せになれるのか―？
高校の先輩、アンドリューこと安藤隆と思いのほか楽しいデートをした梨子。その顛末を、親友・紀香に報告する。しかし紀香は、姑問題に悩んでいる様子。ある日のランチタイム、紀香に突然呼び出された梨子は、紀香の姑の常軌を逸した行動を知る…。
▶前回：「二度と会いたくない」と思っていた彼から、デートの誘い。女が渋々ながら誘いに応じたワケ
ランチタイムで賑わう、丸ビルの『クア・アイナ』。
梨子は、紀香の話を聞いていた。聞けば、姑のアポなし訪問に驚き、自宅を飛び出してきたのだという。
そのとき急に、紀香の目が泳いだ。
「紀香、どうしたの？」
「うわ…。旦那に『すぐに帰って、私の代わりにお義母さんとちゃんと話して』って連絡したけど、ダメだったか…」
紀香が、挙動不審になってつぶやく。
カツカツと近づいてくるハイヒールの音に、梨子は振り返った。するとそこには、やたらと若作りをした初老の女性が立っていた。
「紀香さん、こんなところにいたのね！『ちょっとそこまで』って言ってたのに急に電車に乗るからびっくりしたわよ。
はい、これおうちの鍵。ちゃんと閉めてきたから。合鍵のしまい場所、息子から聞いていてよかったわ！」
「お義母さん…私の後つけてきたんですか？っていうか、鍵の場所まで聞いていたんですか…」
紀香が絶句している。
「いやあねえ、人聞きの悪い。お茶菓子の1つも出ないから、てっきり買いに出たのかと思って一緒に行こうと思ったのよ」
姑は、逃げるように家を出た紀香の後をつけ、ここまで来たようだ。
「さあ帰りましょう」と言いながら、姑は、紀香の腕をつかんで、どこかへ連れて行こうとする。
我に返った梨子は姑を止めに入った。
「紀香さんの義理のお母さんですかよね？ちょっと今、私と話し中でして」
「あら、あなたこの人とご一緒だったの？わたくし、嫁とちょっとデリケートな話をしなくてはならないので、ちょっと失礼するわね？」
たった今梨子の存在に気づいたかのような物言いに、紀香が何か言いかけた。しかし梨子は、言葉を選びながら慎重に話し始める。
「子どものことですよね？息子さん夫婦が納得して出した結論ですし、ここはあたたかく見守るわけには…」
「まあ、誰だかわかりませんけど、あなたの方こそ人の家庭のことに口出ししておかしいと思わないの？
この人はね、なんでも1人で決めて、他の人に口出しさせないのよ。ああ、こんな年になってこんな意地悪されるなんて」
最後の一言は聞き捨てならないと、梨子は立ち上がった。
「意地悪って…紀香さんは優しい人です。それに自分で考えて物事を決められる、強い心を持っています」
― 私、初対面の人になに言っているの？でも紀香が困っているのに放っておけない！
「1人でなんでも決めているように見えるのは、相談するのが苦手だからです。昔から人のことを考えすぎて、自分の悩みは後回しにしてしまう、優しい人なんです。だって紀香さんは、紀香さんは…」
梨子が言葉に詰まっていると、後ろから声がした。
「少し、声のボリュームを下げていただけますか？」
我に返って振り返ると、テイクアウトの袋を片手に陸斗が近づいてくるところだった。
― こんなところに会社の人！しかも陸斗くん。気まずすぎる！
「奥田さん、そんなに感情的になっては何も伝わりませんよ」
すみません、あまりに声が大きいのでだいたいの話は聞こえていました、と陸斗は続けた。
「お姑さん、あなたのやっていることは刑法第130条の住居侵入罪、および不退去罪に問われる可能性があります」
「それに、勝手に合鍵を持ち出して後をつけるのも悪質です。刑事訴追も可能な案件になりますから、今日はお帰りになってはいかがですか？」
紀香が「この人、誰？」とつぶやく。梨子は「私が教育係してる同僚」と、紀香の耳元でささやいた。
「まあ、あなた突然出てきて、刑事…なに？でたらめなことを言ったら、ただじゃすまないわよ！」
「詳しくお聞きになりたいですか？これ以上僕と話したいなら勤め先の法律事務所を通して僕を雇ってください。コンサルタントフィーは…そこの彼女に聞いてください」
陸斗が突然梨子の方を見た。梨子は、「そうです、そうです」と話を合わせる。
「え、あなた弁護士なの…？もう、こんなところで大きな声を出して、恥ずかしいったらないわ。紀香さん、今日のところは失礼するわね」
そう言って、姑がくるりと背中を向けて去っていく。
「陸斗くん…なに適当なこと言っているの？それにあなたまだ弁護士じゃないじゃない」
陸斗は、恥ずかしそうに笑いながら言った。
「非常識な相手には非常識な対応が一番です。それに『SUITS』のハーヴィーが同じようなことを言っていて、一度僕も言ってみたかったんです」
「あっ、旦那から電話」
紀香が電話を取ると、電話越しに大声が聞こえてきた。
「家飛び出したって連絡もらってから、ずっと母さんに電話してるんだけど全然でないんだ。紀香、大丈夫？」
「うん。私は蚊帳の外だったけど、お義母さん帰った…。多分結構怒ってる」
紀香が答えるのを聞いて、梨子と陸斗は顔を見合わせて笑う。
「母さんのことは僕が何とかするから！合鍵の隠し場所も変える！ほんとごめん、今から帰る」
旦那の叫びにわかった、と短く答えて、紀香は電話を切った。
「旦那が会社早退するみたいだから、私帰るね」
席を立つと、梨子と陸斗に頭を下げた。
「梨子…ありがとう。恥ずかしかったけど、嬉しかった。それから、そこの人も、ありがとうございます」
◆
「かんぱーい！」
仕事の後、梨子と陸斗はどちらからともなく飲みに行こうと誘い合い、会社近くのバーに立ち寄った。
ハッピーアワーのカクテルを頼むと、梨子は笑いながら言った。
「今日はランチ食べ損なったけど、すっきりした！陸斗くん、ありがとう」
「こちらこそ…恩返しができて良かったです」
陸斗もカクテルを一口なめてぼそぼそと答える。
「恩返し？」
「はい。仕事、すごくわかりやすく教えてくれるので助かっています。あと、司法浪人のこと根掘り葉掘り聞かないでくれているのも…」
― 仕事、褒められた！司法浪人のことは…興味ないだけだけどね。
思わぬところで仕事を褒められて、梨子は嬉しくなる。
「そ、そうかな？沙理ちゃんもいろいろ工夫してくれてたおかげで、仕事も進めやすくなってるしね」
「そうやって、自分を嫌っている人のいいところを見れるのも、尊敬しています」
陸斗が真面目に言う。
「えっ、私、やっぱり沙理ちゃんに嫌われてる？」
「入社間もない僕にもわかるくらいには…」
梨子は一瞬しゅんとするが、どちらからともなく笑いだす。
「私、沙理ちゃんに『ナシ子』って呼ばれてるんだよ。『彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ』だから」
「僕も同じようなものです。『彼女ナシ・貯金ナシ』、でも夢はあります」
酔ってきたのか陸斗が語りだす。
「弁護士になって、“良心の囚人”を救いたいんです。今年の司法試験に絶対に受かるために、1年契約で転職もして、自ら背水の陣も敷きました」
― りょうしん？なんかわからないけど、夢かあ。私の『夢』って何だろう。
きれいな服とメイクでデートすること。Instagramに『結婚しました！』とアップすること。誕生日には素敵なレストランとプレゼントでお祝いしてもらうこと。
どれも梨子のやりたいことに違いはないが、『夢』とは違う気がする。
「ねえ、『夢』ってどうやったら見つかるの？」
梨子が聞くと、陸斗は驚いた様子で答える。
「普通に生きてたら見つかると思いますけど」
「普通に？私、小学校から内部進学、大学は指定校推薦だし、就職はお父さんが何とかしてくれて…普通に生きてきたのに何もないよ」
梨子が不思議そうに言うと、陸斗は梨子の目を見ながらはっきりと答えた。
「それは、ごく一部の恵まれた人が送れるイージーモードの人生ですね。ハードモードに切り替えようと思ったことはなかったんですか？」
― 私の人生がイージーモード？あっ！言葉は違うけど、沙理ちゃんや紀香が言ってたのってそういうこと？
難しい問いにぶつかってしまった梨子は、1人思い悩んでしまった。
「もう行きましょう。ハッピーアワー終わりますよ。金ないんでしょ。僕もです」
「そ、そうだね。じゃあまた今度ハッピーアワーでおいしいお酒飲もう！」
荷物をまとめていると、陸斗が問いかけてきた。
「僕はいいですけど…会社の近くで2人で飲んで、その…うわさになりませんか？」
「私と陸斗くんが？ないない！それに私たち、うわさになるほど会社で存在感ないでしょ！」
それもそうですね、と陸斗が言い、2人は笑いながら店を後にした。
▶前回：「二度と会いたくない」と思っていた彼から、デートの誘い。女が渋々ながら誘いに応じたワケ
▶1話目はこちら：「彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ」31歳・お嬢様OLが直面した現実
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あの人との結婚が私の『夢』？突然動き出す人生に動揺する梨子は…。
