「お前みたいな女はムリ」と冷たくあしらわれた女。幸せになるために取った強硬手段とは
プレゼント。
その包み紙を開けたとき、送り主から相手への想いが明らかになる。
ずっと言えなかった気持ち。意外な想い。黒い感情…。
ラッピングで隠された、誰かの想い。
そこにあるのは、プレゼントなのか。それとも、パンドラの箱なのか──。
▶前回：プロポーズを保留にして海外赴任した女・28歳。赴任先で待ち受けていた、悲惨な展開
＜Amazonの欲しいものリスト追加しました〜。来週誕生日だから、お祝いしてくれると嬉しいな♡＞
麗奈はせっせとインスタを更新する。
表情は真顔、至って真剣だ。
＜26歳は、もっと自分を大切にしたいな♪＞
自分の生活がかかっているから――。
麗奈の欲しいものリストには、リセールバリューの高いものや、生活に必要なものばかりが並んでいる。
麗奈に下心を抱く見ず知らずの男たちから、“投げ銭”をリアルに受け取るのだ。
表面的にはインフルエンサーと名乗り、名実ともに華やかな生活を送る麗奈だが、その実態は悲惨。
企業PRで得られる報酬なんて、たかが知れている。
麻布十番のウサギ小屋のようなワンルームの家賃も、毎晩のご飯代もタクシー代も、誰かに払ってもらわなくちゃ、生活は成り立たない。
＜あ〜、幸せになりたいな〜笑＞
つい、投稿にも本音が滲み出る。
ポストしたそばから、ピコピコとイイねやコメント通知がすぐに届く。けれど、そんな電子音に心は動かされない。もはや、自尊心が満たされているのかすら、よくわからない。
けれど――。
LINEのメッセージ着信音が、麗奈のiPhoneを震わせる。
「っ！！」
ほとんどのアプリとLINEの、ほとんどの友達からの通知をオフにしている麗奈。
LINEの着信音が鳴るということは、“あの人から連絡が来た”ことを意味していた。
はじめて、麗奈の表情が色づく。
＜hiro：欲しいものくらい、自分で買えるようになれよ＞
淡泊な言葉の羅列。辛辣なメッセージ。
既読をつけなくても全文を読めてしまうほどの短文でも、彼から連絡が来るということ自体が、嬉しくてたまらなかった。
憂鬱に支配されている心に、ぶわっと花が開く。
彼に連絡を返すまでの時間、麗奈は束の間の幸せを感じるのだ。
◆
麗奈が彼…宏之と出会ったのは、とある経営者が集う会だった。
いつも通り、会場に添えられる華として呼ばれた麗奈。
いつも通り求められる振る舞いをし、いつも通りチヤホヤされている中で唯一、目もくれない男が宏之だった。
もともと麗奈は、モデルとして成功したいと意気込んで上京してきた。オーディションに、SNSでの活動。そんな小さな仕事でも、何でも一生懸命にやってきたつもりだった。
怠けたつもりなんて、毛頭ない。
それなのに、誰かに媚びを売らないと、ここ東京では生活することすらままならない。
そんなところまで落ちてしまった自分が嫌で嫌でたまらなかったし、そんな女たちをチヤホヤする男たちにも嫌気がさしていた。
だからだろうか。自分に興味をもたない彼の存在が、麗奈の心に響いてしまったのだ。
「あの…。私、あなたにとても興味があります」
素直で直球なところは、麗奈の長所だ。
普通だったら、ちょっといいと思ってもそんな風に声を掛けないだろう。興味を持たれていないのであれば、なおのこと。
けれど、麗奈は自分の直感に従った。
― この人なら、私をここから救ってくれるかもしれない。
「は？」
「多分私、あなたが好きです」
「俺、金づるになるつもりはないよ」
そうバッサリ切り捨てる宏之だったが、それでも麗奈は食いつき、なんとか連絡先だけはゲットした。
それから、麗奈は人生ではじめて男性に猛アプローチ。
男には困ったことがなかったから、いちいち恥ずかしいし、プライドが傷つくし、なぜだかとんでもなくエネルギーを使う。
しかも、宏之はまったく振り向かない。
「俺、真っ当に働いてない女は無理だから」
冷たく放たれる言葉を受け取っても、それでも麗奈は諦められなかった。
「やだ、私はあなたが好きなの！！」
「だから〜…」
でも、不思議と麗奈は、彼とはいつか結ばれるような気がしていた。
どんなにしつこく迫っても、連絡はちゃんと返してくれる。応答がある。たったそれだけのことに光を見いだし、アプローチし続けたのだ。
あるとき、宏之はついに言った。
「ちゃんと、自分の生活を自分で賄えるようになったら、付き合ってもいいよ」
“付き合ってもいいよ”。今までモテてきた麗奈からしたら、随分と上から目線の言葉。
それでも、天にも昇るような気分だった。
それから、麗奈はまた必死に頑張った。
受けられるオーディションは片っ端から受けた。食べるものだってこだわったし、トレーニングだって、できることは何でもやった。
ちゃんと、自分のやりたいことでお金を稼ぎたい。
そのためにSNSだって活用した。どこに可能性が転がっているか分からない。どこで誰に認められるか分からない。
彼にあの言葉をもらってから1年。文字通り、必死にやってきた。
どこぞの誰かに、いい生活をさせてもらっているのは事実。舌が肥えたのも事実。だけど、生活レベルをぐんと下げる覚悟があった。
煌びやかな生活それ自体には、大した興味はなかった。華やかな生活をポストするのは、セルフブランディングのためだけ。
けれど、全然うまくいかなかった。全然。
そもそも、目指す目標が高すぎるということは自覚している。それでも、ここまでオーディションに落ち続けると、どうしても心が折れてしまう。
自分は必要とされていない。その事実が痛いほどに胸に迫り、苦しくて息ができなくなる。
そしてついに麗奈の中で、ぷつりと何かが切れてしまった。
気づくと、部屋には菓子パンやらカップラーメンの食べ残しが散乱している。記憶はない。なぜか、頬に涙の跡だけが残っている。
今日は、26歳の誕生日。
心も体も、ボロボロだった。
気づくと、宏之に電話をしている麗奈。
『もしもし？』
4コール目でやっと電話口にでた宏之。
別に温かく麗奈を受け入れているわけでもないのに、その声を聞くと、麗奈の目に再び涙が溢れた。
『私、頑張ったんだよ…。ちゃんと、ちゃんと頑張ったの…』
言葉にすればするほど、想いが溢れだす。
たしかに、港区女子として数多くの恩恵は受けてきた。
けれど、決して楽して生きていくためじゃない。
“一流モデルになる”という夢を追うための必要経費を、人脈を培うためだった。
コツコツと積み重ねた努力だけは、誰にも負けない自信があった。
それでも、ここ東京という街は麗奈には冷たかったのだ。
負けを初めて認めてしまったような気がして、悔しくて悲しくて、涙がとまらなかった。
言葉にならない麗奈の声を、宏之はずっと無言で聞き続ける。
『そうか…』
またもや、淡泊な言葉。
『ねぇ。最後にお願いがあるの。今日誕生日でしょ、私。一晩一緒に過ごしたい』
自分からその言葉がでてきたとき、麗奈は自分でも何を言い出すのかとびっくりした。
けれど、もう失うものなんてなかった。プライドなんてなかった。
無言を貫く宏之に、麗奈は声を振り絞って、懇願した。
『お願い…』
◆
神様なんていない。
東京で夢破れた麗奈は、そう確信した。だって、神様がいたとしたら…こんな不平等、説明がつかない。
そんな風に絶望に打ちひしがれていた1年前の自分を、麗奈は今は懐かしく思う。
「男の子かな、女の子かな」
「どっちだろうな」
相変らず不愛想に呟く宏之の横顔を、麗奈は嬉しそうに見つめる。
「宏之に似てるといいね」
一瞬はにかんだ表情を、麗奈は見逃さなかった。
神様がいるかどうか、正直よくわからない。
けれど、もしも神様がいるのだとしたら──。
「欲しい物リスト」を待っているだけでは、神様は何も与えてくれない。
だから、その手から気まぐれに与えられるプレゼントを、麗奈は自分でもぎとることにした。
モデルとして成功できないんだったら、次に欲しいと思ったものを全力で手に入れるだけ。そう思って、ただただ行動に移したのだ。
あの日。
宏之に吐露した気持ちに嘘はなかった。
でも、あわよくば…という気持ちと計算があったことは、否定できない。
「幸せになるには、手段を選ぶ必要なんてないのよ…」
麗奈のお腹をまん丸に膨らませている、神様からもぎ取ったプレゼント。
穏やかな声色でそう呟きながら、強い眼差しで、そのプレゼントを撫でた。
▶前回：プロポーズを保留にして海外赴任した女・28歳。赴任先で待ち受けていた、悲惨な展開
▶1話目はこちら：貞淑な妻が夫にねだった、まさかのクリスマスプレゼントとは…
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脈ナシの男性の心が動いた、女が送った大胆なバレンタインプレゼント。
