何度デートを重ねても、彼の恋人に決してなれない29歳女。その残酷な理由とは
空前のゴルフブームが到来している今、ゴルフは男女の出会いの場としても有効だ。
30歳を目前に、いい出会いがなく焦りを感じていた森脇那月（29）も、ゴルフを始めたが…。
東京のゴルフコミュニティーに、ヒエラルキーが存在することを知る。
同じ思惑を抱く女性たちが集うこのコミュニティーで、那月は最後まで勝ち抜き、理想の男性を捕まえることはできるのか―。
◆これまでのあらすじ
▶前回：「これって、付き合ってるの？」デートは頻繁にしてるし、お泊まりもするけど…。29歳女の本音
Vol.8 予期せぬ彼女の恋愛事情
レースをあしらったグレーのワンピースを身にまとい、大手町の駅からエレベーターで目的地へ昇っていく。
大手町『アマン東京』のアフタヌーンティーは、上流インスタ女子御用達スポットだ。
自分がここに、華やかな美人女性たちと共に来ることになるとは、たった数ヶ月前は想像もしていなかった。
『聡子：私の名前で予約しているので、現地集合で！』
ゴルフ番組の収録で知り合った聡子さんの声がけで、今日は収録に参加していた女子6人で集まることになっている。
収録から約2週間、毎日のように連絡は取り合っていたが、こうやって集まるのは初めてだ。
― 聡子さん、恋愛相談したいって言ってたけど、何があったんだろう…。
少し早めに到着し席に案内されると、すでに聡子さんがいた。
「那月ちゃん、撮影ぶりね！」
「今日は予約とか、いろいろありがとうございます！」
お店の提案から予約まですべて迅速にこなし、今日も一番乗りで到着している聡子さんは、やはり“完璧女子”という印象だ。
「ゴルフっていう共通の趣味があるだけじゃなくて、同世代の働く女性としてみんなのこと好きだから、今日とっても楽しみにしてたのよ」
“一軍ゴルフ女子”たちは、仕事にもゴルフにもプライドを持って、時間を惜しまず向き合っている。
そして、自分の美しさを追及することにも妥協がない。
聡子さんの言葉に、自分も華やかな彼女たちの一員として認められた気がして、素直に嬉しかった。
約束の14時になると、メンバーが全員揃った。
それぞれが華やかないでたちなので、みんな揃うと場がきらびやかになる。
ケーキスタンドが運ばれてくると、まずは撮影タイムだ。
思い思いのアングルで自撮りをし、店員にもカメラを持たせて集合写真を撮り、ようやく食事の時間だ。
「…そういえば聡子さん、恋愛相談したいって、何があったの？」
フルーツにフォークを指しながら、ひとりが切り出す。
「長くお付き合いしている彼がいるんだけどね、また最近も女の子を家に呼んだりしているみたいで…」
聡子さんみたいな美人とお付き合いをしておいて、浮気をするような男性がいるのかと驚くのも束の間。
聡子さんと元々交流のあるという女性がこう返した。
「…大輝さんのそれ、今に始まったことじゃないから難しいね…」
― え、大輝さんって…？
嫌な予感がした。
先週収録した番組によく出演している聡子さん。
そしてその番組のスポンサーをしている大輝さん。
番組に何度も出演オファーされているのは、自分の実力ではないとでもいうように、やたら謙遜していた彼女の様子が思い起こされる。
― 聡子さんが番組に何度も呼ばれていたのは、もちろん彼女の評価が高いのもあるけど、スポンサーである大輝さんの彼女だったから…？
すべての点が繋がるように、身の回りで起きたいろいろな事実が結び付き始める。
さっきから私の心臓がうるさいのは、大輝さんに裏切られたからなのか、それとも、聡子さんに気づかれているんじゃないかという焦りからなのか…自分でもわからない。
ゴルフ場は、確かに最高の出会いの場だ。それは決して間違っていない。
でも、魅力的な出会いの場である一方、男性も、そして女性もレベルが高い。
その分、優良な男性の本命に選ばれるのは難しいという現実を突きつけられた気がする。
― 私、大輝さんとの未来を本気で期待してたのに、とんだ勘違いじゃない…。
「聡子さんにはいくらでもいい人がいるよ！」
「もちろん大輝さんを信じてみてもいいと思うけど、もっといい人探すくらいの気持ちで次にいくのもいいと思うよ！」
周りのみんなは、聡子さんに励ましの言葉をかける。
その言葉も、本当はみんなも次に大輝さんを狙って言っているんじゃないかだなんて疑う心が芽生えるほど、このコミュニティーの怖さのようなものを感じていた。
「…お話はいつでも聞けるので、聡子さんが思うベストな結論を選んでくださいね」
「那月ちゃん、ありがとう、そう言ってもらえて心強い」
聡子さんにかける言葉を私は必死に絞り出したというのに、彼女から返ってきた淀みのないまっすぐなお礼の言葉が、体中の傷口に染みるような気がした。
― こんなステキな人のこと、私はこれ以上裏切れない…。
私自身も心が痛かったけれども、聡子さんを悲しませることの方が辛いとさえ思えてしまった。
◆
「じゃあ、次はみんなゴルフでね！」
恋人に裏切られて傷ついているはずなのに、聡子さんは最後まで明るかった。
アフタヌーンティーはとても可愛らしかったし、私のお腹は満足したけど、心の中はもやもやして満たされていない。
― このまま家に帰る気分じゃないわ。誰かと一杯飲んで帰りたい気分…。
そんな時、ふと思い浮かんだ顔があった。
私は、スマホを取り出し、通話ボタンをタップした。
「もしもし？突然ごめんね。もし空いてたら、今晩一緒に食事でもどうかな？」
タワマンパーティーで出会ったサトル君に、私は突然の電話をしたのだ。
彼は、驚いたように、少し慌てた声色で応答する。
「那月さん、突然どうしたの…？」
「今会いたいって浮かんだ人が、サトル君だったから」
「僕の方からずっと誘えてなくてごめん。僕も、今日会いたいな」
約束は19時。丸の内を少し散策しながら、待ち合わせの時間を待った。
◆
彼から指定された店は、新橋の日本酒の品揃えが豊富だという人気の居酒屋だ。
日本酒も居酒屋メニューも好きだ。だが、初めてふたりで行く店のチョイスとしては、少し気落ちする選択だった。
― こっちも急に突然当日に誘ったし、変にかしこまらずに…って配慮かもしれないしね。
知ってしまったこれまでの贅沢なデートと無意識に比較してしまう気持ちを振り切って、店へと向かう。
少し薄暗く、ガヤガヤとした店内に入ると、サトル君はすでに来てきた。
「ごめん、待たせちゃった？」
「まだ約束の時間より前だよ？僕が早く着いちゃっただけだから」
テーブル席のサトル君の向かい側に座る。
久しぶりの居酒屋だ。いっそこの雰囲気を楽しもうと、日本酒と、お酒に合いそうなメニューを適当に見繕ってオーダーする。
「毎日連絡は取ってたけど、あれから会うのは初めてだね」
「そうね…なんだか不思議な感じ」
彼の言う通り、タワマンパーティーで思わぬ意気投合をしたあの日から、結局一度も会う機会はなかった。
何度か誘いがあったものの、大輝さんのことで頭がいっぱいで、サトル君との時間を取ろうという気持ちに私自身がなれていなかったのだ。
「…最近ちょっと自分の身の回りに疲れちゃって。少し離れてみたいなと思った時に、サトル君の顔が浮かんだの」
「嫌なことでもあったの？」
「自分もよくないところがあったんだけど、もやもやはするかな」
心配そうな表情を浮かべてくれるサトル君。
私は嫌なことから目を背けたくなって、ただそのためにサトル君の優しさを利用しているのかもしれない。
ただ、共通点があまりにないからこそ、余計な詮索をされることもなく、彼との会話は気楽だった。
変に肩肘を張らずにいられたし、彼もありのままの私に魅力を感じてくれているのだと思えた。
「あの日、那月さんと出会えたのは、ちょっとした奇跡だと思うんです。
…お互いタワマンパーティーの時、居心地が悪くて、浮いた者同士で意気投合するなんて、おかしな話ですけどね」
そう言ってサトル君は笑った。
彼とは波長が合うし、あの日ひょんなことから出会えたのは、確かに奇跡だと、私も思う。
「那月さん、この先を信じて、これからも好きでいてもいいですか…？」
突然はっきりと告げられる彼の想い。
ムードもなければ、明確に付き合おうという告白でもない。
でも、その正直で真っすぐな言葉に、自分の心が揺らいだのがわかった。
「…好きでいてくれたら、嬉しい」
期待させるような言葉を選んでしまったかもしれないと、一瞬後悔した。
でも、好きでいてほしいという気持ちが、私の今の答えだった。
◆
サトル君と話は尽きなくて、寄り添って駅に向かいながらも、別れるぎりぎりまで会話を交わす。
そっと差し出された手を握ると、彼の温もりが伝わってくる。
「那月さん、またね」
「うん、今日はありがとう」
楽しい時間だったし、今日彼に会えてよかった。嫌だったことを忘れられる時間だった。
でも、“またね”という言葉が、私の中でどこか引っかかっている。
― サトル君の優しさに甘えて、また会ってもいいのかな…。
私のことを好きでいてくれる人がいるなんて、とても嬉しい。
でも、まだサトル君が好きという気持ちに確信がないのに、その気にさせるような態度を取ってしまっていいのかなと思う。
― もし会い続けたら、大輝さんが私にしていることと一緒だよね。いわゆるキープみたいな…。
私は、ゴルフを通じて、憧れるような華やかな世界に足を踏み入れることになった。そこで、今まで出会うことのなかった刺激をたくさんもらっている。
すごく失礼だけれど、そんな世界を知ってしまった私には、サトル君じゃ物足りないと思っている自分もいる。
仕事や住んでいる場所…。
いわゆる“目に見えたスペック”でその人の全てを決めつけてはいけないけれど、結婚相手として考えるのであれば、それは男性を選ぶ上での大きな判断基準にはなる。
言い方は悪いが、サトル君を選べば、それなりに幸せになれそうだ。
でも、それが、本当に自分が求めている幸せなのかわからない。
― こんなこと考えているから、婚期逃すのかな…。
サトル君を好きになれたら、なにかから解放されるような気もする。
でもそれが、私の求めている答えなのか、まだわからなかった。
▶前回：「これって、付き合ってるの？」デートは頻繁にしてるし、お泊まりもするけど…。29歳女の本音
▶1話目はこちら：「イイ男がいない」と嘆く29歳女が見つけた、最高の出会いの場とは
▶Next：1月23日 月曜更新予定
葛藤の果てに、那月がサトルに対して抱く感情とは…？
