和やかな送別会が、一気に地獄に…。女が後輩に送った最悪なギフトの中身
プレゼント。
その包み紙を開けたとき、送り主から相手への想いが明らかになる。
ずっと言えなかった気持ち。意外な想い。黒い感情…。
ラッピングで隠された、誰かの想い。
そこにあるのは、プレゼントなのか。それとも、パンドラの箱なのか──。
▶前回：元日に母から「結婚の予定は？」と圧力をかけられる女。30歳でプロポーズを断った理由とは
梨香子は、盛大な拍手に包まれていた。
「短い間でしたが、本当にお世話になりました。とくに美枝さんには…」
涙をこらえながら、必死に言葉を紡ぐ。
「梨香子、おめでとう！本当におめでとう！」
言葉をかけるのは、同じ部署でずっと彼女の面倒を見ていた美枝だ。
「美枝先輩〜、ありがとうございます。私が彼と結婚できたのも、美枝先輩のおかげです。なんて感謝していいのか…！」
感極まっている梨香子に、花束がプレゼントされる。
「これ、みんなから」
「え〜！！嬉しいです…！」
ついに泣き出した梨香子に、美枝は柔らかい笑顔を向けた。
「泣かないでよ〜、こっちまでもらい泣きしちゃうじゃない…！」
「ごめんなさい〜」
可愛らしい妹と姉のような、なんとも微笑ましいやりとり。
「これ、プレゼント。梨香子のこと思って、私が選んだの！」
そして、美枝は梨香子にシャネルの紙袋を渡した。
◆
梨香子が新入社員として入社してきたのは、3年前のことだ。
「よろしくお願いいたしますっ！」
上ずった声で、緊張しながら挨拶してきた梨香子のことを、美枝は今でもよく覚えている。
見るからに柔らかそうな髪の毛はぴちっと一つにまとめられ、小柄な身体はリクルートスーツに包まれていた。
どこからどうみても、THE・新入社員。
同性の後輩が苦手な美枝だったが、梨香子だけはなぜだか可愛く思えてしまった。
梨香子の教育担当に任命された美枝は、それから梨香子の面倒を見ていくことになった。けれど梨香子は、それはそれは手のかかる子だった。
「パワポって、どうやって文字書くんですか？」
「メールの宛先って、“さま”と“さん”どっちですか？“さま”は漢字ですか？ひらがなですか？何でですか？」
「名刺交換するときはどっちからしゃべり始めるんですか？」
当時32歳だった美枝にとって、梨香子からの初歩的すぎる質問攻撃は衝撃的だった。ちょっと強く言われただけですぐにトイレに籠って泣いてしまう打たれ弱さは、美枝には理解不能だった。
それでも、手のかかる子ほどかわいいとはよく言ったもので、次第に情が湧いてくる。
少しずつ仕事をこなせるようになった姿を見たとき、子育ての醍醐味みたいなものを垣間見たような気がした。
― この子、可愛い。
そんな風に、微笑ましく梨香子の成長を見守っていた。
梨香子が2年目になったときだろうか。
公私ともに仲良くなったこともあり、徐々に梨香子は美枝にプライベートな相談もするようになっていった。
「最近、すごい気になる人がいて…」
「え〜！どんな人なの？今、どんな感じなの！？」
「その人、食事とかには誘ってきてくれるんですけど…」
なかなか進展がないという男性との関係を、美枝は全力で応援したりした。
「私、今の彼とは付き合うとき、自分から告白したよ！女は待ってなきゃいけないなんてルールはないんだから、言っちゃいなよ！若いんだから、失敗したっていいじゃん！！」
「え〜、美枝さんがそんなこと言うなら、言っちゃおうかな…。やばい、考えただけで緊張しちゃう…！」
そんな美枝の後押しもあって、梨香子はその彼との付き合いを正式にスタートさせ、ついには結婚に至った。
美枝は公私ともに、梨香子のサポートをし続けていたのだ。
◆
梨香子は涙をぬぐいながら、丁寧に包装紙をほどく。
「私、本当に美枝さんがいなかったら、どうしてたんだろう…。仕事もプライベートもどうなってたかわかんないです…。本当に全部美枝さんのおかげで…」
プレゼントを開けながらも、美枝への感謝を伝える。
そして、梨香子はプレゼントの中身を取り出した。
その瞬間、目つきが変わった。
「これって…」
それは、シャネルのメンズラインの化粧品。
「彼と、一緒に使ったらどうかなって」
さっきまで潤んでいた梨香子の瞳は乾ききり、表情は青ざめていく。ゆっくりと、美枝の表情を覗き込む。
何か恐ろしいものを見つめるように…。
「なんで、これ…」
「お幸せに」
美枝は冷たく言い放った。
◆
美枝：「辞めてくれて、せいせいした」
「美枝先輩、私ついに自分から告白しました！彼氏ができたんです！！てか、実は同じ会社なんですけど…」
梨香子の意中の相手が同じ会社の先輩であると伝えられたのは、交際報告と同時だった。
「ちなみに…、相手って誰？」
美枝は、聞くのが怖かった。
交際報告をされたとき、なぜだか妙な胸騒ぎが全身を駆け巡った。
「隣の部署の、拓巳さんです！」
ビンゴ。
「そうなんだ…おめでとう…」
鈍感で脳内お花畑真っただ中の梨香子には、美枝の表情の変化は読み取れなかっただろう。
拓巳は、当時の美枝の恋人。
33歳の美枝は、真剣に彼との将来を考えていた。しかし、どうも最近様子がおかしいと思っていたのだ。
そして、その日の夜、美枝は拓巳にフラれた。
拓巳は美枝との交際を隠したがったが、梨香子のことはすぐにオープンにした。
その扱いの違いにも、腹が立った。
けれど、美枝はこの会社でコツコツとキャリアを積み重ねてきたのだ。たかだか恋愛のいざこざで会社を辞めたりだとか、荒波を立てる気は毛頭ない。そんなことをする女を軽蔑していた。
でも…。
同じ職場に、フラれた相手とその新しい恋人がいる。しかも、その女はすぐそこにいる。
「たかが恋愛のいざこざ」、なんて、簡単に片付けられるわけがない。毎日目の前に突きつけられる絶望は、美枝の精神をじわじわと追い詰めていった。
梨香子に罪はない。
そんなの知ってる。けれど、知らなかったからって、罪がないからって、許せるわけじゃなかった。
梨香子の手にした幸せは、美枝の幸せを横取りした上に成り立っているという事実を、しっかりわかってもらわなければ気がすまなかった。
拓巳がずっと愛用していた、シャネルのメンズライン。
梨香子からときおり、その香りがふわっと漂ってきたときは、吐き気を覚えた。
思い出のある香りを嗅ぐと、そのときの光景がいやでもフラッシュバックする。
二度と嗅ぎたくない、その匂い。
大嫌いな、あの香り──。
本当は、あのパッケージをもう一度目にするのも嫌だった。けれど、プレゼントを渡すだけで勘づかせるには、唯一にして最適なアイテムだと思ったのだ。
案の定、梨香子はシャネルの袋を手にしたまま、まだフリーズしている。
やり方が姑息だと思われても、もう、どうでもよかった。
「その香り、私も好きだったよ」
「…」
「2年前まではね…」
「…」
徐々に、梨香子の目がうるんでいく。
さっき流した涙とは、また別の種類の涙だろう。
美枝は最後に不敵に微笑み、自席へと戻っていった。
▶前回：元旦に母から「結婚の予定は？」と圧力をかけられる女。30歳でプロポーズを断った理由とは
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