経営者の短期志向が会社にもたらす不都合な真実
競合の動きを凍結させて首位逆転を果たしたのは、どんな企業でしょうか(写真:Sergey Nivens/PIXTA)
偉大な経営者たちの着眼点を知り、日本経済を牽引してきた企業110ケースについて学ぶ三品和広著『企業成長の仕込み方』がこのほど出版され、『経営戦略の実戦』シリーズ(全3巻)が完結した。
今回は、市場占有率を逆転した102ケースを収録した第3巻『市場首位の目指し方』から、成長市場で、構えの再編で首位奪取を果たした12ケースを本書から抜粋・編集してお届けする。
意図しない競合凍結で首位逆転
本書では、市場を成長市場、衰退市場、成熟市場に分けて、それぞれの環境下で起きた逆転劇計102ケースを分析している。
前回の記事では、成長市場で、「独創的な立地選択を果たして市場シェアを逆転した」10ケースを紹介した。
今回の記事では、「意図しない競合凍結」で首位逆転を果たした7ケースと、「狙い打ちの競合凍結」で首位逆転を果たした5ケースを紹介する。
意図しない競合凍結で首位逆転を果たした7ケースは下記のとおりとなる。
■意図しない競合凍結で首位逆転の7ケース
ポリカーボネート(三菱化学が帝人を逆転、1999年)
鼻炎薬(大正製薬がスミスクラインビーチャムを逆転、1995年)
大容量全自動洗濯機(日立製作所が松下電器産業を逆転、1994年)
液晶ポリマー(ダイセル化学工業が住友化学工業を逆転、1993年)
切符自動販売機(立石電機が神鋼電機を逆転、1984年)
フィルム粘着テープ類(日東電工が積水化学工業を逆転、1988年)
歯付ベルト(ニッタが三ツ星ベルトを逆転、1997年)
*年は、首位交代が起きた年を指す
「意図しない競合凍結」とは、新首位企業が事業環境の大きな変化を見据えて断行する構えの再編成が奏功し、それを旧首位企業が傍観することから成立する逆転劇のことである。
ポイントは、新首位企業が構えの再編に乗り出す時点で、必ずしも旧首位企業を意識していない点にある。それゆえ、競争戦略というよりは、事業戦略の色合いが濃い。
ポリカーボネートのケースでは、帝人が高級グレードを開発して、オプティカルディスク用途を押さえ込んでいた。
■三菱化学 対 帝人のケース
帝人が確立した構えは、国内のオプティカルディスクメーカーに原料レジンを供給するというもので、石油化学業界では普遍的に見られる選択であった。
そこに割って入ろうとした三菱化学は、有力顧客を確保できなかったためか、川下に垂直統合をかけて自らディスクを成形する構えを敷いたものの、成形事業で海外勢にコスト競争を挑まれ、窮地に追い込まれてしまった。
そこで繰り出した起死回生の一手が、海外の競合を取り込むという逆説的な再編策であった。
自らは成形事業を縮小し、海外の競合に原料と金型を供給する一方で彼らからディスクを買い取り、自社ブランドで販売するという再編策が功を奏し、三菱化学は帝人の顧客からシェアを奪っていき、結果的に川上のポリカーボネートでも逆転が実現した。
このケースで帝人が追随できないのは、三菱化学の後を追うと優良顧客を裏切ることになるからである。
ここでは緒戦の勝利が仇となっている。それは、海外の成形メーカーとの向き合い方について苦慮していた三菱化学にとっては、必ずしも狙った効果ではないに違いない。
■大正製薬 対 スミスクラインビーチャムのケース
次の鼻炎薬も、意図せず競合を凍結するという点においては、ポリカーボネートのケースに勝るとも劣らない。ここではドラッグストアの台頭が外生的な変化で、それに危機感を抱いた大正製薬は従来のプッシュ型のマーケティングをプル型に大転換する再編成をいち早く成し遂げた。スミスクラインビーチャムは傍観するしかなく、逆転が成立している。
時機が到来するタイミングは制御できない
上記の全ケースの共通項は、外生的な変化である。それを傍観した企業が、積極的に対応して構えを再編した企業に首位の座を譲り、逆転に至ってしまう。
または、異なる構えを敷いていた企業間の優劣が、外生的な変化によって初めて明確になる。そういうパターンが、ここでは浮き彫りになっている。
外生的な変化には、全国紙の一面を飾るマクロ経済的なものもあれば、業界紙だけが取り上げるミクロ経済的なものもあるので、その点には留意されたい。いずれにせよ、時機読解が重要となるケースである。
成長市場で、構えを活かして逆転を狙う方々は、息の長い長期戦を覚悟したほうがよい。積年の劣勢を跳ね返すには往々にして自社の力だけでは難しいため、時機の勢いを借りる必要がある。
■長期戦を見据えた人事を
しかしながら、時機が到来するタイミングは制御できないため、焦ってはいけない。ひたすら時機の到来を待ち、兆候を掴んだ瞬間に、誰よりも早く機敏に反応する。それが、ここでの勝ち方となっている。
このパターンにとって障害となるのが、人事である。年功序列への反動で評価や報酬を単年度業績に連動させる企業は増える一方ながら、成果主義に傾き過ぎると事業経営責任者を短期志向に駆り立ててしまう。
次に取り上げるのは、「狙い打ちの競合凍結」で首位逆転を果たした5ケースである。
■狙い打ちの競合凍結で首位逆転の5ケース
電気ドリル(マキタ電機製作所が日立工機を逆転、1984年)
マニラボール塗工紙(北越製紙が大昭和製紙を逆転、1980年)
水中ポンプ(鶴見製作所が荏原製作所を逆転、1993年)
針状ころ軸受(日本精工がNTN東洋ベアリングを逆転、1984年)
ダイカストマシン(宇部興産が東芝機械を逆転、1988年)
*年は、首位交代が起きた年を指す
狙い打ちの競合凍結は、逆転する側が競合の弱点を見据えたうえで仕掛け方を選ぶパターンである。
競合の弱点を突く発想
ここで契機となる変化は、外生的な場合もあれば、逆転される側が内生的に自ら生み出す場合もある。重要なのは、あくまでも競合の弱点を突く発想である。
■マキタ電機製作所 対 日立工機のケース
象徴的なのは電気ドリルのケースで、ここでは容量の大きいニッケル・カドミウム二次電池の登場が契機となっている。これは電動工具業界の外で起きた技術革新であり、外生的な変化の一例と言ってよい。
日立工機は、電池メーカーを抱える企業グループのメンバーで、間接的に電池メーカー各社とは競合関係にあった。
特にニッケル・カドミウム二次電池は供給元が実質上1社に限られる状態が続いたことから、マキタ電機製作所が早々にニッケル・カドミウム二次電池を採用して電気ドリルのコードレス化を実現したのは、日立工機が電池の供給を受けにくい立場にあることを見越したうえのことと考えられる。
■北越製紙 対 大昭和製紙のケース
マニラボール塗工紙のケースでは、大昭和製紙が長年放置してきた公害問題を解消するための投資を強く迫られるに至ったことが契機となっている。これは内生的な変化の一例である。
第一次石油ショックの渦中、北越製紙が社運を賭した設備投資を敢行し大昭和製紙を突き放したのは、大昭和製紙が公害対策以外の目的に設備投資を振り向けることが財務的にも社会的にも難しいことを見越しての判断であったに違いない。
大昭和製紙が身動きの取れない期間に、北越製紙はマニラボール塗工紙事業で盤石の体制を整備して、新たな盟主に躍り出ている。
応戦しないことが合理的な状況をつくる
競合を凍結する、または金縛りにする戦略は、好機を捉えて打つ必要がある。そのためタイミングを選ぶ自由は著しく限定されてしまう。凍結を意図しない場合も、意図する場合も、その点は同じである。
時機を捉えて動くことは戦略の一般則として重要ながら、なかでも構えの変更は時機を捉えない限り成り立たない。それゆえ時機の読解が本質的に重要となる。
やっと自分がしかるべきポジションに就任して「さて、いよいよ」と力んでも、そのタイミングで競合凍結を狙えるかどうかはわからないという点は心得ておいたほうがよさそうである。
■しがらみの少ない専業メーカーのための戦略
狙い打ちの競合凍結は、マイケル・ポーターを始祖とする競争戦略論の中核的な概念である。ゲーム論の言葉に置き換えるなら、これは競合にとって応戦しないことが合理的となるような均衡点、もしくは攻め口やタイミングを選ぶことに等しい。
競合をフリーズまたは金縛り状態に追い込んで逆転するのはエレガントな勝ち方であり、これこそ戦略のなかの戦略と考えたくなるのも無理はない。
しかしながら、本節で小が大を食うパターンが浮かび上がっているところを見ればわかるように、この戦略を使えるのは、しがらみの少ない専業メーカーに限られる。
弱者の戦略と見れば痛快ではあるが、万能とは言い難い。しかも、攻め口やタイミングの選択を間違えると自爆に追い込まれることもあるので、その意味においても使い手を選ぶ戦略である点には留意していただきたい。
(三品 和広 : 神戸大学大学院教授)