優しかった彼が、急に冷たくなったのはなぜ？4年ぶりの再会で彼が明かしたまさかの理由
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
希依は、咲と顕彰を連れて、想太に会いに行った。想太は今の彼女が「心配性」なのだと言い、早々に帰ろうとしてしまう。しかし帰り際、想太は「希依と2人で話したい」と言い…。
“2人で話したい。あの冬のことについて”
道端に立つ希依は、まるで時が停止したかのような感覚に包まれていた。かろうじて、声をしぼり出す。
「…いいけど、想太、時間大丈夫なの？」
「うん。希依に、ずっと言いたいことがあったから」
希依は、咲からの厳しい目線を感じながらも「ちょっと想太と話してから帰るわ」と言った。
顕彰と咲を乗せたタクシーを、想太と並んで見送る。
「希依。呼び止めてごめんね」
ゆっくり歩き出した想太に合わせて、希依も歩く。
「想太、彼女から電話で呼び戻されたんじゃないの？大丈夫なの？」
希依の頭には、先ほど聞いた顕彰の“名推理”が浮かんでいた。
希依にDMを送ってきたのは、嫉妬した想太の彼女なのではないか？
そう顕彰は言ったのだ。
― 私のエッセイのせいで、想太が彼女とケンカしてたらどうしよう。
思わずソワソワしてしまう。
「彼女さん、なにに怒ってたの…？」
「希依は気にしなくて大丈夫だよ。電話で呼び戻されるのはいつものことなんだ。どうして、希依がそんなにソワソワするの？」
想太がおかしそうに笑うので、希依は白状する。
「さっき顕彰がね、『あのDMは、想太の彼女が送ってきたんじゃないか』って言ったの」
顕彰の推理を詳しく伝えると、想太はハハッと声をあげて笑った。
「彼女はね、そんなに回りくどいことはしないタイプなんだよ。嫉妬したら、すぐに問い詰めてくる。残念だけど、顕彰の推理は間違ってるな」
想太は、希依の手を見つめながら「そんなことより…」と言った。
「…結婚。したんだね？」
先ほどのカフェでそれを伝えていなかったことに、希依は今さらながらに気づく。
「そう。した。2年前」
「そっか。…つい呼び止めちゃったけど、希依こそ時間大丈夫だった？旦那さん待ってるよね？」
気遣いができるところは、昔から変わっていない。希依は微笑んだ。
「大丈夫。夫は昨日から、いないの。出張でね」
「そっか。それは寂しいね」
「うん。でも慣れた。彼、パイロットでね、本当によく家を空けるの」
想太は「へえ、パイロット」と言いながら、暮れ始めた空を見上げた。
「じゃあ旦那さんは、安定してるね。よかったね」
急にそんなことを言うので、希依は笑ってしまう。「安定ってなによ」と言うと、想太は至って真面目な顔で言った。
「大事だよ、安定」
不自然な間が空いた。想太がなにか大切な話を始めようとしていることが、希依には手に取るようにわかる。
「希依。最後に会ったあの日…2018年のクリスマスイブの日。ごめんね。僕はあのとき、本当に限界だったんだ」
「…限界？」
希依は、足をピタリと止めた。指先がどんどん冷えていく。
「限界ってなに？」
「なんていうか本当に、立ってるのも限界で」
「それは…体調が悪かったってこと？」
想太は「うん」とも「ううん」とも取れる、曖昧な声をもらす。
「実はさ、2018年の夏の終わり頃からかな。寝ても覚めてもずっと身体がしんどくて、仕事があるのに、ベッドから出られない日が続いたんだ。
それで、さすがにこれはまずいと思って病院に行った。その診断をもとに、実は秋の終わりくらいから、会社を休んでたんだ」
初めて聞く話だった。
「あのイブの日は、たしか平日だったろ？希依は僕に『有休をとって』って言ったんだよね。でも、僕はその頃もう、そもそも仕事には行ってなかったんだ。隠しててごめんね」
「え？…なんの病気だったの？今は、大丈夫なの？」
「うん、今は大丈夫。けど当時は、結構大変だった。なんの病気かっていうと、心の病気だった」
希依は、なにも考えられなくなった。今の今まで、そんなことは考えもしなかった。
「その…原因は、やっぱり仕事？」
「うん。あの営業の仕事が、本当に合わなかったんだ。ちょうど2年目の夏くらいから、仕事がやたらと重くなってさ。気づいたら、つぶれてた」
想太の乾ききった笑い声に、悔しさがこみ上げる。
― 2018年の夏？想太に、なにか異変を感じたことがあったかな？
思い出せなかった。
2018年の夏は、それまでと同じように、平日は週に1、2回食事に行き、土日もどちらかの家でデートをしていたはずだ。
「全然気づけなかった」
「気づかなくて当然だよ。希依と会う時だけは、今までと変わらない僕でいられたからね。あの頃ね、24時間ずっとしんどさの中にいるのに…希依に会えるんだって時だけ、身体が魔法みたいに軽くなったんだ」
「そう…」
「それに僕、仕事に行けてないことがばれないように、希依に会うときだけわざわざスーツを着たりしてたし」
「どうして私に、隠したの？なんで一言も相談してくれなかったの？」
「相談しなかったのは、そういう魔法みたいな時間に、深刻な話なんて一切したくなかったからだよ」
想太は、清々しく笑った。
「本当にあの頃の僕にとって、希依はオアシスだった」
それから、表情をゆっくりと曇らせていく。
「なのにあのイブの日、僕は…もうオアシスすら欲さなくなったというか。すべてが、どうでもよくなってしまって」
希依は、ふうっと息を吐く。呼吸が浅くなっていた。
「あの日僕は寝坊したってウソをついたけど、別に寝坊したわけじゃない。ずっと起きていて、脳みその一部だけが『今日は希依に会いに行く日だから起きろ』って叫んでた。でも、起きられなかった」
「うん…」
「希依からの電話が鳴ってるのもわかってた。待ち合わせの時間が過ぎていることもわかってて、でも、動けなかった。
あの頃の僕にとっては、連絡を返すことが、果てしなく難しいことだったんだ。希依に連絡しなくちゃってわかってたのに」
想太は「寒い中一人で待たせちゃって、本当に悪かった」とうなだれる。
「それから僕、クリスマスイブを忘れてたでしょ？あれも最低だった」
「想太。お願いだから、自分をもう責めないで」
希依はうつむくほかなかった。
「…私がいけないんだ。想太がそんな状態なのに、なんにも気づかないで。クリスマスデートなんて誘って、ひとりで浮かれて…」
アスファルトに、涙が落ちていく。
「想太みたいな優しい人が、急に冷たくなったんだもん。私、失望する前に、心配するべきだった。あのイブの日、想太に『大丈夫？』って聞くべきだったんだよ…。
なのに私、タクシー乗り場で想太を責めた。せっかく来てくれたのに、責めた」
鼻がツンとして痛んだ。
想太は「誰だって責めるさ。希依はほんとうに、なーんにも悪くないよ」と言って、希依の背中に触れた。それから、ハッとした様子ですぐに手を離す。
「希依、泣かないで。…前みたいには、なぐさめられないから」
どれくらいの間、泣いていただろうか。
通りすがりの小学生くらいの男の子が、「あの人たちどうしたんだろうね」と大声で親に言ったことで、我に返る。
それから、顔を見合わせて笑った。
「はあ…道端で泣いちゃった。じゃあ想太は、それで自分を責めて…音信不通になったってことね？」
「まあ、そうなんだけど」
想太は、一瞬遠い目をした。
「でも、直接の原因は、そのことじゃないんだ。…ここからは、言っていいのかわからないんだけど。顕彰がさ…」
▶前回：元カレと4年ぶりの再会。「未練はない」と確信していたのに、彼の“ある言葉”に動揺し…
▶1話目はこちら：「もう無理」と、イブに突然フラれた女。数年後、謎のDMが届いて…
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想太が音信不通になった、直接の原因とは？
