彼と一晩過ごしたあと、急に連絡が途絶え…。2週間後に男から送られてきた衝撃のLINEとは
“インスタ映え”が流行語大賞に選ばれたのは、もう5年も前のこと。
それでもなお、映えることに全身全霊をかける女が、東京には数多く存在する。
自称モデル・エリカ（27）もそのひとり。
そんな彼女が、“映え”のために新たに欲したのは「ヨガインストラクター」という肩書だった―。
エリカは、ヨガの世界で“8つの特別なルール”と出合う。しかし、これまでの生活とは相いれないルールばかりで…。
◆これまでのあらすじ
年上の彼氏・智樹に、インストラクターとしての活動を軽蔑されていたことを知ったエリカ。智樹と距離を置くことに。そのとき、プロ野球選手・和寿と、成り行きで一夜を共にしてしまう。目覚めると、エリカはホテルに1人で…。
▶前回：有名野球選手から突然DM。毎日LINEする仲に。浮かれて食事に行くと、まさかの事態が
Vol.10 瞑想がしたいのに、迷走してしまう私
「あれ…和寿くん？」
目を覚ますと、ベッドに和寿の姿はなかった。
彼が眠っていた右隣のシーツに手を伸ばす。ソッと触れてみると、そこはすっかり冷え切っていた。
― え、帰っちゃったの。…いつ？
私は、鞄にしまったままのスマホを取るために、ベッドから出た。
もしかしたら、急に帰らなくてはいけなくなった理由を、LINEに送ってきているかもしれない。
だが、淡い期待は、すぐに打ち消される。アイコンに表示されていた通知バッジ“1”は、母からの「何時に帰ってくる？」だった。
和寿に電話をかけるが、耳元でコール音がむなしく鳴り続けるだけ。
「…お願い、出て。これじゃ、ワンナイトじゃない」
祈るような気持ちで、つかんでいたカーテンを開ける。すると、ぼんやりと寝ぼけた視界に、青空に映える東京タワーがまぶしかった。
エリカ：「今、どこ？」
続けざまに送ったLINEは、すぐに既読になった。
和寿：「昨日はありがとう」
― それだけ？ほかに何かないの…。
質問の答えになっていない彼からの返信に、私はなんと返せばいいのかわからなかった。
和寿からの連絡も、その日を境にパタッと途絶えたのだった。
2週間後―。
ヨガスタジオと、立川にある実家を往復するだけの生活を送っていると、和寿からLINEが送られてきた。
和寿：「エリカさん、ごめん」
その内容に、私はサーッと血の気が引くのを感じた。
和寿：「この前会ったとき、写真を撮られてたみたいなんだ」
エリカ：「何それ？どういうこと？」
和寿からは、すぐに記事のURLが送られてきた。
“二股愛を激写！”
下品なタイトルが付けられたその記事には、元人気アイドルグループに所属していた女性と彼の2ショット写真が取り上げられていた。
そして、画面を下にスクロールしていくと、和寿と私の写真が出てきたのだった。並んでホテルのエントランスへと向かう彼の手は、私の腰にまわされている。
和寿：「本当にごめん」
エリカ：「そういうことね。わかった、もういい」
― はぁ…。私、何やってるんだろう。
“長身・モデル風美女”―。
記者につけられた不名誉な肩書と、ぼかしを入れられた写真。それを客観的に見て、私は心底みじめな思いを感じる。
和寿の“二股恋愛”は、あっという間にネットで拡散された。
“和寿 元アイドル〇〇”
“二股恋愛 和寿”
検索サイトのリアルタイム・急上昇ワードに、こんな文字が踊る。
テレビの情報番組でも、何度も取り上げられ、彼のスキャンダルに興味を持っている人がいかに多いかを知らしめてくる。
そして、数日後。
和寿が、例の元アイドルと堂々の交際宣言をしてみせたから、驚いた。
“もう1人の女性とは、仕事の打ち合わせでお会いしただけです”
― へぇ。あの写真で、仕事ね。
文句のひとつでも言ってやりたい―。これでは、ワンナイトの中でも散々な扱いだ。でも、自分にも智樹とのことがある。彼をとがめることはできない。
泣き寝入りするつもりで、スマホをベッドの上に放ろうとしたとき―。
「もしもし、エリカ？久しぶり…」
電話をかけてきたのは、智樹だった。
智樹が借りてくれていた部屋を出たのは、1ヶ月前。
彼からは、何度かLINEが送られてきた。けれど、私のことを軽蔑した物言いや表情が、脳裏に焼きついて離れず、どうしても返事をする気になれなかった。
「…うん、久しぶり。どうしたの？」
声が変に上ずってしまう。
「野球選手と噂になってた“モデル風美女”って、エリカだよね？」
彼の声も沈んでいる。
― どうして、それが…？
言葉が出てこない私の代わりに、智樹が続けた。
「写真のあのバッグ…。僕がプレゼントしたものと同じだったから。背格好とか雰囲気もエリカっぽかったし、そうなのかなって」
― あ…エルメスのピコタン、そういえば写ってたかも。
「ごめん…」
やっとの思いで、ひと言だけ絞り出す。
少し間をおいてから、電話の向こうで彼が小さくため息をつくのが聞こえてきた。
「今までのこと、僕の誤解だったらエリカにちゃんと謝ろうと思ってた。でも、そうじゃなかったんだね。
さすがにもう、ちょっと無理かな…」
“今までのこと”は、確かに彼の思い過ごしだった。けれど、ネット記事に出てしまった出来事は、どんな言い訳をしても塗り替えることができない事実だ。
「ともくん、本当にごめんなさい」
「…荷物は、いつ取りに来てもいいから」
― 自業自得だよね。
渋谷にあるマンションの1室で、何不自由なく暮らしてきた4年間は、自分の軽率な行動であっけなく幕を閉じることになったのだった。
◆
それから1ヶ月―。
私は、自宅の近くにある総合病院の待合室にいた。
「これは、肉離れですね」
「肉離れ…。それって、どのくらいで治るんですか？」
2〜3日前から、左の太ももの裏側に、違和感を覚えていた。
それが昨日の夜、自宅でストレッチをしていると“ブチッ”というなにかが千切れるような音がした。同時に、激しい痛みに襲われた。
― 痛っ！なに、今の音…？
ただ、痛いだけで腫れてくる気配はない。だから、湿布を貼って、しばらく様子を見ることにした。
しかし一夜明けても、足を動かしたときの強い痛みがおさまることはなかった。それで、仕方なく整形外科を受診することにしたのだった。
「そうですね、順調にいけば3週間から5週間くらいでしょうか。ただ、回復までに3ヶ月以上かかるケースもあります。早く回復させるためにも、くれぐれも安静にしてくださいね」
「そんなに…」
肉離れの原因は、オーバーストレッチだった。
心当たりならある。
智樹と別れた後の私は、次々と浮かんでくる考え事から逃れるために、ひたすらヨガに没頭していたのだ。
やみくもに、さまざまなヨガのポーズ“アーサナ”の練習を繰り返していた。
ヨガをしているときだけは、呼吸が整った。エネルギーが体中を循環して、“プラーナーヤーマ／調気”の効果を感じられた。体も心もすっきりするのに、充足感が得られたのだ。
その無理な練習がたたって、3週間もヨガができなくなってしまった。
それならせめて、床に座って瞑想をしようと試みる。
― あー、ダメ！全然、集中できない。
焦りの感情ばかりがわき上がってきて、追い払うことができない。
「…またヨガができるようになるのかな」
ポツリとつぶやきながら、のろのろと身支度を整える。
重い足取りのまま向かったのは、病院から紹介された理学療法士のところだった。
「13時半に予約をしてるんですが」
受付で名乗ると、担当する理学療法士がすぐに姿を現した。
「えっと、肉離れのリハビリですね。痛かったでしょう？」
「はい、今も結構…。でも、ヨガのインストラクターをしてるので、早く治したいんです」
角刈りに、がっしりとした体型のその男性は、前川と名乗った。
前川さんは、自身が柔道経験者でもあり、アスリートの怪我のリハビリに携わることが多いという。それもあって、スポーツ全般に詳しいらしい。
ヨガのレッスンや、練習のことをざっくり話すと、驚くほどスムーズに理解してくれた。
― よかった。怖そうだと思ったけど、話しやすい人で。
リハビリのあいだに、今できるストレッチや、反対にやってはいけない体の動かし方を教えてもらう。
「無理をしなければ、1ヶ月ちょっとでレッスンに復帰できると思いますよ」
「本当ですか？よかった。休みすぎちゃうと体が硬くなるし、どうしようって思ってたんです」
ホッと、安堵のため息が漏れる。
「でも、無理をすると再発もあり得ますからね。ゆっくり治していきましょう」
「はい！あの、肉離れしていない右側なら、普通にストレッチしてもいいんですか？」
彼は、体の基本構造や筋肉のことなど、ヨガにも役立ちそうな話をたくさん教えてくれた。リハビリ中の私が気落ちしないように、気づかってくれたのだと思う。
いつの間にか私は、前川さんのもとへ通うのが楽しみになっていた。
そして、リハビリの最終日―。
「あの…すみません」
受付を済ませた私に声をかけてきたのは、見覚えのあるスーツ姿の男性だった―。
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