宇宙望遠鏡の先駆け。NASAの「コペルニクス」打ち上げから50年。その誕生と功績
【▲軌道上のコペルニクス衛星のイラスト(Credit: NASA)】
アメリカ航空宇宙局(NASA)の軌道上天文台「コペルニクス」は、1972年8月21日にフロリダ州ケープカナベラル空軍基地から打ち上げられ、2022年で打ち上げから50年を迎えました。
1981年2月まで運用されたコペルニクスは、当時としては最も重く、最も複雑な宇宙望遠鏡であったといいます。当初は「OAO C」(OAOはOrbiting Astronomical Observatoryの略)と呼ばれていましたが、軌道への投入に成功した後「OAO 3」の名称に変更され、さらにその後、地動説を唱えたポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473-1543)の生誕500年を記念して「コペルニクス」と名付けられました。
【▲1972年8月21日午前6時28分(米国東部夏時間)「OAO C」(コペルニクス衛星)打ち上げの様子(Credit:NASA)】
当時、軌道上で最大の紫外線望遠鏡と4つのX線観測装置を搭載したコペルニクスは、NASAで初となる複数の波長で観測可能な天文台でした。後に打ち上げられたNASAのガンマ線バースト観測衛星「ニール・ゲーレルス・スウィフト」や「ハッブル」宇宙望遠鏡といった、多波長観測を行う宇宙望遠鏡の先駆けともいえます。
NASAの設立から間もなく、天文学者は地上からの観測が難しい紫外線を用いた観測研究の必要性を強調しました。これが、OAOプログラムの主要な焦点となったのです。1968年に打ち上げられた「OAO 2」は、紫外線領域にまで及ぶ、低解像度の恒星スペクトルを含む観測に成功し、長年に渡って天文学に貢献。その後に打ち上げられたコペルニクス衛星はさらに詳細な観測を行い、ある波長域では200倍も高い解像度のスペクトルを取得しました。なお、OAOシリーズでは4つの衛星が打ち上げられましたが、1つは打ち上げ3日後に失敗が判明、もう1つは軌道に乗ることができませんでした。
【▲「OAO C」(コペルニクス衛星)に静止ソーラーパネルが取り付けられている様子(Credit:NASA)】
コペルニクス衛星に搭載された紫外線観測装置はプリンストン大学が開発しました。著名な天体物理学者であるライマン・スピッツァー・ジュニア(Lyman Spitzer Jr.、1914-1997)が主導したこの装置は、星間ガスと高温星の電離した大気の流出に関する情報の宝庫となりました。
コペルニクス衛星の最初の観測対象となった「へびつかい座ゼータ星」は星間雲に部分的に覆われており、水素分子の強い吸収を示しました。研究者はコペルニクスを使って恒星の紫外線を測定し、恒星間のガスをサンプリングすることで、星間ガスのほとんどが水素分子の形であるという証拠を見つけました。
ちなみに、スピッツァーは1946年に軌道を回る大型望遠鏡の構想を考えはじめ、後にハッブル宇宙望遠鏡が開発されるきっかけとなりました。2003年から2020年まで運用されたNASAのスピッツァー宇宙望遠鏡は、彼にちなんで名付けられました。
【▲NASA のスピッツァー宇宙望遠鏡とチャンドラX線観測衛星が捉えたへびつかい座ゼータ星(赤外線は緑と赤、X線は青に着色)。へびつかい座ゼータ星はコペルニクス衛星最初のターゲットであり、ほとんどの星間ガスが水素分子の形をとっているという証拠を発見。(Credit:X-ray: NASA/CXC/Dublin Inst. Advanced Studies/S. Green et al.; Infrared: NASA/JPL/Spitzer)】
また、NASAがコペルニクス衛星に搭載する観測装置を検討していた当時、X線を放射していることが知られている天体は太陽だけでした。ところが1962年、リカルド・ジャコーニ(Ricardo Giacconi、1931- 2018、2002年度ノーベル物理学賞受賞)率いる研究チームは、ロケットに搭載して打ち上げた新しいX線検出器を使って太陽以外で初のX線を放射する天体「さそり座X-1」を発見。これがブレークスルーとなり、その後多くのX線観測衛星が打ち上げられ、X線天文学の幕開けとなりました。
コペルニクス衛星に搭載されたX線観測装置は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンが開発したもので、ペルセウス座の方角にあるX線連星系「X Persei」を含むいくつかの長周期パルサーを発見しました。さらに、コペルニクス衛星はパルサーなどの明るい天体の長期観測を行い、はくちょう座の方角に出現した明るい新星「Nova Cygni 1975」や有名なX線源である「はくちょう座X-1」も観測し、はくちょう座 X-1ではX線の吸収に興味深い低下を発見。さらには、巨大なブラックホールが存在するとされている銀河「ケンタウルス座A」からのX線も記録したとのことです。
【▲1960年代半ばに描かれたイラストで、将来のOAO衛星を修理する宇宙飛行士が描かれています。(Credit:NASA)】
コペルニクス衛星は1981年に引退するまでの8年半、紫外線とX線による観測を行い、現在も地球を周回しています。より高度な観測衛星が登場したため、宇宙観測や天文学研究の表舞台からは退きましたが、コペルニクス衛星の観測装置は、米国をはじめとする13カ国の160人以上の研究者によって、約450のユニークな天体を対象とした研究に用いられ、観測結果が掲載された科学論文は650以上に上るということです。
こちらはコペルニクス衛星について解説している古い動画で、米国広報文化交流局(USIA)が制作した長編映画シリーズ「The Science Report」1973年版に収録されている作品だということです。
近代天文学を拓いた天文学者コペルニクスの紹介からはじまり、コペルニクス衛星に搭載された装置の簡単な説明、打ち上げの様子、衛星からの観測結果の受信などが描かれています。コペルニクスが新たな宇宙観を築いたように、コペルニクス衛星も宇宙を見る新たな目となったことを印象づけているようです。
Source
Video Credit: National Archives (306-SR-138B)Image Credit: NASA, X-ray: NASA/CXC/Dublin Inst. Advanced Studies/S. Green et al.; Infrared: NASA/JPL/SpitzerNASA - 50 Years Ago, NASA’s Copernicus Set the Bar for Space AstronomyNASA Goddard Media Studios - 50th Anniversary of NASA's Copernicus Mission
文/吉田哲郎